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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃の黄色い魔女4

 牢屋にいる間は、拷問と食事だけが与え続けられた。

 何十回と気絶したのか分からない。この牢屋でどれだけの時間が経過したのかも分からない。




 魔女たちはただひたすらにリリベルの居場所を聞き出そうとしていた。




 灰色の魔女が操る糸は、拷問によってできた傷を縫い合わせて、その糸から彼女の魔力を流し込み回復魔法を使うことで、どのような傷があったとしても綺麗な状態に戻すことができる。


 それがあって、これまでに何度も試した具現化が上手くいかない理由が分かった。

 灰色の魔女は、繋げた糸から魔力を流し込み、リリベルの魔力の放出を阻害し、更に俺の思考能力を奪っているのだ。


 俺が脱走したり反撃に打って出る手段を丁寧に潰していたのだ。




 主に拷問を行なっている者は桃衣(とうえ)の魔女だった。

 非常に小さな魔力石を身体中に埋め込まれ、俺が彼女の問いを否定する度に1つずつ破裂していく。

 小さな石が身体の中に捩じ込まれるだけでも猛烈な痛みを発するというのに、それが破裂すれば口を噤んではいられない。


 痛みで何度失禁したことだろうか。


 破裂と修復を繰り返して、今も俺は生きている。




「これだけやって喋らないってことは、時間の無駄っていうことだよね?」

「駄目よお。まだ全然気持ち良くなっていないわあ」




 部屋に充満する不快な臭いは、リリベルとの思い出を再び想起させた。




 そういえばカネリは今、どうしているのだろうか。




 確か彼は、オーフラの軍隊がのこの城を陥落させた日より2、3日前に姿をくらませたはずだ。蒸発したのだ。

 俺もカネリもサルザスという国にそこまでの愛着があった訳では無い。


 奴隷として綿毛のようにあちこちを流れて、たまたま足を着けた場所が()()だったという話なだけだ。




 まあ少なくとも彼は俺と違って、剣の腕は良い。きっと引く手数多だろう。


 そう考えると、働き口を失ってからすぐに魔女の騎士という新しい仕事を見つけた俺は、幸運だったのかもしれない。




『私を愛してよお』




 太ももから骨片が外に飛び散っていった。


 視点が一気に変わったと思ったが、桃衣の魔女から「まだ眠っちゃだめよお」と言われて気絶していたことに気付いた。

 彼女の問いが忘れられていないか、再度俺に認識させるために彼女は魔力石を破裂させた。




 噛んでいた(くつわ)は、自分でも驚くことに噛み砕いてしまっていた。口が自由になった代わりに血の味が口中に広がっていた。


 桃衣の魔女が露出した肉を指で突ついて、俺に絶叫することを求めてくる。こういう時は痛みに任せて叫んだ方が楽になる。


 酷い所業を受けているのに、彼女への愛情が枯れることは無い。その暴力も彼女にとっての愛情表現なのだと思っているが、多分これは曲解かもしれない。




「私のことを愛しているなら、早くリリベルちゃんの居場所を教えて、1つになりましょお?」


 ローズセルトの誘惑は感情を凄まじく揺り動かしてくるが、リリベルの顔を思い出す度に口から出そうになる言葉を飲み込むことができた。


 リリベルなんかよりも目の前の女の方が好きだ。好きなはずだ。


 変な話し方はするし、胸は小さい。

 わざと俺に意地悪な行動をして反応を楽しむし、不死の呪いをかけてくる。

 自分に興味の無いことはとことん無視する身勝手さはあるし、格好悪くなることを嫌って無謀な行動に出る見栄っ張りな面もある。

 料理の腕は彼女の方が何倍も良いのにたまに俺に食事の支度をさせて、大して美味しくも無いはずのに、満面の笑みで「美味しい」と嘘をつく。

 魔女としての矜持を持っている癖に、俺が傷付けばその矜持をあっさり忘れて怒り狂う短気さ。


 そのような女をどうすれば好きになるというのか。




 さっさと吐いてしまえば良い。

 リリベルの居場所を言ってしまえば、すぐに楽になるだろうし、何よりも目の前の桃色の髪をした女を愛することができる。




 何を躊躇する必要があるのだと、頭の中で誰かが俺を(いさ)めている。




 鎖で身体を引き上げられているせいで、桃衣の魔女とは容易に口づけすることはできない。俺が必死に首を伸ばしたとしても願いが叶うことは無い。




 そう。


 だからもう言ってしまおう。




 もう限界なのだ。


()()()()()




 遂に口から出てしまった泣き言に呼応するかのように、腹の内から黒くて鋭利なものが飛び出てきた。


「……あらあ?」




 腹から血が吹き出して、喉奥から勝手に液体が出てきた。既に血生臭い口中が更に血生臭くなる。




 ただ、血を出しているのは俺だけでは無く、もう1人いた。目の前の桃衣の魔女だ。


 黒い鋭利なものは、そのまま斜め下に伸び出でて桃衣の魔女の腹に到達していた。




 桃衣の魔女は思わぬ腹の痛みに、一瞬呆けていた。

 だが彼女はすぐに痛みを知覚して、1歩2歩と後ろに下がり、突き刺さっていたものから離れる。




 黒いものはやがて形を失って液体のように流れて落ちた。

 黒い液体はすぐ足元で水溜まりのようになっていくが、ひと通り流れ終わると、今度は水面を揺らし始めた。


 水溜まりの真ん中から表れる波紋の間隔が徐々に短くなっていき、そこから黒い2つの物体が勢い良く飛沫を上げて飛び出してきた。




 真っ黒で真っ暗な2つの物体は、人の形になる。




「お前が苦しむ姿を見ることができて、少しは溜飲が下がったかな。だから、助けるよ」

「アタシは全っっっ然、気が済んでいないわよ!! そのまま永遠に拷問されていれば良かったのに!」


 1人は腰まで伸びた鮮やかな青髪を披露し、もう1人は顔を背けたくなるようなキンキンと頭に響く黄色い声で叫ぶ真っ黒な姿を披露した。




「リリフラメルと……ラルルカ……か?」

「気安くアタシの名前を呼ばないでよ!」

「五月蝿いなお前。腹が立つ」




 返事は無かったが、振り返って怒りを示す黒髪の女の顔と、黒髪の女を睨みつけたその青髪の女の横顔は正しくリリフラメルとラルルカだった。




「桃衣の魔女が攻撃されたっていうことは、増援が来たっていうことだよね?」


 灰色の魔女の指から無数の糸が顕現する。

 糸に繋がれた手を振りかざそうとした彼女よりも早く、リリフラメルが叫ぶ。


噴火(ヴァルカン)!』


 彼女は周囲の状況なんかお構いなしに、この牢屋を燃やした。


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