出会ったばかりの頃の黄色い魔女3
給仕係が戸を叩いて、昼食を運びに来たことを伝えられて初めて今の時刻が昼時だと知る。
昼食は兵士用に作られたものと囚人用に作られたものと二つ渡される。
囚人用の食事は見た目がいかにも堅そうなパンと、色の薄いスープのみという簡素なものだが、少なくともこのメニューで餓死した者は聞かない。
兵士用にもパンとスープはあるが、見た目からしても囚人用とは違う。
パンはほどよく柔らかく、スープには色とりどりの野菜が入っている。
それ以外に蒸かしたいも、日替わりで川魚や鳥などの肉もつく。
これを毎日、朝昼夕に供給される。
国全体が貧困にあえぎ、兵士の食事すら賄うことができず、毎日の食事がパン一つのみという国もある中で、この国は食に関しては裕福な部類かもしれない。
俺は両手に食事がのった盆を受け取り、自分の食事は机に置き、もう一つを牢屋を開けて中にいる魔女に手渡す。
ここでもまた魔女は何か驚いたように目を丸くさせ、盆を受け取っても佇んでいた。
俺は定位置に戻り、食事をとろうとするが、ちらと横目で見やると魔女は未だに盆を持ったまま動かない。
盆を見つめて、処理に困っているようでたまにちらとこちらを見つめる。
「お前の分の食事だ。食べないなら下げるぞ」
見かねてつい話しかけてしまった。
魔女は困惑した表情をしながらも、俺の言葉を受けるとその場に座り込み、膝の上にお盆を乗せて食事を取り始めた。
パンを小さくちぎってゆっくりと食べる様子を見て、俺は幾らか安堵した。
これで何も食べずに死なれる可能性は少なくなった。
俺も食事を取ることにする。
「ごちそうさま」
魔女は両腕を伸ばしてお盆を差し出し、俺が取りに来るのを待っている。
俺は鍵を開けてお盆を取り、また鍵を閉める。
なんと平凡なことか……。
俺を油断させようとしているのかは分からないが、魔女はひどく大人しい。
最初の会話こそ怪しい雰囲気であったが、今はその欠片もない。
ここで問題がなければ、次に問題が起きそうな場面はおそらくカネリに番を交代した後だ。
アイツは超がつくほどの楽観主義だから、あの臭いを我慢できないなら絶対に何らかの問題を引き起こすだろう。
そうならないように釘を何本も刺しておかねばならない。
俺はいつの間にか、今魔女とどう接していくかより、夜の交代後の算段を考え始めていた。
夕方頃になって、俺はランプの油を足すために一度塔の入り口まで戻った。
巡回用ランプが置かれたすぐそばに、大きな油瓶があり、汲み取ってランプの中の油受皿にそれを足す。
これでまたしばらくは問題ないだろう。
ランプを手に取り、再び階段を降りようとしたころで、後ろからまたぶっきらぼうに呼び掛けられる。
「おい、ヒューゴ」
振り替えると、隊長が丁度戸を開けきってこちらに入ってきた。
隊長の後ろには、カネリがいた。
「魔女の具合はどうだ」
具合というのは……恐らく魔女の体調の話ではないだろう。
「いえ、俺はそういったことは興味ないので……。ただ、臭いが酷くて、とてもではないですが、そういった気分にはなれないかと……」
「それをヤれるようにするのが、お前の役目だろうが」
隊長は、もうあの魔女を新たな性欲の捌け口としてしか見ていない。
早く女を抱きたくて溜まらないという感情が、そのまま言葉に表れている。
ここで断っても恐らく隊長は、俺が「はい」と言うまでいつまでも話を続ける腹積もりだろう。
「分かりました。身体を洗わせます」
俺が申し訳無さを全面に出した言葉を受けてか、隊長は舌打ちをして苛立ちを露にする。
「てことは、今日はお預けかよ。クソッ」
そう吐いて塔の外へ勢いよく飛び出して行った。
カネリは、隊長の進路を妨げないようにすぐに横に飛び、腕を組んで知らん振りをする。
隊長が去ったのを見届けてから、カネリは俺に話しかける。
「そんなに臭いのか」
「実際に嗅いでみればいい」
カネリは足取り軽く、俺の後ろをついてきた。
それで牢の扉を開けてすぐに顔をしかめて、魔女に近付くに連れて表情は千変万化する。
