色欲に溺れ芸術を愛する魔女2
この中で唯一見知った顔である桃衣の魔女を説得する手もあるのでは無いかと一瞬考えた。
紫衣の魔女の病に付き合う必要はあるのかと問いたかった。
彼女を説得できれば、魔女という後ろ盾を無くしたサルザス兵は大人しくなってくれると予想した。
「さすがにリリベルちゃんとはもうヤッたわよねえ?」
まるで空気を読む気が無い他人の性事情に関する質問には、他の魔女たちとの会話も相まって慣れている。
喧騒に声が掻き消されないように、大きく息を吸い込んでから話してみる。
「なぜ紫衣の魔女に従ってこんなことをやっている! 世界を滅ぼすつもりか!」
桃衣の魔女は、行動原理は芸術を完成させることにある。
彼女は男も女も種族も関係無く愛を交わす。
しかし、その愛とやらは中身のない空っぽな器だ。
彼女は魔女の呪いによって、自らをこの世で最も美しい存在へと確立させる。
彼女を見た誰もが彼女の美貌に囚われ、愛そうとしてしまうのだ。
本人たちは自発的に愛していると錯覚するが、実際は呪いによって愛していると思わされているだけだ。
彼女はそうして自分を愛してくれた者に対して、炸裂する魔力石を埋め込み爆発させる。
桃衣の魔女を愛した者が、愛する者の目の前で粉々になって砕け散るその瞬間こそが、彼女にとっての芸術なのだ。
彼女は、自分を愛してくれた者が爆発する瞬間だけを愛している。彼女自身はこの世の誰も愛してなんかいやしない。
だから、彼女が今愛している首だけの男は、きっともうすぐ芸術へと昇華される。
それが俺のところへ飛んで来ないとも限らない。追加で具現化した盾を常に構え続ける。
「あらあ。私の質問に答えてくれなきゃ嫌よお」
「……黙秘する」
「なあにい? もしかして気持ちよくなかったのかしら? リリベルちゃんったら、碌に男を満足させられていないのねえ」
いかんいかん。
このままでは彼女のペースに乗せられてしまう。
灰色の魔女のことだって気になるし、下で起きている戦いにも早く決着をつけてやらねばならないのだ。
「一問一答だ! 次は俺の質問に答えてくれ! なぜ、お前は紫衣の魔女に付き従う!」
「あらあ。リリベルちゃんの良い男だったら、少し分かれば考えるでしょう?」
「何がだ……?」
「だってえ、気持ち良いのだもの」
「え……?」
「いっぱい爆ぜて、いっぱい芸術が生まれるの。こんなに美しい世界で最も美しい芸術が生まれる瞬間を、この目で見ることが出来るのよお? どんな性行為よりも快感よ?」
魔女というのは己の欲求に正直で、どこまでも身勝手な存在だ。
だが、彼女たちはどんなに残虐非道な行いをしていようと、この世界が滅ぶことだけは望まない。世界が滅ばない限りで、魔女はそれぞれの欲求を満たしているのだ。
だから、唯一明確に世界を破壊しようとする黒衣の魔女を打倒すべく、魔女協会が発足されたのだ。
「快感を求めるのは構わない。だが、その行動によって世界を滅ぼすという結果に繋がりかけていることに気付かないのか!?」
「たった1度しか見ることができない、身体を燃え焦がすような最高傑作がすぐ目の前にまで来ているのよ?」
桃衣の魔女は、身体をくねらせ首だけの男の口をねぶりながら、股に手をかけて自慰を始めた。
1度しか見ることができない芸術。それが指しているのはただ1つ。世界の終焉のことだ。
彼女は、本当に狂ってしまったのだと知った。
「病に冒されたのは、紫衣の魔女だけでは無いのだな……」
「私は健康よお?」
自慰行為を止めて、胸に手を当て彼女は自らの健康を主張する。それが肉体に関わる病では無く、正気を冒される病を指しているとは知らない彼女は、そうするしかできない。
「これ以上、この世界に死を振り撒くなら、俺はお前たちを止めなければならない!」
「それって私たちを殺すっていうことだよね?」
視界の右側にいた灰色の魔女が喋った。
「お前たちが止まってくれないのなら、そうなるだろうな」
自慢ではないが、2人の魔女を同時に相手して勝つ自信は無い。
だから、この不死の肉体を存分に活用して、物理的に距離の近い灰色の魔女から倒そうと思っている。
例えこの身が焼かれようと、串刺しにされようと、皮を剥がれようと、灰色の魔女を殺すことだけに集中する。
桃衣の魔女の戦い方には、彼女自身の欲求が満たされていなければならない。彼女にとっての唯一絶対の美的感覚を、芸術として昇華しなければ、彼女自身が許せなくなるだろう。
だから桃衣の魔女は、自分を愛する者を爆破させる手段でしか攻撃をしてこない。
何を食らうのかを知っていれば、怖くはない。
鎧と盾で彼女の芸術を防げば、それでこと足りるはずだ。
だから何も知らない灰色の魔女から先に倒すべきだと思った。
『筋力強化』
肉体の強化は済ませた。
肉体が出せる限界以上の力を使って、屋根を蹴り、今、灰色の魔女の前まで到達する。
「殺すっていうことは、死ぬっていうことだよね」




