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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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人形遊びを好む魔女

 青い炎に対して防御の体勢をとることは無意味なことであるが、身体が勝手に反応して腕を前に出してしまった。

 本来なら、すぐ様に腕を覆っている防具が溶け始めるのだが、それは起きることが無かった。そもそも炎が此方に向かって吹き込んできていない。




『2つの窮鼠(きゅうそ)




 カネリの言葉と共に炎が消えていた。


 いや、まだ青い炎は吹いている。


 目の前で何かが動いているが、何が動いているのかは認識できない。


 あまりにも動きが速すぎる。




 恐らく、恐らくだが、判然としない影になっているその正体は、瞬間瞬間で映ったカネリの姿だろう。


 何百何千という彼の一瞬の姿が、高速で移動している。




 彼は炎を切っていた。

 馬鹿げている話だが、そうでもなければこんなにけたたましい風切り音と共に、青い炎が掻き消されたりしないのだ。




「聞こえているか分からんが、彼女は仲間だ! 殺さないでくれ!」

「聞こえているよ、了解」


 とりあえずカネリの返事はもらったから安心はできそうだ。




 これで2人の魔女へ意識を向けることができる。

 しかし、青い炎が来ないということは、頭上の魔女と後ろのローズセルトに攻撃の隙を与えることになる。


 何が何だかよく分かっていないが、身体の自由が効く今、俺は振り返って2人の魔女に相対できる。




「良く分からないけれど、黒いの以外は殺して良いってことだよね?」

「殺すのは勿体ないけれど、仕方ないわあ」


 相対したは良いものの、ローズセルトは愛しているから攻撃できないし、灰色の魔女は鏡の中に住まう者(スペクリュグス)だから死ぬという概念がありそうに無い。


 ただし、灰色の魔女に関しては動きぐらいなら止められるかもしれない。

 死ななくとも、糸を操る腕を吹き飛ばせば、彼女の攻撃手段は失われると思った。




 土砂降りの雨に紛れてサルザス兵たちが亡者のように近付いて来ている。


 無闇に攻撃しようものならローズセルトが爆破させるだろうから、盾を具現化して防御の体勢をとることしかできない。

 そして、その場でじっとしている訳にもいかない。


 空中を悠々と歩いている灰色の魔女が、再び俺に糸を巻きつければ、俺は身体の操縦権を失ってしまう。




 動き回りながらサルザス兵の爆発時にはすぐに防御を行わなければならないのは、中々に疲れる。




「動き回っていちゃ駄目よお。愛してあげられないわあ」


 ローズセルトにそう言われてしまうと、一瞬だけでも動きが止まってしまう。

 彼女の要望に応えたいという想いがほんの一瞬でも湧き上がって、それまでの自分の意志が捻じ曲がるのだ。




 何か。

 何か2人の隙をそれぞれ突くようなことは手段は無いだろうか。




 ◆◆◆




 その日が魔女の牢屋番を務めていた最後の日だった。


 オーフラの軍勢が大挙して攻めて来たことで、城のあちこちからは火の手が上がっていた。


 この国に特に思い入れが無くなってしまった俺は、この混乱に乗じてここから逃げようと考えていた。

 俺1人の実力では何も守ることができないのだから、簡単に諦めはついていた。


 幾らか面識のある町人たちの顔を思い出し最悪の想像をするが、どうしようもない。

 ただ罪悪感だけを胸に抱きながら、これからを生きていくことになるのだろう。




 しかし、城から逃げる決心を付けさせたのは目の前の魔女だ。


「早く逃げないと戦火に巻き込まれて死んでしまうよ」


 目の前で鎖に繋がれ続けている黄衣(おうえ)の魔女をどうしてやろうかと考えて、逃げることを逡巡していた。

 なぜ、こうも余裕そうな振る舞いをしているのかと言えば、彼女は()()ということが起きないからだろう。




 それでは、死なないなら魔女を無視して逃げて良いかと己に問うてみたら、心の奥底にいる善意がそれを拒否した。


 この城に思い入れは無いが、どうやらこの魔女には多少なりとも愛着が湧いているようだ。




 俺は一体何を考えていた?


 愛着?




