燃え続け憤怒する魔女2
「リリフラメル」
彼女は返事をしない。
次は強く呼び掛ける。
それでも彼女は返事をしない。
彼女の肩を強く引っ張って、此方に気を向けさせる。
「リリフラメル!」
引っ張った時の彼女は力が抜け切っていて、すぐに胸元に崩れ落ちていく。
一体どうしたことかと思っていたが、僅かに見えた横顔から彼女が通常の様相と異なっていることが分かった。
多分、死んでいる。
顔を含めた身体の前面は、無数の破片が突き刺さっていて、表面が剣山のようになっていた。
そして、自らが噴出した炎によって肌は全て爛れている。
普通なら死んでいる。
リリフラメルは俺の言葉や肩を引いた行為を一切無視して、ただただ顔だけは前を向いていた。
俺やリリベルと違って、彼女の不死は身体の復活を伴わない。
腕が消滅すれば2度と戻ることは無いし、目玉が蒸発すれば2度と光を取り戻すことはできない。
だが、例え四肢がバラバラに砕かれようとも、頭だけになろうとも、それでも彼女は死なないのだ。
回復魔法を詠唱して傷を治療することを除いて、砕かれた身体は何1つたりとも元に戻ることは無い。
それでも彼女は呪いによって生き続けている。
普通なら死んでいるであろう身体と精神の状態を保ち続けながら、彼女はただ爆発する怒りだけを頼りに生きていて、目の前の魔女へ戦いを挑もうとし続けている。
俺は、本当ならその青髪の女の子を助けるべきなのだ。
桃衣の魔女の爆発から彼女を守らなければならないはずなのだ。
だが、その思いは行動で表し続けることはできなかった。
リリフラメルが怒りの眼差しをローズセルトに向けていると分かった俺は、リリフラメルの前に立ちはだかって盾を構えた。
リリフラメルを守らなければならないと思う俺と、愛するローズセルトを守らなければならないと思う俺とが同居しているせいだ。
時間が経てば経つ程、俺は桃衣の魔女ローズセルトへの愛が強まっている。
自分自身、その心のズレに気付いているはずなのに、身体はただただローズセルトのために動こうとしてしまうのだ。
「そう。貴方は私を愛してくれるのねえ」
焼け爛れた女が2人、俺を挟んで熱を帯びた魔力を放ち続けていた。俺は身体一杯でその魔力を受け続けた。
「リリフラメル! 聞こえていたら、今すぐここから撤退してくれ!」
『青い青い月曜日!!』
俺の言葉なんか聞こえちゃいない。
リリフラメルの青い炎が四方八方へ飛び散り、俺は自身とローズセルトを守るべく盾を構えて青い炎と戦う。
鎧の中は一瞬で蒸し焼きになり、盾は端の部分から溶け始める。
リリベルの魔力で作った魔法を防御する盾が、青い炎に飲み込まれていく。
炎は降りしきる雨など、ものともしない。
盾を構えるだけで精一杯の俺の横を、何人かの兵士が身体を溶かしながら前進していく姿が見えた。
暑さに耐えかねて顔を背けたから分かった。
『私を愛してよお』
兵士たちの身体が全て灰塵へと帰す前に、ローズセルトが爆発を誘発させる。
破片は、俺の身体を貫き、そしてリリフラメルの身体を貫き吹き飛ばす。
そのおかげで青い炎が鎮火する。
身体の彼女は正にズタボロと言うに相応しい姿となっていた。
しかし、しかしそれでも彼女はまだ立ち続ける。倒れない。
怒りで無限に湧き上がる魔力が、彼女の戦意を鎮火させることを許さない。
ローズセルトを愛している!
愛しているが、それでも俺はリリフラメルを守らなければならないはずだ!
守らなければならないはずなのに、なぜこの腕は、この膝は、この盾はリリフラメルに向けていなければならないのだ!
一体全体俺は何を考えているのだ!
そうして、己への強い嫌悪感に苛まれている間に、1つの風が吹くのを感じた。
『窮鼠』
聞き覚えのある声が、俺の身体の横を通り抜けていった。
黒盾が野菜でも切るかのようにバラバラに切り裂かれて、その向こう側の景色がひらけると目の前に1本の剣と癖っ毛の酷い赤髪が映った。
その剣捌きは俺如きでは捉え切ることができなかった。
「久し振りじゃんか、元気してた?」
「……カネリ?」
見た目は年季が入って随分と変わったかもしれないが、その声色と特徴的な髪は忘れもしない。
覚えている。
カネリ・カスタノス。
牢屋番をサボった奴だ。
『青い青い……』
カネリの後ろでリリフラメルが再び青い炎を発散させようとしていた。
見たところ鎧と呼べる物を着けていない彼が、一瞬でも青い炎に晒されれば蒸発が始まる。
彼に不死かどうかを聞いてみようかとも思ったが、そう都合良く不死者がいる訳でも無いとすぐに考えを改める。
彼に早くこの場から逃げるように怒鳴り散らした。
もしカネリが死ねば、なぜあの時いきなり行方をくらましたのか聞くことができなくなる。
死んでもらう訳にはいかないのだ。
だが、彼はニヤリと笑みを浮かべて、一瞬でその姿を消した。
いや、違う。
姿を消した訳では無い。
人間ができる動きを遥か凌駕した速度で彼は、剣を振っていたのだ。
一連の動きが終わって初めて、彼がその場に戻ってきたことを知った。あり得ない速さだ。
そして、その彼の行動と共に、頭上で糸が切れる音がいくつか聞こえて、心なしか身体が自由になった気がした。
「なあ!?」
声が聞こえて初めて、頭上に灰色のマントを被った魔女がいることに気付いた。
今まで気付かなかった。
彼女は何も無い空中で立っていて、俺たちを見下ろしていた。
「糸を切ったっていうことは、糸が見えるっていうことだよね!?」
「当たり前すぎる」
「何で!? 私に顔を向けているっていうことは、私が見えているっていうことだよね!? 私を視認できる人間が立て続けに現れたっていうことは、あり得ないっていうことだよね!?」
カネリの自信満々の返答に彼女は酷く動揺しているが、一体彼女は何を恐れているのだろうか。
その疑問を噛み砕こうとするが、すぐにまた状況が変遷する。
「素敵。貴方も私を愛してくれるのかしら?」
焼け爛れたローズセルトが俺やサルザス兵だけでなくカネリも性欲を満たす標的にしようとする。
「な!? 美人じゃないか! ヒューゴ! 彼女を知っているのか!?」
しかし、カネリもまた彼女を標的にしようとしていた。
即座に転換する会話についていけていなくて言葉に詰まった時に、視界に青い光が映ってしまったと思った。
『月曜日!!!』
カネリと灰色の魔女の出現、カネリとローズセルトの掛け合いまでを、ごく僅かな時間で行われたせいで、意識から外れてしまっていたリリフラメルの魔法が、気付いた時には青い炎となって俺たちを飲み込んでしまっていた。




