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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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出会ったばかりの頃の黄色い魔女

 気付いた時には牢屋の壁に鎖で繋がれてしまっていた。


 俺はサルザス兵に囚われてしまった。




 懐かしさを感じる場所だ。


 リリベルと初めて会った牢屋と作りは全く同じだったから、まさかとは思った。

 この牢屋にただ1つ取り付けられている、外への空気を取り入れる穴から辛うじて外の様子を見ることができる。その穴の先には城壁が見えた。


 ここは過去にオーフラに陥落されたはずの城だ。




 そしてこの牢屋は城からただ1つの歩廊で繋がった塔の半地下にある。

 特別な者を迎え入れるための牢で、リリベルはこの牢屋で常軌を逸した暴力を受けてきた。




 あの時のリリベルと同じように、魔法の詠唱ができないように俺の口には(くつわ)を噛まされていた。

 両腕がずきずきと痛むから見てみたら、どうやら俺の腕は千切れたままで、残った肩の先端の肉に直接鎖が突き刺さっていた。

 その鎖は天井付近の壁に取り付けられた丸フックに巻き付いていて、俺はそこからぶら下げられていて、足がぎりぎり床につかないようになっていた。


 全体重が両肩の肉にかかっており、もし鎖から抜け出そうと暴れたなら、鎖が食い込んだ肉が引っ張られて更なる痛みを発するだろう。




 まあ、ここまでくると痛すぎて脳が痛みを麻痺させてくれるから、見た目程苦しくは無い。




 空気穴が1つしか無いおかげで、溜まった糞尿の臭いが凄まじく、呼吸をしているだけで吐き気を覚える。この牢で何日か過ごせば、身体に臭いが染み付いてしまう程きつい臭いだ。


 リリベルは牢屋番から毎日のように、出された食事に小便をかけられ、それを無理矢理食べさせられていた。男たちの気が済んで牢屋から出て行った時には、その度に俺に配給された食事を代わりに彼女に与えてやっていた。




 確か、それから彼女は俺に興味を持って話しかけるようになったのだ。




◆◆◆




「おい、ヒューゴ」


 ぶっきらぼうな態度で後ろから呼ばれた。

 振り返ると牢屋番隊の隊長が訓練用の木槍を肩に提げてこちらへ向かって来た。

 俺が返事する間もなく隊長は続けて話す。


「戦利品の魔女の管理はお前とカネリに任せる。これからのお前の持ち場は第三監視塔の特別房だ。夜はカネリが、日中はお前が番を行え。カネリには俺が伝える」


 戦利品の魔女とはつい先日、隣国オーフラとの戦争でぶんどった魔女のことだろう。他の兵士から聞いた話ではあるが、向こうの国で捕虜として牢屋にいたところを見つけたらしい。


「はい。しかしなぜまた魔女なんかを? 魔女ならどこにでもいる珍しくない存在では」


 俺は単純な疑問を隊長に投げかけた。

 隊長は少し驚いた顔でこちらを見て、明らかに面倒臭そうな顔をしてから話し始めた。


「ああ? お前は知らんのか。奴はそこら辺の魔女とはワケが違う。奴を捕まえることの最大のメリットは奴が持つ魔力量だ。奴一人で100の国で使われる魔力を賄えるほどだと噂されているのは有名な話だろうが」

