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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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川と湖と海を作る魔女3

 仮にも一国の兵士であるのに、それぞれの装いは統一されてはいないことからも、オーフラという国が逼迫(ひっぱく)した状況であることは違い無い。




 城門が開くと俺たちを含めた兵士たちが一斉に外へ駆け込む。

 城外での仕事を与えられた兵が全員外に出ると、門は心無く閉められる。ただの思い過ごしだと思うが、扉が閉まるその早さを見て、俺たちは捨て駒なのでは無いのかと思えてしまった。




 兵士たちがそれぞれの持ち場に向かうために一斉に散り始める様子を見ながら、俺たちも所定の持ち場に到着する。

 幸いなことに水衣(すいえ)の魔女の対処に乗じて、サルザス兵が向こうから顔を出してくるような気配は無かった。


 そもそも、あるはずの無い川が向こう側にできてしまっているのに、どうやってサルザス兵がやって来れるというのか。


「こんなことを毎日繰り返ししていて、俺たちはいつ休めるってんだ」


 ランドは全身を鎧で固めているが兜が無いのに対して、ルースは兜以外は心許ない服装だ。

 ヴィリーに至っては、農作業の途中でそのまま来たのでは無いかと思えるような着の身着のままの服装で、場違いすぎる。


 そんな彼等に合わせるように、俺はいつもの防具を具現化することはしていない。兜を被らないお陰で、戦いの場に出ているにしては珍しく、視界は良好だ。




「川の水が引き始めたら、奴等がやって来ないとも限らない。っていうか、何回かそんな攻撃を実際にやられただろ」


 こうして気軽に会話していられるのも、各小隊をまとめ上げる長の数が足りていないからだ。




「……匂いがする」


 久し振りにヴィリーが喋った。

 すんすんと嗅ぐ動作をした後、彼はそのようなことを呟いた。


 彼は鼻が効くようで、これまで何度もサルザス兵が近付いて来た時にはその言葉を伝えて襲来を教えてくれる。とは言っても、大体は昼間の話だから目で見て分かる話なのだが、夜は重宝される。


「ヴィリーは犬みてえだな」

「……リィ」

「おん?」

「……ヴィリーじゃなくてヴィルリィだから」

「いや、何度も言うが違いが余り分からないのだが……」


 俺も分からない。

 ヴィリー曰く、俺たちが発する彼の名前は、正しい呼び方では無いらしい。

 本来は舌を巻きながらヴィとリの間を発音するらしいのだが、俺にはどう考えてもヴィリーとしか聞こえないのだ。


 この名前に関する問答ではヴィリーがすぐ不機嫌になるので、俺たちは彼を宥めるのに忙しくなる。


「生まれた土地が違えば、言葉の発し方も僅かに違うさ。この時ばかりは許してくれないか、ヴィリー」

「……分かったよ」


 決して俺たちは彼のことを馬鹿にしている訳では無い。真面目に彼の名前を発音しているつもりなのだが、彼の耳からするとそれは適正では無いようだ。


 ヴィリーもそれは何となく分かっているから、大喧嘩に発展することは無い。

 ただ、機会があればこうして、俺たちの発音を矯正しようと試す節がある。


 だから、俺たち全員がヴィリーヴィリーと呟く様子を見て、他の隊からは俺たちをヴィリー小隊と呼んで識別している。彼は隊長では無いからややこしくなる。




「それよりも、ヴィリーの鼻は確かだぞ。他の奴等に知らせた方が良いんじゃねえか」

「目視で確認できるまでは駄目だ。敵が見えてもいないのに敵襲を知らせたら、余計な誤解を生みかねない」


 ヴィリーの鼻が良いという理由で異変を知らせれば、ヴィリーにとって良い結果をもたらすことは無いとランドは考えているのだろう。


 だが、それは建前だ。


 ランドはヴィリーの危機察知能力を高く評価して重宝している。

 ヴィリーは本来なら斥候向きの能力だから、偵察部隊に連れて行かれることを敬遠したくて、敢えて事前に他の部隊に伝えないのだ。


 戦いにおいて報告の遅れは、死に直結するというのに、随分と余裕な対応の仕方だと思うが、彼にとってはその方が生存確率が高いと考えているのだろう。




 足元に小さな望遠鏡が落ちていたという(てい)で、それを具現化して川の辺りを覗く。


 とっくに燃える死者(ケイオネクロ)は、どこかへ流されていて、再び野原と川に暗闇が覆っている。




 燃える死者が出現してから夜の5分の1は経過しているだろう。

 時間的には、騎兵であればあの川辺りまでサルザス兵が来ているはずだ。


 徐々に川が川では無くなり始めて、水位が下がっていくとその向こう側で、僅かに蠢く影があった。

 草むらから頭を出さないように慎重に進むサルザス兵たちで間違い無い。


「ランド、川の向こうで何かが動いている」


 ランドに望遠鏡を手渡して、彼に向こう側の景色を見てもらう。彼はすぐに動く影を認識して、黙って見始めた。

 確実にサルザス兵であることを確認するために、彼等が草むらから顔を出すのを待っている。




「そういえば、あの燃えている奴等。燃える死者(ケイオネクロ)って言ったか? 何度も何度も現れているが、その度に魔女が水に流しているよな。流した先で軍隊みたいになってないだろうな」

「流れた先にいる誰かが対処してくれることを祈るしか無い。さもなければ、オーフラかサルザスのどちらかが滅ぶだろう」

「あっちに行ってくれねえかなあ」


 ルースと世間話をしていると、ランドが「おっ」と声を上げて浮き足立ち始めた。

 そして、この呑気な空気を変える一言を叫ぶ。


「敵襲だ!!!」


 ランドの叫びに呼応して周囲にいる小隊も「敵襲だあ!!」と合唱し始めて、異変を全体に知らせていった。


 すると後ろから一瞬の閃光が(ほとばし)り、間も無くその光に反応するかのように鐘の音がなり始める。

 燃える死者の出現時に鳴った音とは違った鳴らし方だ。これで城にいる者たちにも敵襲の知らせが伝わった。




 ランドが望遠鏡を投げ捨て、長い槍を持ち上げるとルースも彼に合わせる。

 俺とヴィリーは剣を持ち、ランドとルースの後ろで待機する。

 遠距離による攻撃ができる武器を俺たちは持ち合わせていない。そもそも1度も支給されたこと等無い。


 サルザス兵が弓矢や魔法を放ってきたとしても、俺たちはただそれをひたすらに耐え続けるだけ、直接迫ってくる奴等が現れた時初めて戦う。

 サルザス兵が到達してくるまでの間に死ねば晴れて犬死にという、何とも無駄のある陣形だ。


 だから兵士が足りなくなるのだと心の中で文句を言う。


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