出会ったばかりの頃のひ弱そうな牢屋番3
ヒューゴはトリスタの命令で私に轡を噛まさせた。
口の中に何かある状態でずっと生きてきたから、むしろ此方の方が慣れていて落ち着くすらあるかな。
「トリスタ様。どのような御用があっていらしたのでしょうか」
「ああ、うん。ロジエール様の命で来た。魔女の様子とその管理が適切か確認をしに参ったのだが、これでは宰相に何と申し上げれば良いか……」
「も、申し訳ありません」
「主は名を何と言う」
「ヒュ、ヒューゴです」
『ロジエール様の命で来た』
『主は名を何と言う』
普段彼女が使う言葉遣いとは遥か遠くかけ離れた言葉が出てくるわ出てくるわ。
おかげで笑っていることがバレた私は、トリスタ様にお腹を思いっきり殴られてしまった。
「あの。お言葉ですが、轡を付けた今となっては、そこまで痛めつける必要は無いのでは……」
「何を言う!! コイツはその気になればこの城まるごとを潰すことができるような魔女だぞ! 徹底的に、完膚なきまでに、肉体も精神も破壊しろ! 一片たりとも反抗の余地を残すな!!」
「……失礼しました!」
ヒューゴは自らの行いを懺悔するように彼女に向けて大声を出していた。
けれど、彼女には彼の謝罪がわざとらしく見えたのかもしれないね。私に注意を向けるよりも彼を糾弾する方へ舵を取り始めてしまった。
「ヒューゴ。もしや主、この魔女に魅入られたか? それなら主の処遇を考えねばならぬな」
「いえ! 決してそのようなことは……!」
「それなら今この場で私に主が魔女の手先で無いことを証明してみせよ!」
ほらこうなった。だから言ったんだ。
あ、言っていなかったね。
「そ、それはつまり……?」
「全く、皆まで言わねば分からんのか。犯せ」
ほらきた。
トリスタ様は、別に私が犯されたぐらいでどうこうできるとは思っていない。
でも敢えて彼にそう支持したのは、単なる私情が混ざっているからだろうね。
ただでさえ私は、身動きを取ることができず、あられも無い姿を見せている。
そこから更に私を辱めるためには、彼女の目の前で私が犯されるという事象が最も効果的になる。
でも、私はすごく興奮していた。
きっと目をかっ開いて、この一部始終を一瞬足りとも見逃してはいけないって思っていた。
頑なに私を犯すことを拒んでいたヒューゴが、見たところ彼より上の立場であるトリスタの命令で、私を犯さなければならない状況に追い込まれた時、彼がどういう行動を取るのか。
私は気になって気になって仕方が無かった!
◆◆◆
「フードを被ったところで全く意味が無いのだが!」
うーん、そうだね。
「さすがに土砂降りになると、こんな頼りないフードではどうにもならないね」
「土砂降り?」
「これが土砂降り?」とでも言いたそうなエリスロースに一々反論していられない。
雲からたくさんの巨大な水の球体が顔を出して、それから私たちの方へ向かって降り注ぐんだ。
水だから柔らかいと勘違いしがちだけれど、あの量の水を1度にぶつけられたら、私も彼女も滅茶苦茶に潰れてしまうでしょうね。
だから、私は常に雷を発生させ続けて、水の塊を弾けさせたり、軌道を変えたりしなければならない。
「手も足も出ないか!! クソガキ! ほら! 早く私を殺して見せろよ!! ほら! ほらほ――」
土砂降りなのに、彼女の声は良く聞こえてくるよ。
五月蝿い。五月蝿いから彼女に雷を降らせてあげた。
「ああ!! 熱い熱い!!! クソ! クソがっ!!」
またカルメに水の壁を作られて防御されてしまったね。
それでも壁を貫いて当たった雷撃は、彼女の身を焼いた。普通だったら消し炭になるところだろうに、彼女は形を残している。
私の雷の魔法を極限まで軽減できるように研究していたみたい。
「中途半端に雷で焼かれたけれど、痛くないのかな?」
「だから恨まれる」