「あまり魔女には興味がありませんもので」

「馬鹿か、こんなことガキだって知っている話だぜ。雷の魔法を操る金髪黄衣(おうえ)の魔女。その魔女を手中に収めた国は永劫豊かな国として繁栄していくってな」


 隊長はこんなことも知らねぇのか、と俺に明確に嫌味をぶつけるためにわざと大声で話してきた。唾が顔に直接飛んで来て不快だ。


 しかし、隊長の話を聞いても俺にはその魔女の情報はとんとこない。というのも俺はこのあたりの育ちではなく、大陸を離れて海を越えた別の国で育っているからだ。

 その時に黄衣の魔女の伝説など、聞いたことはなかった。


 おそらく世界中で広く知られた伝説ではなく、このあたりで語られているだけの地元話な伝説、おとぎ話の類いなのだろう。

 その程度の伝説なら本当に100の国の魔力を賄えるのか眉唾な話だ。


 正直魔女には興味がなかったが、それを態度に出すと隊長にまた生意気だ何だと小言を言われてしまうだろう。

 無駄な衝突を避けるためにもわざと下手に出るよう感心してみせた。


 すると今度は気分を良くしたのか急に気持ち悪い笑みを浮かべて、俺の肩に腕をのせて明るい口調で話す。


「しかし、お前は滅茶苦茶ラッキーだぜ。女の捕虜なんて滅多にいねぇし、金髪なんてここいらじゃ大抵王族や貴族の生まれで対面できる機会すら俺たちにはねぇ」


 隊長は語りながら自分の黒い短髪の先をいじる。




 確かにこの地域では金髪の人は少ない。いや、少ないというか単なる平民の中では見たことが無い。


 俺の生まれ育った国では、金髪はそう珍しい髪色でもなかった。

 この地域の人種の差なのかもしれない。




 続けて隊長はまた笑みをこぼしながら語る。


「そんなレアな女を好き放題出来るんだぜ。更にその魔女は若くて美人ときたもんだ。本当は俺がヤりたかったが第一号はお前に譲ってやるよ」


 隊長は本当に惜しそうな、俺にその魔女の番をさせるのは死ぬほどもったいない、と言わんばかりの感情のこもった口調で話す。




 牢屋番隊へ配属されてから日は浅いが、正直、この男のことは嫌いだ。


 この男、というよりかはこの牢屋番隊自体が嫌いだ。

 配属初日に副隊長と共に牢屋番の仕事をしてみたが、攻城に特化した攻撃部隊、城の防衛時に城外に出て戦う外防衛部隊たちと比べると目つきからして雰囲気が違う。

 表立って戦う者たちとそうでない者たちとの覚悟の差が、行動となって表れる。


 表立たない彼らにとっての牢屋は、ただただ遊ぶためのおもちゃの一つにすぎない。


 牢屋の番はろくにせず、城を出て街のはずれにある賭場で毎日金の勘定をしながら遊び呆け、たまに来たかと思えば、賭博に負けた腹いせか囚人たちに暴力を振るう。


 日々の訓練の相手は囚人たち相手であり、訓練用の木剣や木槍を担いだ兵士たちを見るたびに、囚人たちは

 怯えて部屋の隅に寄る。


 隣国オーフラの兵士たちも牢屋に入ってすぐは、この暴力に反抗していたが、何日か経った今では反抗することの無意味さを感じてか大半が大人しくなっている。


 報告業務として、全ての隊を取りまとめる親衛部隊や政治家たちへの報告が定期的にある。

 その時だけは彼らも張り切り、まるで日夜厳しい訓練を行い囚人たちの管理に厳格に取り組んでいますよ、と言わんばかりに(せわ)しなく働き出す。


 まるで堕落という言葉をそのままこの世に具現化したような隊であった。




 ところで、隊長がなぜ俺に魔女の番を任せようとしているのか。

 これほど口に出して惜しい、と言うことは本当にそう思っているのだろう。


 それを敢えて、隊に入って間もない、隊長にとってあまり気に食わない俺に話を持ちかけたか。


 もしかして、その魔女を恐がっているのか?


