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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃の黄色い魔女2

 

◆◆◆




 朦朧として上手く思考ができない。

 外の様子が分かる情報が無くて、いつからこの牢屋にぶち込まれたのかが分からない。


 上手く思考できなければ、あらゆるものを具現化する力は使えない。無理矢理具現化してみても、何とも言えない形の物体が目の前に生み出される結果に終わる。




 この身動きの取れない状況から脱するためには、自らを殺さねばならない。

 しかし、1回死んだところで失った両腕が取り戻されることは無いだろう。


 覚えている記憶を頭から掘り起こしてみても、腕を失ってからある程度の時間は経っている。

 この不死の力の不便な点は、死んだとしても死の直前の状態に戻るだけという点だ。両腕が無い状態のまま時間を経過させてしまえば、数回死んだ程度では失った腕を取り戻すことはできないのだ。




 よくよく考えれば、本来死ぬはずの事象を受けているはずなのに、生きているということがそもそもあり得ないことなのだから、生き返ることができた時点で文句を言うべきでは無いのかもしれない。


 いや、やっぱり文句の1つぐらい言ったって(ばち)は当たらないだろう。




 剣を振るう腕が無ければ、戦うこともできないのだ。この状態は俺にとっては死んでいるのと変わらない。




 何も変化が無い牢屋に次の変化が表れたのは、扉を開ける音だった。

 その腰まで伸びた桃色の髪を揺らしながら、マントと下着とヒールだけしか身につけていない変態がやって来た。


 リリベルと同じぐらい愛しているその魔女の名はローズセルト・アモルトだった。




 彼女は、鉄格子や壁を一々指で撫でて性的な思考を誘発させようとしている。端的に言えば誘っている。


「リリベルちゃんの居場所を教えてくれたら、すぐに出してあげるのに、貴方ったら意地悪なのねえ」


 彼女は別に暑くも無いのに、この牢屋の空気が暑いと言い張って、胸の下着を指で摘んで煽り始める。

 そして胸を俺の太ももに当てつけて、ゆっくりと腹の辺りまで這わせてきた。


 そんなことをしなくても、俺はローズセルトのことを好きなのだから無駄な行動である。




「ねえ? 私はあ、別に貴方をずっとここに閉じ込めていても良いのよお? だって、リリベルちゃんの魔力は貴方からでも奪えるのだものお」


「でも、ずっとこのままだと辛いでしょお? 早く私とヤリたいでしょお? 気持ちよくなりたいでしょお? だからあ、リリベルちゃんの居場所を教えてくれたらー……ねえ?」


 その後は言わなくても分かるでしょうと、彼女は俺の胸の辺りを舌で舐め回し始めながら、俺に言葉を吐かせるために(くつわ)を外してきた。


 彼女のことは愛しているが、その妖艶な行動自体には嫌悪感がある。

 まだ正気を保っていられるのは、リリベルの魔力のおかげでもある。彼女の魔力がローズセルトの魔力を阻害して、簡単に俺の気を狂わないでいさせてくれた。リリベルの魔力が気付け薬の役割を果たしてくれているのだ。


 ある意味で地獄でもあるが。




「それなら、ずっとこのままで良い」

「あらあ? そんなに私と一緒にいたいのお?」

「そりゃあそうだろう。俺はお前のことを愛しているのだから」

「嬉しい……はあ……気持ちい……い……」




 いきなり身体を大袈裟に痙攣させて恍惚の表情を見せる彼女の内面を、察することはできない。

 俺は彼女を愛してはいるが、彼女のことを何1つ理解することはできていない。


 だから、勝手に気持ち良くなっている桃衣(とうえ)の魔女に対して、素直な質問が出てしまった。


「1つ聞きたかったのだが、俺はリリベルとお前のことを同じぐらい愛している。愛しているのだが……」


「正直、お前のことは良く分からないんだ。一体何が楽しくて人を爆発させるのか、何が楽しくて見知らぬ者たちと肌を重ねようとするのか、全く理解ができない」


「リリベルの行動については、すぐにあれこれと予想を立てることができるのだがな……」




 ハッとして、愛する者に対する言葉としては少々強かったことを自覚して、彼女に謝りを入れる。


「あ、いや、お前のことを馬鹿にしている訳ではないんだ。ただ、素直に疑問に思って聞いてみたかっただけなんだ」


「お前のことを愛している割には、俺はお前のことを()1()()理解できていないか――」


 下半身の方から、柔らかい物が潰れたような音を立てたのが聞こえてきた。ぶちゅっという音が生々しく身体の中から響いてきたので、それが俺の身体の一部であることは明らかだろう。

