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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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色欲に溺れ芸術を愛する魔女

 撤退の合図を知らせる鐘が鳴り、オーフラ兵は一斉に退却を始めた。


 城門を出てからの兵の数と比べると、少ないのは明らかだった。


 きっとまだ生きているが、足を負傷して動くに動けなくなった者もいるだろう。

 それを助ける者は誰1人としていない。




 リリベルから教えてもらった回復魔法は、瞬時に傷を治せるような魔法では無い。

 1人を治すのに少しの間、足を止めなければならなくなる。


 仮に応急処置として、とりあえずで足で逃げられるように治したとしても、城内に逃げ込むまでの間に水衣(すいえ)の魔女の魔法が襲いかかってくる。


 逃げる途中にいた怪我を負った者を助けない理由は、そこにある。

 助けることを諦めてしまった。






 城門を丁度くぐった所で、後ろから地響きが鳴り始めた。

 日課の如く、城を飲み込まんとするような濁流が此方に向かって走って来ていた。


 いつ見ても波はゆっくり動いていると勘違いするが、実際は騎馬が全速力で走っても遥かに逃げ切ることができないような速度で来ている。




 まだ城内に戻ってきていない兵士が、城門の一点だけを見ながら走っていた。

 彼等を助けるためにできることは無く、もう手遅れだった。




 逃げ遅れた仲間は、既に閉まりかけている城門と城門の向こうに映る俺たちの姿を最期に見て、波に飲み込まれていった。

 水の中で、見捨てられたと思っている彼等は、俺たちに強い恨みを持ちながら死んでいくだろう。


 こうして新たな燃える死者(ケイオネクロ)が生まれるのだ。




 城門が完全に閉まり、城を守る防御魔法と水衣の魔女の魔法とがぶつかり合う音が頭上で聞こえた。


 耳をつんざく爆音が、いつ防御魔法が耐えきれなくなって城内に水が入ってくるか分からないという不安で一杯のオーフラ兵にどよめきを生ませた。




 ランドたちも狼狽えていたが、すぐに城壁の歩廊に向かって歩き始めた。

 目の前で死んでいった兵士たちに対して、特に言葉も無くたまに疲れからくる溜め息が漏れ出るばかりであった。




 歩廊に出ると、防御魔法に衝突して行き場を失った水が飛沫を上げて跳ね返っていく。

 ノイ・ツ・タットでリリフラメルが炎の魔法を浴びせた時のように、水は見えない壁にぶち当たり此方には一滴たりとも跳ねなかった。




 ランドもルースもヴィリーも余程疲れが溜まっているのだろう。胸壁を背にして座り込み眠る体勢に入ってしまった。

 すぐ隣で死が渦巻いているというのに、3人ともそれを無視していた。


 ランドに至っては、中隊長のもとへ行き今回の戦いの報告や次の指示を仰ぐ仕事を放棄している。

 だが、俺もルースもヴィリーも指摘するつもりは無い。


 かくいう俺もそろそろ目蓋を開け続けていることに限界が来ていた。緊張の連続で張り詰められた糸は、些細なことで緩みきってしまう。


 彼等の近くに座って少し目を閉じてみたら、俺の意思とは別に身体そのものが強制的に睡眠をとらせた。






 頭に衝撃が走って目が醒めた。


 ランドに叩き起こされたのかと思ったが、身体を起こした時に周囲にパラパラと石片が落ちたのを見て、胸壁の一部が崩れてきたのだと気付いた。


 自然に崩れてきたのだと思い込みたかったが、立ち上がって胸壁の向こう側の景色をぐるりと見回して状況を確認して、予想が外れたことを知る。


 歩廊では多くの兵士が砲弾と火薬を携えながら慌ただしく駆けていて、城外に向かって大砲で砲撃を行っていた。

 城外のすぐ目の前ではオーフラとサルザスの兵士が交戦している。ろくに訓練を受けていない砲兵は、砲身の角度の調整もせずに、オーフラ兵に当たってもお構いなしで砲撃を行っている。