 魔女が本当に膨大な魔力の持ち主で、万が一にも反抗された場合、命を落としかねないからか。

 それで、まずは当て馬として死んでもいい奴を選んで様子を見ようということだろうか。


 誰だって命は惜しい。それは俺にも分かる。

 しかし、隊長が本当に命惜しさに誰かに身代わりになってもらおうとしているならば、それは兵士にあるまじき心意気だ。


 俺は兵士として働く限り、全力を尽くすべきだと思っている。正反対の考え方をする隊長とは違うのだ。


 俺は隊長への嫌悪感を一層強めながらも、魔女の牢屋番の責務を果たすべきと奮起した。

 やる気に満ち溢れる、といったやつだ。


「よろしく頼むぜ新人さんよ」


 隊長は俺の肩を大げさに叩いて、腰にぶら下げているじゃらじゃらと音の鳴る鍵束のかたまりから、鍵が一つだけ繋がった鍵輪を手渡す。


 こちらの返事を聞く間もなく、隊長は肩に提げていた槍をかかげて、魔女が何も問題なければ俺に報告しろと一言告げて、牢屋に続く道へ消えていった。

 問題というのはおそらく危害を加えてこないなら、という意味だろう。






 俺はすぐさまに第三監視塔へと向かった。


 この城は、小さな山の上に三角に城壁を囲んだ作りになっている。

 その三方それぞれに巨大な監視塔が建っており、そこから山を見下ろして周辺の動向を注視できる。


 街はその城を取り囲むように出来ており、山から裾野まで建物が密集して建ち並ぶ。

 細い通路が蜘蛛の巣状にいくつも伸びており、土地勘がないものが細道に入ってしまえば十中八九、道に迷うだろう。


 俺は一度城壁の上に出て、そのまま塔の入り口へ向かった。

 塔への入り口はいくつかあるが、城壁の上から歩いて塔まで向かうのが、一番迷わない行き方だ。


 向かう途中、見張りの兵士たちに何人も会った。

 多くの兵士は俺を見るなり笑う。


 笑ってくる兵士は大体見知った奴らだ。


「よう、ヒューゴ。怪我は治ったのか。災難だったな」


 人を気にかけたような言葉だが、茶化すような口調だ。心配しているというよりは、面白がっている態度だ。

 俺は怪我は治ったと手を上げてアピールするが、なぜ怪我をしたのか思い出したせいで、身体が熱くなってきた。


 俺は逃げるように監視塔の扉まで向かう。


 扉に着くと、横で見張りの兵士がこちらに目をやり、俺が口を開くのを待っている。


 魔女の番で来た、と鍵を見せると、兵士はそれで合点がいったのか一言「ああ」と告げて、後は俺に興味を示さなくなった。


 監視塔の扉を開けると、すぐ目の前には二手に分かれる螺旋状の階段がある。

 俺は入り口にある巡回用のランプを手に取り、左手側下り階段を降りていく。


 ついに(くだん)の魔女に会える。

 緊張で鼓動が速くなるのを感じる。


 本当に死んだらどうしようか。

 といっても死にそうな状況になったと気付いたところで、最早それは手遅れで、そこから俺に何が出来るのだろうか、といったところだが。


 だから死ぬ前に出来ることはやっておかなければ。

 兵士として死ぬことは恐れていないが、ただただ何もせず死んでいくつもりもない。


 抵抗して魔女に怪我をさせて、最悪の事態として魔女が死んでしまったら、それはこの国の大きな損失になる。

 魔女を直接傷つけるようなことは出来ないと考え、俺は自分の身を堅めることにした。


 腰に提げた鞄から石を取り出す。

 衝撃石と呼ばれる手中に丁度収まる大きさほどの石を握りつぶす。

 呆気なく、石はバラバラと粉になるがこれで効果は発揮されている。


 この石は国お抱えの魔女に作らせた魔法石だ。

 交戦する可能性のある部隊に支給される物で、これは握り潰した者は傷を負うようなダメージをある程度無効化してくれるとても便利な物だ。


 ある程度、と言ったのは理由がある。

 即死や、瀕死になるような攻撃などを連続で受けた場合に、この魔法は効力を発揮できないのだ。

 量産するために質を落とさざるを得なかったのだろうが、それでも十分だ。


 そうして、階段を降りきったところで牢屋へ入る扉を開ける。




 扉を開けて、鉄格子を挟んだ向こうに魔女はいた。


 魔女はこちらを見るなり、少し微笑み一言。


「やぁ」


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