 即座に腹部に猛烈な痛みが走り、即座に身体中から発汗が始まった。涎が出てくるが、痛すぎて口から出てくるのを意識して止めることができなかった。


 悪い物を食べて腹を壊して腹痛になった時の痛みより、もう数倍くらい痛い。


「2つあるから、1つくらい無くなっても大丈夫(だいじょーぶ)よお」




 あっという間に、意識が定まらなくなっていき、景色がぐるぐると回り始めていった。

 そこに丁度もう1人の女の声が聞こえてくる。


「怪我をさせるっていうことは、死ぬ可能性が生まれるっていうことだよね」


 きっと大声で叫んでいる訳では無いのだろうが、耳の中に大袈裟な音量で届いている気がした。

 その声が頭の中に入ってくる度に吐き気を催し続けて、やがてそれは決壊する。


「桃衣の魔女が治さないってことは、治すのは私っていうことだよね」

「そうよお」




 そして、痛みからの現実逃避をするように、再び頭の中でリリベルと初めて出会った時のことが呼び起こされて、そちらに意識が引っ張られていった。




◆◆◆




 魔女はゆっくりと首を上げ、俺の存在に気付くと笑顔で迎えてきた。


 魔女は、手首にそれぞれ鉄枷がかけられ、それに繋がった鎖は牢屋の奥の壁際上から突き出た丸フックに更に繋がって拘束されている。

 鎖はあそびがなくなるように余計な部分はフックに巻き付けている。

 丁度万歳をするようなポーズだ。


 服は着ておらず、代わりにローブのようなボロボロの布切れを羽織っている。

 羽織っているといっても、所々、布生地が破れて肌が露になっているため、かろうじて布が掛けられている、といった方が良いだろうか。


 髪は腰まで伸びた長髪で、色は確かに金髪だが、何の汚れか判別できないものが髪に絡んでおり、それが固まって束のようになっている箇所がいくつもある。

 お世辞にも美しい金髪とは言えない。


 手に持っているランプを牢屋の方に向けて、魔女をよく観察する。


 オレンジ色の光に照らされて、魔女の姿がよく見えるようになる。

 身体のあちこちに青あざや、まだ癒えきっていない切り傷が見えるが、それを気にする素振りは全くないように見える。


 顔を同じく目や頬などに青あざがあり、あざの腫れで片目は塞がっている。


 だが、それだけの怪我でも、その体躯と顔立ちからはっきりと分かることがあった。

 こいつの見た目は想像以上に若い。

 三十後半の隊長が若い魔女と言うからには二十歳前後と勝手に想像していたが、それよりもっと若い。


 学校に通い勉学に励んだり、親の仕事を手伝って働いたり、友達と遊んだりするであろう年頃にしか見えない。




 会ってすぐに殺されることはなくて良かったと少し安堵しつつ、俺はまず魔女との会話を試みた。

 話が通じるなら万々歳だが果たしてどうだろう。


「今日からここで牢屋の番をする。何か困ったことがあれば言ってくれ」


「……『言ってくれ』って、そんな簡単に魔女に喋らせようとするだなんて、君はとても危険なことを言うね」


 魔女は優しく微笑む。


 話は通じた。

 だが、口調は優しく諭すような物言いだったが、言葉自体はあまり友好的ではなかった。


 一瞬ヒヤッとしたが、その台詞をあえて吐いたということは、危険なことをするつもりはないという意思を示しているのだろうか。


 魔女の言う危険なことというのは、魔法を放つチャンスを与えるということだろう。

 だが、魔法を放つような行動を起こすなら、捕らえた時点で(くつわ)でも()ませていなければおかしい。


 しかし、これ以上余計に言葉を紡いで、魔女の機嫌を損ねたら危険だ。

 魔女がこの環境に慣れるまで、俺は次の言葉を開かないことにする。


 俺はそばにあった机にランプを置き、椅子に腰掛ける。


 魔女は俺からの返事がないとみるや、何かを勝手に納得したようにふむふむと言った後、何も反応しなくなった。


 この特別房は監視塔の半地下部分に位置していて、俺のすぐ真上にある、天井付近の小さな穴のようなものが、この部屋唯一の外の光を取り入れる窓だ。

 故に部屋全体は基本的に暗く、牢屋内はもっと暗い。


 ランプで照らして初めて、魔女の顔がよく見えるぐらいだ。


 牢屋内は藁葺きの上に汚れた布一枚と、蓋が空いた小さな木桶が一つ、それぞれが牢屋の反対側に位置している。

 藁葺きと布は布団の(てい)だが、お世辞にも快眠できるとは言い難い。

 木桶に関しては一般牢にもあるもので、用を足すために置いている。


 だが、魔女と壁を繋ぐ鎖は全くあそびもなく伸びきっており、その布団や木桶を本来の用途として使うことは出来るはずもなかった。


 牢屋番は基本的に、持ち場の囚人の世話も行う必要があり、この魔女についてもその例に漏れることはない。

 魔力の供給が体調に左右されるのかは分からないが、なるべく良い環境に置いて、無駄のない魔力供給を目指したい。

 そのためには、多少の自由があった方が良いだろう。




 俺は、鍵を取りだし牢屋の戸を開け、魔女のいる空間に入る。


 魔女はこちらに顔を向け、ただじっと見やるだけだ。

 非常に不気味であるが、幸いにも何もしてくる気配はない。


 フックに固く巻かれた鎖を一巻きずつ、力の限り引っ張りながらふりほどしていく。

 繰り返し行うと、やがてジャラジャラと鎖の音がして魔女の腕は自由が効くようになる。


 そうして布団や木箱を行き来するのに問題ない鎖の長さになったところで、俺は作業を止めて魔女をちらと見つめる。

 魔女はきょとんとした顔でただこちらを見つめているだけだ。


 未だ怪しい素振りを見せない魔女に、俺は幾らかの安堵を覚え、少しため息をする。




 そして、ため息と同じ分の息を吸った時に、俺はすぐさま体を翻し、牢屋の外に出て慌てて鍵を掛ける。




 魔女から放たれる臭いが酷かった。

 一体何の臭いなのか、酷くすえたような臭いだが、様々な臭いが混ざっているようで判別がつかない。


 風呂にしばらく入らなかったとしても、このような臭いには恐らくならないだろう。

 他の囚人でさえろくに風呂に入ってはいないが、ここまでの臭いを嗅いだことがない。

 それほどの臭いだった。


 明日は体を拭くものを持っていこうと思いつく。


 魔女は、久しぶりに体の自由を与えられたからなのか、手持ち無沙汰そうにその場でゆらゆらと体を動かし、周囲を見回している。

 そのうち慣れて自分の好きなように行動するだろう、と思い放っておくことにした。




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