「くっせぇ!!」
魔女に顔を近付けるなり、カネリは叫ぶ。
おい、口に出すなよ……。
魔女は、突然声を上げて暴れるカネリに驚いて、小さく「うわっ」と声を出して身を怯ませた。
俺はその光景を見ただけで、この先こいつが牢屋番を出来るのか不安になる。
カネリの襟首をつかみ牢屋の外に引きずり出す。
「魔女を驚かせるな。何をしてくるかわからんぞ」
小さくささやくと、カネリもそれに呼応する。
「臭いものを臭いと言って何が悪いのさ」
カネリは悪びれる様子もなく、軽い口調で反論する。
カネリ・カスタノス。
俺と同じ歳だ。
ひどい癖っ毛の赤髪が特徴で、顔は目鼻立ちがはっきりとしている。飛び抜けて美男子という訳では無いが、少なくとも俺の顔よりは「格好良い」と言うべき顔だろう。
だが、外面の良さに反して、その内面はあまり美しくない。
彼もまた女癖が悪いのだ。
とにかく毎日、名も知らぬ女に声をかけては、いつの間にか身体を交える関係に発展させているらしく、口を開けば、やれ何番街の肉屋の奥さんはどうだとか、学校の校長の娘はどうだとか、一体いつ知り合う時間があるのかと思う程に感想を聞かされる。
更にコイツは女であれば誰でも良いという雑食で、年齢や見た目、種族を問わない。
人狼やゴブリン、鳥人など、人と魔物のハイブリッドから始まり、アンデッドやワイバーンなどの完全なる人外でも問題ないらしい。
ちなみについ先日は、街で老婆を口説いているコイツを見かけた。
しかし、ただ女にだらしないという訳ではない。
恐らく今の牢屋番の中で、一番鍛練に真面目なのはコイツだろう。
毎朝早くに訓練所に赴き、訓練用木刀をかかしに振り汗を流す。
剣術訓練で何度も手合わせしたが、剣筋は鋭く速く、力強い。
相手が自分よりも実力があると判断すれば、教えを乞い、積極的に技術を取り入れようとする。
俺とカネリは牢屋番隊以前は、防衛部隊の一兵士として勤めていた。
その時からカネリの剣術に関する能力は高く、部隊内でコイツを相手に出来る兵士はいなかった。
なぜそれほどの実力があるのに、牢屋番隊にいるのかと言うと、端的に言うと女が原因だ。
防衛部隊隊長の奥さんを寝取ったのだ。隊長の面目は丸潰れで、それが発端になり異動、ようは飛ばされた、と言う訳だ。
恐るべき楽観的な思考による行動の末路ともいえる。
別の部隊に異動するだけで済んだのは、彼の剣の腕を買う者がいたからだと、一時期周囲で噂になっていたから、恐らくそうなのかもしれない。
俺が今の部隊で恐らく唯一まともに会話しているのがコイツぐらいだ。
俺が他の女癖の悪い男と違って、コイツだけとは仲良くできている理由は、コイツも俺と同じように奴隷としてこの地に流れ着いてきた者だからだ。
女好きなところと酷い楽観思考に関しては正直良くは思っていないが、それ以外では特に非が無い。
囚人が悪事を働かない限りでは、彼は相手をいち生命として丁寧に接する。
たまに困難や問題に遭遇しても、何とかなるで済ませて突き進むような性格だが、彼の場合、本当にそれで何とかなってしまう。端的に言えば要領が良いのだろう。
「わ、私って、そんなに臭い?」
魔女が上ずった声で尋ねてくる。
ランプを掲げて魔女の方を照らすと、指と指を突つき合わせ、少し目を逸らしてこちらの反応をうかがっている。
ランプのオレンジ色の光のせいなのかは分からないが、顔が赤くなっているような気がした。
◆◆◆
「痛すぎて可笑しくなっちゃったあ?」
桃衣の魔女がそう俺に質問してきた。俺の顔が常ににやけていたと彼女は言った。
現実に引き戻されると、意外にも気分は悪く無かった。
あの下半身の痛みは、今は無い。
顔を下げてどのような傷を負ったのか確認してみるが、後ろにいた灰色の魔女が「傷は既に治した」と言う。
桃衣の魔女のことを愛している状態に変わりは無いが、多分まだ正気ではある。
自身の状況を再確認したところで、まだ答えていない桃衣の魔女の問いに答えてやる。
「いやな、夢でお前そっくりの好色な奴を見て……思わず笑ってしまった」




