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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃の黄色い魔女6

 俺はすぐさま立ち上がり、姿勢を正し敬礼のポーズを取る……ことはできなかった。

 足がもつれ、身体が一人もみくちゃになり、その場で転ぶ。


 それを見た宰相は、俺の肩に手を当てて「無理をしなくて良い」と気遣ってくれた。


「そのような状態の君に聞くのは忍びないが、緊急のため確認させてくれ。君が魔女に攻撃されたことは事実かね。事実なら管理方法を改める必要があるのでな」




 宰相の後ろにいた兵士たちは、なぜ俺が生きているのか、と呆然として、また半ば観念したという様子でこちらを見ている。


「いえ、魔女は―――」


 俺は、事実を述べるつもりだった。

 宰相の前でわざわざ嘘をつく道理もないし、彼らを庇う義理もないからだ。

 俺を攻撃してきた奴らが、仮に牢屋番に化けた別の何かだったとしても、事実をさらし明けるのみだ。




『いえ、魔女は関係ありません。私は牢屋番隊の同僚に攻撃されて殺されかけたのです』


 そう答えるつもりだった。

 言葉は喉まで来ている。


 いつもと同じ口調で話すだけだ。




 しかし、口元は俺の意志に反して、拒絶するようにすっかり動かない。


 怪我をしているのかと口元を確認するが、手に血は付着しない。


 口は糸で縫い付けられたように動かないが、舌は動くので、結ばれた口に舌を突きつけて、無理矢理こじ開けようとする。紛らわしい言い方になるが、それはまるで歯が立たなかった。




 ロジエール宰相はさっきまで何事もなく話していたのに、急に会話をしなくなった俺を見て(いぶか)しんでいる。

 明らかに怪しまれている。


「どうした? やはり調子が悪いのかね」


 ロジエール宰相の言葉に、後ろにいた隊長が慌てて話しかける。


「申し訳ありません! どこかに怪我をしていて、上手く話すことが出来ないのかもしれません。今はまず治療に専念するようにしては如何でしょうか」

「ふむ。仕方あるまい。体調が整い次第、もう一度尋ねるとするか。ええと、君は……」

「ヒューゴです!」


 ヒューゴという言葉が出た瞬間、ロジエール宰相は顔を少し曇らせたが、何かの感情を飲み込んだ後のように咳払いをして、それから続けた。


「では、ヒューゴ君。体調が戻り次第、私の所まで来てくれ。場所は分かるかね?」

「は、はい」

「よろしい。裁判所の誰かに言えば私に取り次いでくれるはずだ」


 俺は無言で頷く。

 宰相は身体を隊長の方へ向ける。


「事実が判然とするまでは、魔女の管理責任については保留とする。ひとまず管理も引き続き牢屋番隊に任せる。ただし、同じことが起きぬように対策は立てなさい」


 隊長は綺麗な敬礼と返事で返し、後ろの兵士たちも敬礼する。

 普段から遊び呆けている連中を見ているから、これは中々見られない光景である。

 そうして鋭い眼光の老体は、用事は終わったとばかりに肩を回して牢屋を後にする。






 宰相を見送った隊長が駆け足で戻ってきて、怒声からことが始まった。


「ヒューゴ、お前何で生きてやがる!!」


 隊長はまさかといった様子だ。


 冷静になって考えてみたら、この状況だと今度こそ俺は殺されるのではないだろうか。


「はい」


 苦し紛れにも、返事になっていない返事をしてみたものの、ここから俺が殺されずに済む方法は無いか必死に考えてみた。

 しかし、考えている間に隊長が余りの動揺からか先に言葉を掛けてきた。


「いや、いやいや。お前が生きているのも疑問だが……」


 隊長の言葉一つ一つに部下の兵士たちは、聞き澄ましている。


 この部屋唯一の明かりを取り入れる穴から入った光に照らされた兵士たちの顔ははっきり見える。目が血走って、息巻いている。

 隊長の命令があれば、今度こそ俺を殺すという確かな殺意を感じる。


「そ、それより、さっきはなぜロジエール様の質問に答えなかった」


 隊長は未だに混乱した様子で語りかけている。


 なぜ質問に答えなかったか。

 つまり、なぜ犯人は隊長たちだと話さなかったのか。

 口が動かなくて話せなかっただけなんだが……。

 しかし、口が動かなかったなんて正直に言っても、信じてもらえる訳が無い。




 あ、なぜ今は平気で話すことができるのだろうか……?




 いや!

 いやいや!


 今その疑問は置いて、この状況をどうにかしなければならない!

 言葉に注意して話さないと、隊長はまた俺を殺すように兵士たちをけしかけようとするだろう。


 2度も殺されるのはごめんだ。




 たまたま魔女が視界に入った。


 そこで、1つの言い訳を思いついた。


 思いついた言い訳を一文ずつ、口に出して問題ないか頭の中で確認してから発していく。


「俺は」


 やはり、今は問題なく口が動く。

 魔女には聞こえないように、努めて静かに答える。魔女の機嫌を損ねるであろう言葉だからだ。


「魔女はこの国にとって必要不可欠な存在になると思っています」


「あの魔女から魔力がずっと供給できれば、この国は安泰です」


「そして、俺はその管理をしたいのです」


「それさえ出来れば、後のことは隊長たちの好きにしてもらって構いません」


「今の話で、隊長が俺を殺す必要性がなくなるのであれば、俺は宰相に何も話す必要はなくなります」


「その誠意を見せるという意味で、黙っていました」


 そこまで話して隊長が聞き返す。


「殺す必要性があったらどうする」

「今すぐにこの国を去るつもりですが、それでは足りないですか」




 隊長は、唸り声を一つ上げ考え込む。

 すると、一間置いてから目をかっ開き、いつもの口調で話し始めた。


「魔女に免じてお前のことは殺さねぇでやるよ! お前ら、適当に見張りを一人追加しておけ」


 それまで殺気で満ち溢れていた部屋は、すぐにいつもの牢屋の空気へと変化した。




 俺は安堵と共に、自身への嫌悪感が湧いてきていたことを確かに感じていた。




 俺は、この国の繁栄のために働きたいとまでは考えていない。

 ただ、仕事としてやるからには手を抜いてはいけないと思っているだけだ。


 これまでに、仕事で手を抜いた結果、無残に殺されていった奴隷(なかま)たちを何人も見てきた。

 死にたくないから、真面目に牢屋番の責を務めようとしているだけなのだ。




 だから、自分が命の危機に晒されたと分かった途端に、命乞いのような説得をしたのだ。




 そうして生まれたのがこの結果だ。


 捕虜とはいえ、いたいけな少女を好きにして良いとほざいたのは一体誰だろうか。




 俺も隊長と何も変わらないってことか。




 隊長と取り巻きたちは、自分たちの立場が揺らぐことはないと知るや、今までの神妙な面持ちはどこへやら、笑いながら部屋から出て行った。

 後に残ったのはボロボロの魔女と最低な人間だけだった。


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