川と湖と海を作る魔女4
俺はオーフラにもサルザスにも思い入れは無い。
むしろリリベルのことを愛している今となっては、両国に恨みすら持っている。
昔から争い合ってきた両国が争う理由の1つに、彼女の魔力の争奪戦というものがあった。
黄衣の魔女を従える国は、長きに渡る繁栄が約束されていると言われる程だ。国々のお偉方にとって彼女は、垂涎の的だろう。
しかし、だからと言って彼女を凌辱して良い理由にはならない。
抵抗しない彼女を、魔女で不死だからという理由で暴力を振るう他の牢屋番たちの蛮行を、俺は軽蔑していた。
あの時、牢屋にいた黄衣の魔女以外の者は皆、人の皮を被った化け物だった。勿論、途中まで魔女と関わり合いたく無くて見て見ぬ振りをしていた俺も、人の皮を被った化け物の1人だ。
「おい、ヒューゴ。今は恋人のことを考えている場合じゃないぞ」
「は? 考えている訳無いだろう」
「いや、俺には分かる。今のは愛しの女に会いたくて会いたくて仕方が無い顔だったぞ」
「どんな顔だよ」
だからと言って、サルザスもオーフラも全ての人が悪だと思っている訳では無い。ああいう性根を持った奴等は、一部の者だけだと信じている。
この3人がサルザス兵に襲われたとしても、見捨てるつもりは無い。
遠くから人の叫び声が聞こえる。
自らを奮い立たせるようなただの叫びが木霊すると、今度は此方側の皆が叫び始める。
そのような状況の中で俺たち4人が叫ぶことは無い。
溜まった疲労が大声を上げることすら許してはくれない。
「しかし、彼等の行動は何1つ奇襲に向かないな。燃える死者が出現すれば、俺たちだって相応の準備をすると分かっているはずだろう」
「あの化け物を俺たちの仕業だと思っているんじゃないか? そんで、撃退した勢いでやり返そうって魂胆かもしれん」
「無くはないな」
他の奴等からすれば、随分とやる気の無い小隊だと思われるかもしれないが、これでも俺たちは全力なのだ。
予想通り、サルザス兵は騎馬に乗って向かって来ていた。
その騎馬軍団の刃が此方へ届く前に、彼等の進路に隆起した土を具現化する。
どれか騎馬が1頭でも転べば、転んだ騎馬に巻き込まれて他の騎馬も転んでいく。転んだ馬に巻き込まれないように進路を急に変更した騎馬が別の隆起した土に脚を取られていく。
これだけで、彼等の戦力は奪われていくだろう。
できるなら彼等には、自滅が多くてこれ以上は突撃できないという判断と共に退却して欲しいものだが、今回はそうはいかなかった。
夜中ということもあって、彼等自身周りの状況が見えていないのかもしれない。もしくは、雄叫びによって自らを鼓舞したおかげで、多少の自滅があろうともこの夜襲は勝利すると確信しているのかもしれない。
騎馬軍団の所々から小さな光が発せられると、それぞれの光が尾を引きながら、此方に一瞬で到達してきた。
発光と同時に攻撃は完了していて、ほとんどは地面に突撃するが捲り上げた土や小石が弾丸となって周囲の仲間を貫いていく。
城の中にいなければ、こんな無駄死には無かったと思うと見ていられない。
ランドたちはすぐに路傍の岩に身を隠そうとするが、そんなに都合の良い岩があるはずも無い。
俺はわざと光弾が近くに着弾した風を装って、近くに岩を具現化する。
「あの岩に隠れよう!」
後は彼等を誘導するだけで一先ずのことは済む。
岩に隠れた後は、他の小隊のために、同じように隠れられそうな岩を具現化する。
これで1人でも多くの命が助かれば良いと思う。
仲間の退避先を作っている間に、ここでやっと城の中から援護が入る。
100にも満たない頼りない数の火球が俺たちの頭上を越えて、向こうのサルザス兵へ飛来していく。
岩陰から頭を出して火球の行方を見守るが、間も無く火が空中で消えてしまう。
巨大な滝が火球を飲み込んでいるのだ。数等は関係無く、全ての火球が鎮火され滝に飲み込まれる。
突如、空の上から流れ出てきた滝は水源を見せないまま、常に下へ流れ落ちてくる。
サルザス兵は滝を越え更に接近してくる。彼等には滝の水の勢いは効いていないように見えた。味方には水の魔法の影響を直接受けないようにする何かがあるのかもしれない。
その後は、馬鹿の一つ覚えのように火球が飛来していった。
何の牽制にもならない火球は無常にも都度都度発生する滝に防御されていく。
直接の武力衝突でしか戦うことを許されないランドたちは、しばらくその様子を見ていることしかできなかった。
その間にもサルザス兵が退却するようにあらゆる小細工を具現化してみた。
騎馬の目の前に岩を具現化して、ぶち当たった者が落馬するようにしたり、足元に泥をまいて滑らせてみたりとあれこれと試してみた。
しかし、結局サルザス兵が突撃を止めることは無く、遂には最前線のオーフラ兵たちにまで到達した。
サルザス兵を守っていた滝は形を変え、横に流れる濁流へと変化する。
最前列にいる騎馬たちは、まるで波に乗って来ているかのような姿で壮観であるとさえ思えた。
「濁流が来るぞ! 岩に掴まれ!」
ランドの言う通り、この濁流だけはどうしようも無い。何かに掴まるか流れに身を任せるかして、後は命が残ることを祈るしか無いのだ。
しかし、最初の濁流さえ生き残れば、後は何とかなる。
水衣の魔女は、その魔法を攻撃として使う場合は、大抵の場合味方のことを気にしなければならない。
素晴らしい攻撃範囲ではあるが、敵味方が交戦している所では味方に対しても甚大な被害を与えるため、使い物にならない。
例え、サルザス兵たちが水の魔法の効果を軽減されていたとしても、ほんの少しでも水の流れに足を止められて動き辛くなってしまう。更にいつまでも水が流れ続けていれば、視界は悪くなる。
だから、水衣の魔女は決まってサルザス兵とオーフラ兵が直接交戦している場所には魔法を放たない。
俺たちがわざわざ城を出てサルザス兵と直接交戦を行う理由がここにある。
具現化した岩に必死にしがみついて、濁流が収まるのを待ち続けた。
騎馬がやって来るだろうが、彼等は視界に入る者たちしか攻撃しない。わざわざ突進から一気に方向転換して岩陰に隠れている者を探せる程、融通の効く乗り物には乗っていないし、恐らくそのような戦い方はしていない。
ランドやルースが男らしい雄叫びを上げて水流に耐えようとしているが、それは悪手だ。
口を開けていれば、あっという間に水が流れ込んで来る。
例えすぐに水が引くと分かっていても、身体の中に大量の水が流れ込めば、誰だってパニックを起こす。
俺は最初に同じ手を食らって、パニックを起こした。
だが、彼等は口の中に何が入ろうと構わず声を上げていた。
気合いだけで乗り切ろうとしているその姿に、俺は尊敬せざるを得ない。
ちなみにヴィリーは、ルースとランドの背中を掴んで水の流れに身を任せていた。何という横着か。
2人が怒らないのは、水流だけに気が向いて、ヴィリーに文句を言う暇が無いからだろう。




