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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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色欲に溺れ芸術を愛する魔女3

 左側にいる桃衣(とうえ)の魔女から攻撃を仕掛けられた場合を想定して、左手に盾を持って常に彼女に向かって構え続けた。

 だから剣は右手に持っている。


 筋力強化の魔法のおかげで、ひとっ飛びで灰色の魔女へ到達しているから、後は剣を力任せに振るだけで良い。




 剣を横に振り、水平に灰色の魔女を薙ぎ払おうとした。

 剣が彼女に触れる前に詠唱が始まった。




支配者の糸(ジグロプト)




 彼女が右手を横に払う動作を行うと、指に巻き付いていた無数の糸が手の動きに合わせてふわりと浮き上がった。


 糸の群れは、身体ごと突っ込んだら絡まって身動きが取れなくなりそうな数の多さだった。


 しかし、糸はどれも大した太さでは無い。糸を気にすることは無く、そのまま腕の振りを続けようと思った。




 ほんの一瞬、右腕が何かに引っ張られて引っかかったような動作になる。




 筋力強化の魔法によって強化された肉体は、その身体が出せる全力の力を更に超えた能力を発揮できる。


 しかし、この魔法には悪い点もある。

 限界を超えた能力を引き出せるようになるということは、肉体に相応の負担をかけることになる。悲鳴を上げている肉体の訴えを無視して身体を動かせば、肉体を破壊する可能性もあるのだ。




 つまり、何かに引っ張られている感覚を無視して、右腕を無理に動かしたことで、右腕が千切れてしまったのだ。


 筋肉の避ける音と骨が離れていく音が身体の中から響いて、その後は右側が軽くなる。


 灰色の魔女に向けて振り下ろしたはずの剣は、いつまで経っても到着しない。




 俺の意思を無視して千切れてしまった右腕の行方を探すと、すぐ後ろの宙空を力無くぶら下がっているのが見えた。

 無理矢理身体を動かした結果、腕が引き伸ばされてしまっていた。




 右腕には1本の青い糸が繋がっていた。




 宙空に浮いた腕に繋がった糸は屋根の上に垂れていて、糸が這っている先を目で追って確認していくと灰色の魔女の指に繋がっているのが分かった。




 右腕は諦めた。

 同時に防御も諦めた。




 左手に持っていた盾と千切れた右手が持っていた剣のことは忘れて、剣だけを具現化し直す。

 腕はまだ1本あるのだ。


 左腕を使って灰色の魔女を切れば良い。




 灰色の魔女はきっと、腕が千切れても尚、攻撃を続けようとする俺の姿に驚いたのだろう。

 彼女は目を見開く姿を見せた。見開いた彼女の目の色は、輝く黄金のように綺麗だった。




 彼女が驚いて油断している隙に、思い切り剣を振り下ろしてみたが、切り裂かれた肉からは、おおよそ人の形をした者が出す音では無い音が鳴った。


 ガラス質の物体が割れるような音だ。




 切る相手がただの肉だったら、真っ直ぐ切ることができたはずだった。

 だが、灰色の魔女の肉は異様に硬かった。剣に込めた力を更に強めて、切るというよりもこそぎ取るような感覚で、縦に振り切ったが、切り裂いた灰色の魔女の中身は誰がどう見たってやはりガラスだった。




 今度は俺の方が驚いてしまった。

 切ろうと思っていたものが上手く切ることができなかったからでは無く、過去に見たことがある砕け散り方を見てしまったからだ。




「お前!? 鏡の中に住まう(スペクリュ)――」

『私を愛してよお』


 灰色の魔女へ正体を聞き出すつもりが、桃衣の魔女に邪魔されてしまう。明らかにわざと邪魔している。


 爆発の衝撃が兜を通して頭蓋に直接伝わり、視界が揺れる。すぐに上下の感覚を失って膝から崩れ落ちそうになった。

 身体の左側のあちこちが痛いのは、桃衣の魔女が爆発させた人間の歯が飛び散って鎧や兜を貫通して飛んできたからだ。多分、先程まで大事そうに持っていた頭を投げつけたのだろう。




「腕が取れたっていうことは、痛いっていうことだよね」


 灰色の魔女の食指が動く。


 指から出ている多くの糸が一斉に動く。


 彼女が次に何らかの行動を起こす前に、まだ動かせる左腕を先に動かす。


 切るのでは無く、叩き割るような感覚で剣を振れば、ガラス質の身体もさすがに砕けるだろうと思った。




 先程よりももっと大きな音を立ててガラスが割れるが、筋力強化を行ったこの身体をもってしても魔女を砕くことはできなかった。




 振り抜いたはずの腕の感覚が途中から無くなってしまっていたのだ。


 手に持った剣が汗で滑ってすっぽ抜けてしまった時のように、肩にくっついていた左腕がすっぽ抜けたような感覚があった。




 ああ。

 籠手ごと左腕が千切れてしまったのか。




 中途半端な攻撃しかできなかったせいで、灰色の魔女は変に人の形を保ってしまっていた。

 肌の下は水晶のように透明な物が見え隠れして、それが余計に不気味さを際立たせた。


 この魔女は明らかに、鏡だらけの城で会った奇妙な存在と同じだと思った。


 もし、アレと同じ性質を持つのなら、ちょっとやそっとの攻撃では倒すことはできない。

 結果論ではあるが、攻撃する順番を間違えてしまったと後悔する。




 両腕を失った俺は、遂には身体そのものさえ動かすことができなくなった。

 見えない何かに押さえつけられているかのように、身体が硬直している。


 筋力強化された肉体のおかげで、無理矢理に身体を動かせば、硬直から逃れることはできると思った。実際にそのおかげで両腕を喪失したのだ。

 今度は足でも振り抜いてやろうと思った。


 今の状況で、自力で元の身体に戻ろうとするなら、死ぬ以外に道は残されていない。

 ただでさえ両腕が千切れているのだから、後は足が千切ったら、すぐに死ぬだろう。




 だが、今度は身体を動かせなかった。どんなに筋肉に力を入れても動かなかったのだ。




 瞬きや口は自発的に動かせるが、その他は無理だ。

 足も腰も首も何1つとして可動には至らず、完全に身体が何かに固定されているような状態だった。

 筋力強化された身体をもってしても、動かすことができないこの状況に焦っている俺を見て、灰色の魔女が歓喜の声を上げた。




「不死っていうことは、永遠に身動きをできなくすれば終わりっていうことだよね」


 割れた顔が笑顔を作ると、ガラス質の破片がこぼれ落ちていった。


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