私はあくまで攻撃されたから反撃しただけなのに、エリスロースったら私が全面的に悪いって言うんだ。
正当防衛で恨まれるのは困るよ。
「クソっ! 思い出した! お前、魔法の同時詠唱ができるのか!!」
怒ったカルメは川を作り、激流を私たちの方へくれてきた。
咄嗟にエリスロースが、私たちを包み込む半円状の血の壁を作ってくれなければ、今頃私は濁流に飲み込まれていたかもしれない。
でも、口から血をこぼし続けて防御に回る彼女の顔色は余り良くない。
「さすがに操る魔力の質量が違う。もう保たないぞ、ああ保たないぞ」
一応私も横に縦にと雷を放っているのだけれど、彼女の水の防壁が雷を吸収して分散させてしまうせいで、どれも有効打にならないみたい。
痛みで悲鳴は上げているのだけれどね。
「歪んだ円卓の魔女でも無い魔女くずれが! 私の魔法を防ぎ切れると思っているのか!! 早く死ね!!」
私たちに聞こえるように必死に声を張り上げているみたいで、すごく滑稽だね。
「これだけ雨が降っているのだから、君の血を混じらせて彼女に攻撃できたりしないのかい?」
「この地には私1人分の血の量しか無いから、防御するので必死だ、ああ必死なのだ」
「困ったね。降参する?」
「馬鹿を言え」
ふふん、そうだね。
降参なんてしたら格好悪いよね。
「腹が膨れるまで水を飲ませてやる!! 全身が腫れ上がるまで水を飲ませてやる!! だから! 早く殺させろ!!」
『瞬雷』
これまで何度も放っていた雷は、今回も彼女の水によって防がれてしまう。
同時詠唱でも何とか防がれてしまう。
それなら今度は、彼女の水で防ぎ切ることができない雷を放とう。
たくさんの雷を放とう。
頭が痛くなるし、鼻血も出て大変だけれど。
今や魔力が多いだけの何の取り柄も無い魔女だけれど、ただ1人の騎士のために、私は強い魔女を演じ続けないといけないんだ。
頭中で4つの魔法陣を描いて、それぞれの魔法を詠唱するための魔力を無理矢理身体から放ち、準備を完了する。
何度も頭の中でパチパチと泡が弾けるような音がするけれど、きっと平気だ。
不死の呪いをもってしても元に戻らないものを、私は犠牲にする覚悟はできているのさ。
「あっっつい!!! 何をしやがるクソガキ!!」
『瞬雷』
瞬きよりも早い光をカルメに撃ち落とす。
「さっきから馬鹿の1つ覚えみたいに同じ魔法を詠唱しやがって! 早く死ねって言ってん――」
『赤雷、瞬雷、剣雷――』
さっきよりも遥かに大きな範囲の圧倒的な熱量を持った赤い光をカルメに撃ち落とす。
私の身体を雷で貫いてその衝撃だけでエリスロースの防御壁と濁流を無理矢理掻き分けて、カルメの元へ移動する。
同時に雷を剣の形に押し留めた物を手に作り出す。
濁流に飲み込まれても私に向けて放った雷が無理矢理直進を促してくれる。
カルメの懐に到着したら雷の剣を彼女に振り払う。
剣先が彼女の肌に触れると同時に、魔力を彼女の身体中に流し込み雷を炸裂させる。
「いいぃぃっ!!?」
別にそれで彼女が死のうが死ななかろうがどちらだって良い。
頭の中で準備した最後の領域の魔法陣を解き放つだけ。
『雷歌』
剣を持っていない方の空いた手を彼女の胸に当てて、今、私が即座に出せるだけの魔力を掌の中で一気に押し固めながら放出する。
小さな小さな黒い点がカルメの前でできあがると、一瞬で彼女の身体が分解されていく。
彼女の身体だけじゃない。
彼女の近くにあった水も、地面の土も、その全てが消失していく。
「クソガ――」
実はこの魔法を詠唱することで何が起きているのかは私も分からないんだ。
ただ、出せるだけの魔力で雷を一点に押し固めて放出したらどうなるかなって思って作ってみた魔法なんだよ。
『万雷』が全身全霊で放つ最多の雷なら、『雷歌』は全身全霊で放つ1つの雷なのかな。
私とカルメが立つこの場所では音がしない。
何も聞こえないんだ。




