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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃の黄色い魔女5

 ラルルカが「何してんのよ!!」と叫んだのを最後に炎の音しか聞こえなくなる。


 一瞬で生身の部分が燃えて、焼けて、死んで、すぐに目が覚めて、絶えず燃え盛る炎が肺が動くことを阻止し、死ぬ。


 てっきりラルルカが影の中に俺を隠してくれるのかと思ったらそうでもないし、リリフラメルからは俺を助ける気を全く感じないくらい炎で焼かれ続けた。

 酷いぞ。




 短い間に恐るべき回数の死を迎えた俺は、いつの間にか繋がれた鎖から解き放たれて身体が自由になっていた。




 とある死で身体の左側に重みを感じるようになった。




 とある死で身体の右側で炎に焼かれる感覚の範囲が広がったように感じた。




 頭上から石材が降り注いでそれに押し潰されようと、半地下の空間にできあがった赤熱した海に溺れようと、炎に殺されて生き返る。


 リリベルと違って俺のことを死ぬ程恨んでいるリリフラメルは、ここぞとばかりに俺を痛みつけながら敵対する魔女たちに攻撃を与え続けている。




 ここが開けた場所であったら炎から逃れることができて、態勢を立て直すことができたかもしれないが、生憎ここは塔の下の閉鎖した空間だ。身動きが取れるような場所では無い。

 灰色の魔女の糸が切れたからなのか、はっきりと想像することができるので、具現化することは難しくなさそうだ。鎧や盾を具現化できるだろうが、彼女の炎が赤から青に変化した今となっては、その鎧ですら一瞬で溶けてしまうだろう。




 しばらくは死に続けるのだと気付いてからは、この炎を素直に受ける決心がついた。ただし、少しでも前進してリリフラメルの元へ近付くことは諦めない。




 1度死に慣れてしまえば、簡単に人間であることをやめられると再度思い出すことができた。


 生死の重要性が麻痺した今となっては、頭の中で流れ続ける走馬灯でも眺めているを一種の娯楽と感じる余裕さえあった。




◆◆◆




 その日は、カネリがいなくなった日だった。




 伸ばした手はもう力が入らず動かすことはできない。

 隊長が魔女に対して行う無謀な暴力を止めたかったが、無理だった。


 一体、どこの骨が折れているのか分からない。

 痛みは、無い箇所を探すことが難しいほど全身に渡っている。



 門を入ったところで、牢屋番の兵士に怒鳴りつけられて、カネリがいなくなっていることを知らされた俺は、急いでこの場にやって来た。

 そして、到着した途端に電撃を浴びせられ、それが終わって辛うじて呼吸が出来ると思ったら今度は蹴りや棒殴りの嵐だ。




 魔女の方を見ると、隊長は魔女を犯していた。

 鉄棒の先端を熱した物を顔面に押し当てられても、魔女は声1つ上げていなかった。むしろ隊長の行為を慈しむかのように笑っていた。


 それ自体は見慣れた光景であった。




 牢屋の番であったカネリはこの場には見当たらなかった。


 自分が理解出来る事柄が何一つとしてない。


 カネリは本当にいなくなったのか。

 俺に罪を着せるために、隊長がカネリを殺して、そして俺をも殺そうとしているのではないか。


 いや、魔女の罠という可能性も捨て切ることはできない。

 まずは状況の整理をしたい、と思った。


 しかし、疑問を誰かに述べる間もなく、まともな会話も弁解もないまま、今、暴力の塊に殺されかけている。

 これでは間違いなく死ぬ。こいつらは俺を殺すつもりだ。


 正直、訳の分からない状況のまま、自分が殺されていくのは納得できない。

 納得は出来ないが、もう意識が保たない。




 瞼が下がっていくに連れて、不思議と痛みは感じなくなっていった。

 電撃のせいか身体は熱かったが、それとは別に身体の中心に説明しようのない謎の温かさが広がる。


 瞼が完全に下がって、景色が暗闇になっても虚ろながら意識はあった。


 無数の衝撃が止んだことで、どうやら俺が死んだことを、奴らは確認出来たのだと実感する。


 それでもまだ声は辛うじて断片的にだが聞こえる。


「隊長……コイツ…………ない……です」


「魔女……好……に……」


 徐々に聞こえる声の数が減っている。

 徐々に肌に伝わっていた感覚が失われていく。


「統括……宰……確認…………」


「カネリ……」



「……」



 ついには、何も聞こえなくなる。

 ああ、これで俺の人生は終わりか。


 ―――なんとも短い人生だった。






「こちらです、ロジエール宰相」


 突然だ。

 突然に音の聞こえがよくなる。


 先程までの耐え難い瞼の重みは、いつの間にかなくなっている。

 今では朝の目覚めと同じ感覚で目を開くことが出来そうだった。


「何ということか。彼は死んでしまったのかね」


「ええ、魔女の電撃の魔法によって……残念なことです」


 身体の感覚もあった。

 俺は冷たい石床の上にうつ伏せで倒れているということを、触感から感じ取ることが出来た。


 手指の感覚もある。

 どうやら動かせそうだ。




 目覚めてみる。




 身体をゆっくりと起こして、目を開けるとそこは昨日見ていた景色と同じだった。どうやら地獄とか天国とかいった死後の世界ではなさそうだ。


 牢屋の前にいるということは、俺はまだ生きているのだな。


 座ったまま壁に背をつけて、一息ついてから周囲の状況を確かめてみた。


 丁度目の前にある牢屋には魔女がいた。

 外していた(くつわ)が今は付けられていて、それ以外は変わったようには見えない。




 いや、よく見ると顔の腫れがひどくなっている上に、首に手の跡のようなものが見られる。最後に死んでから付けられた傷だろう。


 それでも、魔女がしっかりと形のある状態で生きていて良かった。

 魔女から魔力を奪うことができなくなればこの国にとって、大きな損害になるからだ。




 魔女の怪我の様子を窺っている間に目が合った。魔女はわずかに笑っていた。


 なぜ笑うのか。

 それだけの暴力を振るわれてなぜ笑えるのか不思議で仕方が無かった。




 他を見回すと、扉付近に隊長と何人かの兵士、それと老齢の黒い法服を来た人がいる。

 隊長と兵士は皆、この世のものではないものを見た時のような顔つきでこちらを見て固まっている。


 法服の人は、安堵したような表情でこちらに近づき、話しかけてきた。


「おお! 良かった、生きているではないか。平気かね」


「え、ええ……」


 俺はいまいち状況の整理が出来ておらず、気の抜けた返事しか出来なかった。


「ロジエール宰相だ」


 自身の胸に手を当ててその男はロジエールと名乗った。

 宰相……。


 宰し……。


 宰相!?


 宰相はこの国の内政と法を司っている、偉い人間だ。




 彼は白髪で肌は見るからに老体そのものであるが、目つきは鋭く話し口調は整然とし、所作も軽快で、いまだこの国の第一線で働いていると言える姿であった。


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