 このような明らかにヤバい女に対する感情として、愛着という言葉を使うには不適当が過ぎる。




 根底には恐怖がある。


 得体の知れない魔女に対する恐怖を持ちながらも、どうしてかこの小さな女の子を放っておくことができなかった。

 あどけない見た目に対して言葉遣いが大人びていていまいち合わないが、それ以外はただただ女の子だった。


 その見た目に騙されてはいけないとは分かってはいたが、それでも善意が彼女を解放しろと脅してくる。




 ああだこうだと頭の中で考え続けていたが、すぐ近くで砲弾が城壁を破棄する音と振動が伝わってきたため、遂に思考を放棄した。




 鎖から解き放った瞬間に魔女に殺される可能性が十二分にあると理解しておきながら、俺は善意に従うことにした。




 ああ。殺されたら最悪だな。




「逃げろ。魔女を見張るための人を1人も寄越さない程、上は混乱しているだろう」


 鎖を外している途中に、彼女の顔色を少し覗いてみたが、彼女はきょとんとした顔をして呆けていた。

 俺の行動と善意が少しも理解できていないようだ。


「今正に、誰かがこの部屋の扉を開けて君のしでかしたことを目撃してしまったら――」

「殺されても文句は言えないな。だが、死ぬ気は無い」


 根拠は無い。

 死なない意地を張り通す実力も無い。


 俺は弱い。




 ほとんどヤケクソだ。




 俺の意図を察したのか、魔女が高らかに笑った。


 声を上げて笑うことなんて珍しいから怖くて仕方が無い。

 だが、次に魔女が俺に放った言葉は思いもしないものだった。


「君に興味が湧いてきた」


「勘弁してくれ……」




 鎖から解き放たれた魔女は、すぐに歩き始めるのかと思ったら、その場に力無く倒れ込んでしまった。

 俺もさっさと逃げ出したいのだが。


「ふふん、歩き方を忘れてしまったよ」


 自信満々な顔で言うのが不思議でならない。


 この牢屋に囚われる前から碌に歩かされていなくて、歩くための力が失われているのだろう。痩せこけた身体からして走ることも難しい。

 だが、てっきり魔法を使って逃げるのかと思っていた。俺の中の魔法使い像は鮮やかな手並みで牢屋から逃げる姿を見せているが、この魔女はその片鱗すら見せてくれない。


 それどころか手を広げて俺に助けを求めている。


「一応聞くが、魔法を使って逃げられないのか?」

「逃げられるよ、でも……」




「君は助けてくれないのかい?」




 嫌な予感がする。


 やっぱり魔女をこのまま放って逃げれば良かったと後悔する。


 だが、ここまでやっておいて今更無視することはできなかった。魔女がこの後オーフラ兵かサルザス兵に再び捕まってしまえば、俺としてはあの時ああしておけば良かったなんて後悔する羽目になる。


「ああ、くそっ!」




 彼女が大切にしていた布切れで彼女をくるむが、ボロボロなせいでまだ半裸だった。俺が着ている牢屋番の服を1枚脱いで補ってやっと彼女の身体が隠れる。


 目立つ金色の髪も顔もこれで隠れるだろう。




 そして、くるんだ魔女を背負って牢屋の扉を開けようとした時だった。




 トリスタ様と目が合った。

 俺が扉を開けるよりも先にトリスタ様が扉を開けて、俺の姿と牢の方を交互に見て、そして一瞬で全てを理解した顔になる。


「何のつもり?」

「オ、オーフラ兵に魔女を奪われる前に退避をしようと……」


 この言い訳は上手くいった自信がある。


(くつわ)も噛ませずに?」


 やっぱり上手くいかないと思っていたところだ。




 次に「轡を噛ませる時間が無かった」という言い訳を放とうとしたが、先に背中にいた魔女が言葉を放った。

 トリスタ様は、魔女が喋ると激烈に怒るから喋って欲しく無かった。トリスタ様の言う通り轡を噛ませておくべきだと思った。


灰衣(はいえ)の魔女。私は久し振りに生きる楽しみを見つけたんだ。悪いけれど、ここから出させてもらうよ」


 ハイエ?


 いや、その前に魔女とは誰のことだ?


「このクソガキ……」




 背中で魔女の恐怖を感じ続けていたが、それを上回る恐怖がトリスタ様の怒りから感じられた。


 絶対に言わないであろう口調で、歯を剥き出しにして眉間に皺を寄せに寄せている。

 そして、その怒りの視線は俺に切り替わった。


「やはりお前は魔女に魅了されていたのだな。あの時殺しておけば良かった」


 もう言い訳が効かないことは分かっていた。トリスタ様の中では既に俺への処遇は結論付けられているはずだ。




 逃げるしか無い。

 逃げ場は無いがどうにかして逃げるしか無い。


 幸いトリスタ様は女性だ。押し込めば何とかなるかもしれない。




 意を決して体重をかけて走り込もうとしたその瞬間、予期せぬ2つの出来事が起きた。


 1つは俺の背中で大人しくしていた魔女が、俺の服を摘んで耳元でぼそぼそと囁いた。


「君のことは私が守るから、君は城から逃げることだけに集中すると良いよ」




 2つ目は、トリスタ様が腕を前に突き出して、変な言葉を呟いたのだ。




支配者の糸(ジグロプト)




 ◆◆◆




「トリスタ様」


 俺の呼び掛けに彼女は動きを一瞬だけ止めた。


 リリベルと初めて出会った場所にいたからなのか、様々な記憶が呼び起こされた。

 おかげで灰色の魔女の詠唱が、実は過去に聞いたことのある詠唱だったことに気付くことができた。




「いや、カルメ。そして、灰衣の魔女」

「思い出した。見覚えがあるっていうことは、どこかで会ったことがあるっていうことだと思っていたけれど」


 灰衣の魔女は手を叩いてなるほどと言った。どうやら彼女の方も、今の今まで俺のことを忘れていたようだ。

 しかし、無理も無い。

 トリスタ様とは数える程度でしか面識が無いのだ。


「本当に、本当に、本当に本当に、あの時、殺しておけば良かった」


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