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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃のひ弱そうな牢屋番2

 

 ◆◆◆




 確か私が新しい牢屋に入って数日ぐらい経った頃だったかな。


 いつものように男たちの世話をしてあげた後、私といつも牢屋の番をしている彼だけになった時のことだったね。




 2人きりになると彼は、私から(くつわ)を外して、私自身に回復魔法を詠唱させて傷を治すように命令するんだ。

 私が不死だっていうことをまだ知らない彼は、傷だらけの私が死んでしまうと思っているみたい。


 彼にも仕事として、私に生きて貰わなくちゃいけないみたいだから、そう命令する気持ちは分からないでも無いかな。




 でも、良かった。

 傷を治して濡れ布で身体の汚れを取らせる命令を行う理由が、私に対する同情としてのことだとしたら、彼はこの牢屋の中で最も残酷な人間になってしまうだろうね。


 だって、汚いものを更に汚すよりも、綺麗なものを汚す方が人間は気分が高揚するでしょう?


 仮に彼が、傷だらけの私を可哀想だと(あわ)れんで傷を治させたのだとしたら、男たちは喜んで綺麗になった私を楽しんでしまうから、彼の願いとは全く逆の結果になってしまう。

 そういう時は、汚れたなら汚れたままにした方が良いかもしれないね。




 私は、皆が満足する結果になるならどちらでも良いけれどね。




 でも、そのマントだけは例外だよ。




 私の大事なマントが、気付いたら彼に奪われてしまっていた。


 私は彼を殺してマントを奪い返そうか迷っていた。

 でもすぐに彼は限りある1つだけの命を持った人間であることを思い出して、すぐに彼を殺すことはやめてまずは説得してみることから挑戦してみたよ。


 私は死なないけれど、彼は死ぬ。殺してしまったら、彼は死んでしまう。

 死ぬのは可哀想だからね。




 でも、彼が言うには私の心配は誤解だったみたい。


「燃やしたり、捨てたりはしない」


 そう言って彼1人だけ牢から出て、椅子に座って私のマントと睨めっこし始めたんだ。

 人間の彼には全く価値のある代物では無いはずだから、念のため彼にそのことを伝えてあげた。


「君のような人間には、何の意味も無い布だよ?」

「……」

「ええい! あまり喋るな! 黙らないならまた轡をつけるぞ」

「黙らせたら良いじゃない」


 ただ素直に彼に言っただけなのに、彼は物凄く大きな溜め息をついた。

 別に轡を取り付けなくても、私のことを焼くなり、殴るなり、犯すなりして黙らせる方法だってあるのに、彼はどの手段も取らないのだから不思議。


「この布切れ、大事な物なんだろう? 何ヶ所も取れかかっているから縫って直そうとしているだけだ。だから、黙っていてくれ」

「君に一体どのような利点があるのかな?」

「……」

「教えてくれたら今度こそ黙るよ」

「……」

「正直に言ってくれないと、暴れちゃうかもしれないよ?」

「分かった! 言うから! 馬鹿な真似はするな」


 また彼は物凄い溜め息をついて項垂れた。

 何だか面白い動きをするからくり玩具みたいだね。


「……お前のご機嫌とりのようなものだ。これが大事な物だっていうのは、これまでのやり取りで分かった。だから、これを直せば、多少はこのクソみたいな場所でのクソみたいな思い出も和らぐかと思って……」




 えー。

 なになに。


 何なのこの人間は。




 面白い。

 面白すぎるよ!




 捕虜と牢屋番の立場の違いを理解しているのかな。いち牢屋番の考えることでは無いでしょう。

 それに、マントを直せば私の機嫌が良くなると思って、必死に壊れた箇所を縫い合わせようとしているだって?


 まともな人間のすることでは無いね!




 ああ、興味深い。


 ただでさえ他の牢屋番の輪から外れてこの場から浮いて虐められているというのに、更に君の立場を悪くするであろう()()のご機嫌伺いだって?




 魔女に魅入られたと疑われるような行動を君は何の疑問も持たずに、躊躇も無く、実行に移した。

 魔女と関係のある存在だと思われたら、即座に殺されるかもしれないというのに。




 はあ。

 君の思考回路がまるで理解できないよ!


 すごい。

 君の頭をかち割ってその中身を見たい。


 君は、一体何色の血を流すのかな?

 他の人間と同じ赤色かな?

 それとも緑色だったり青色だったりするのかな?




 すごく、君に興味が湧いてきたよ。


 君は、私が今まで出会ってきた人間の中で、最も頭がおかしい!




「ふふん、君の名前って何だったっけ?」

「今度こそ黙ってくれるって言っただろう……」

「教えてくれないとー?」

「こ、こいつ……」




 さっさと轡を付ければ良いのに、そうしない君が悪いよ。




 私の性格を今更理解した彼が、観念して「ヒューゴ」という名前を教えてくれたのと同時に、この牢屋に繋がる唯一の扉が開いた。


 珍しく、というか初めて女が入ってきた。


 基本的に黒髪だけれど、余程苦労しているのか所々でかなり目立つ白髪が生えていた。

 顔について特に思うところは無いけれど、その髪型はとても記憶に残っていたから、ちょっとだけ混乱したかな。


 ヒューゴが私のマントを背中に隠して、すぐに立ち上がって背筋を綺麗に伸ばしたそれは、多分彼女への挨拶なのだろうね。

 でも、彼女は別にそんなに偉い存在でも無いと思うけれど。




「これが(くだん)の魔女?」

「はっ、トリスタ様」


 トリスタ?


 ああ、人間と接する時は偽名を使っているのだね。

 必死に本当の名を明かさないように努力している姿を見ていると、何だか意地悪したくなってしまうかな。


「トリスタ? 違うよ君はカルメ――」


 後は「イシュタイン」って言うだけだったのだけれど、口元からパキンっていう音がして、更に舌が強制的に喉奥の方へ折り曲げられてしまったんだ。


 口中には髪の毛のような細くて長い物が混じった時のような感覚があって、すごく不快な気分になったよ。


 それが彼女の他者を操る魔法だっていうことはすぐに分かった。


 どんなに痛い目に遭っても、声を上げたり身体が反応したりしないように、私は私自身の身体を操る魔法をかけているけれど、さすがに操縦の魔法に関してはトリスタの方が一日の長がある。

 私の操縦を捻じ曲げて彼女は顎を破壊したみたい。




 カルメ改め、トリスタは一気に牢まで入って来て、無防備な私を何度も何度も殴ってきた。

 でも実際には殴るついでに、私の身体の操縦権を奪った彼女が、私の身体を無理矢理引き伸ばして、関節を伸ばし切ったんだ。


 おかげで私のスタイルは大人も顔負けの脚長手長腰長になったよ。


 普通なら私の魔女生で1番の絶叫を上げるか、痛みの余り気を失ってしまうかするところだね。

 彼女が身体を伸ばすことに集中していたお陰で、私は声帯を震わせないようにすることに集中できた。不幸中の幸いかもしれないね。



「ト、トリスタ様!? 一体何を!」

「それは此方の台詞だ馬鹿者め! なぜ魔女に轡をかけていない!? コイツがどれ程危険な存在か理解していないのか!」


 彼女の三文芝居を見ていると笑ってしまいそうになるよ。


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