 さすがに歩廊の兵士を指揮する隊長が文句を言うはずだが、指摘する声は今の所1つも上がってきていない。




 なぜ、皆が慌てふためいているのかは、城内に原因がある。


 内側では、あちこちで爆発が起きていて黒煙が立ちこめていた。ひっきりなしに爆発が起きていて、火薬庫でも襲撃されているのかと思った。




 ランドもルースもヴィリーも周囲にいる様子は無かった。




 起こしてくれないのかよ。




 もはや軍隊の体裁も無くなった俺は、ある種自由の身となった。

 だから、城内で起きている爆発の原因を知りたいという欲求を優先して、階段を降りた後は外へ行かず城内の爆発音がする方へ向かった。




 サルザス兵に侵入されたのかと思ったが、すれ違う兵士たちは皆オーフラ兵だった。

 武器を担いで爆発音がする方へ駆けていく兵士たちを見て、彼等について行けば何か分かるかもしれないと思ってひっそりと隊の一員の振りをして走ってみた。




 本城を守る2つ目の城門をくぐり、兵舎が並ぶ場所に出ると先頭の兵士が「敵だ! 構えろ! 突撃!」と大きく叫び、駆ける足を早めた。


 真後ろを走っていた俺は、前方にいる敵の姿を確認するために、その小隊の列から抜けて確認しやすい場所へ移動すると、そこにいたのはオーフラの鎧を着た兵だった。


 オーフラ兵たちが同士討ちを行なっているようにしか見えなかった。




 いや、もしかしたらオーフラ兵の姿をしたサルザス兵かもしれない。




 彼等が狭い場所で戦っているせいで、戦いの場が全く見えない。もう少し進んで戦いの場を確認しようとして、兵舎の横に入り、周囲に誰もいないことを確認してから兵舎の屋根上に辿り着ける階段を具現化する。


 それをひと息に駆け上がって、屋根上を登りきって、更に走ろうとしたら、既に誰かがいて驚いた。


 驚きの余り転んで屋根下に落ちてしまいそうになるが、わざと身体を倒して、傾いた屋根に足をかけて落ちるのを食い止めた。




 そんな目立つ行動をすれば、屋根上に立っていた者が此方を見るのは必然だろう。




 戦うには余りにも場違いな姿と身体つきをした者だ。

 だから、近接攻撃では無く遠距離攻撃に長けた存在なのだと思った。




 片手から無数の糸が垂れていて、それらは全て屋根下に垂れていた。




「目が合っているっていうことは、私のことが見えているっていうことだよね」


 その声色で女性であることが分かった。




 嫌な予感に身体中が鳥肌に包まれているから、アレは魔女だ。絶対そうだ。

 フード付きのマントを羽織っている女は、どうせ魔女だ。




「あらあ、リリベルちゃんの男じゃなあい」




 先程聞こえた声とは違う声色の女性の声が横から聞こえた。

 喧騒の中だというのに、彼女の声がはっきりと聞こえた。




 聞いたことのある声だ。


 声なのに口の中が甘ったるく感じるような感覚になる。




 灰色のマントを羽織った女を視界から外さないように、横から聞こえた声の主を視界に入れようと首をゆっくりと動かしていく。


 下にいる兵士たちの姿が映って、奥にある城壁が映って、向かい側の兵舎の屋根が映って、そしてその屋根の上に1人の女が映った。




 非常に目立つ桃色のフード付きのマントを羽織ったそいつの名は知っている。


 桃衣(とうえ)の魔女ローズセルト・アモルト。

『歪んだ円卓の魔女』の1人だ。


 この位置からでも分かる顔の美しさと、それに負けない女性的象徴とスタイルをマントの上から見せつけてきた魔女は、首だけになった男の唇に妖艶にキスをしていた。




「その言い方をするっていうことは、この男のことを知っているっていうことだよね」

「そうよお。可愛くて良い男なのよお」


 ローズセルトと会話を始めた灰色の女が魔女であることが確定してしまった。


 右目の端に映る灰色の魔女と左目の端に映る桃色の魔女に対して、他のオーフラ兵の目を気にする余裕は無くなる。




 黒鎧と黒剣を具現化して、戦いの準備を完了する。




 桃衣の魔女が紫衣(しえ)の魔女に命令されて戦争に参加する可能性はあると思ったが、まさかオーフラとサルザスの戦いに来るとは予想していなかった。


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