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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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川と湖と海を作る魔女2

 周囲が慌ただしく声を上げ始めているが、ランドは特に指示を出してはこなかった。


「俺たちの出る幕じゃあないな」

「しかし、対魔部隊なんか残っているのか? 皆、魔女にやられちまったろ」

「さすがに防衛用の奴等が残ってるだろう。知らんけれど」


 ランドとルースは出自は違えど、年齢が近いからこその仲の良さがある。

 対してヴィリーは俺と年齢が近いが、ここまで余り碌に会話をしてきておらず、若干寂しいものはある。そもそも彼は基本が無口なのである。彼は今、静かに燃える死者(ケイオネクロ)の光の動きを見守っていた。


 ランドたちが言っている対魔部隊とは、魔力による攻撃を軽減する装備を身に付けた部隊のことを指し、魔物や魔法使い等、魔力を扱うものと対峙する時に出動する部隊である。

 彼等はほとんどは魔法使いでは無いが、身体能力強化に関する魔法や簡単な遠距離魔法等を扱えるようなので、決して魔法に関して素人ということでも無い。


 当然、絶対数は少ないから俺たちと違って、数合わせの捨て駒扱いにされることも無いだろう。




 エルフたちとの戦いのために大半は北に回されているが、この城にも対魔部隊は少なからずいた。


 恐らくほどんどは殺された。

 何せ彼女と戦った者たちは、身体を残すことさえできずに消えていったからだ。




 水衣(すいえ)の魔女、カルメ・イシュタイン。

 歪んだ円卓の魔女の1人であり、水に関する魔法を得意とする魔女だ。


 火の精霊(サラマンダー)とエルフの間に生まれた女である。エルフと精霊という魔力と密接な種族の間に生まれれば、秀でた魔法使いとしての活躍が期待されるはずだったが、彼女が偉大な魔法使いとして名を刻むことは無かった。


 彼女の親は、彼女を拒絶したのだ。

 拒絶された細かな理由までは分からないが、とにかくその拒絶によって彼女は心根を歪ませることになった。

 持って生まれた炎を操る技法を憎み、自らの肌の色の薄さと長い耳の見た目を嫌悪し、エルフと火の精霊に対して憎しみを持つようになる。

 だから、彼女は砂衣(さえ)の魔女、オッカー・アウローラとは仲が悪い。


 結果として彼女は、その2種族に対して憎しみを爆発させて、数多くの命を奪うことになった。

 当然、誰かを殺せば、その誰かの近しい者から恨まれることになる。彼女は、エルフか火の精霊かはたまた両方からか、呪いをかけられた。


 今の彼女は、エルフの親から貰った見た目は失われており、醜い顔へと変貌し、火の精霊から受け継いだ炎を操る術は無くなり、常に渇きを訴えている。


 醜い顔は常に痛み、渇きは寝ていようが起きようが問答無用で襲ってきている。

 故に彼女は水を求めて、水の魔法を会得した。


 水衣の魔女はエルフと火の精霊の間に生まれただけあって、魔力を操る素の力は強力である。


 災害のような水を生み出せる程の力があるため、魔女の中でも1、2を争う程この世界の地図を塗り替え続けた魔女とも評されている。


 ここまでがリリベルが教えてくれた、水衣の魔女の情報だ。




 そのような危険人物がなぜ魔女協会に席を置き、歪んだ円卓の魔女の1人という高待遇を受けているのかというと、紫衣(しえ)の魔女の鶴のひと声があったからだ。


 彼女はエルフと火の精霊を根絶やしにしたい程、憎んでいる。

 だから、戦争の相手にその2種族が含まれていれば、彼女は喜んで紫衣の魔女が起こす「戦争」に参加する。




 彼女がサルザスの戦いの駒としてオーフラを相手取って戦う先の狙いは、リリフラメルだ。


 火の精霊と人間の間に生まれた彼女を、この世から確実に消し去ろうと水衣の魔女は動いている。


 誰の差し金かは分かり切っている。

 紫衣の魔女だ。


 そして、その理由も分かり切っている。


 紫衣の魔女は、既にかつての様相を失っているのだ。

 黒衣(こくえ)の魔女が振り撒いた()に冒された老婆は、世界を破滅へと向かわせる最悪の存在へと変わってしまった。




 魔女協会から逃れたはずの俺たちが、再びワムルワ大陸までやって来た理由は、紫衣の魔女の「戦争」を止めるためなのだ。




「見ろ、あっちはヤバいぞ」


 ルースの指差す方向から、濁流が現れた。

 それと同時に、胸壁にいた全員が大声で騒ぎ始めて、武器を取り持ち場につき始めた。


 燃える死者と違って、あの濁流を無視する訳にはいかないのが、この城の方針だ。




 遠くに見えるものの動きはゆっくり動いているように見えるはずだが、あの水の流れは一瞬で燃える死者の炎を消していった。

 燃える死者が水如きで死ぬことは無いが、この戦争の場に邪魔な存在として遠くにやるには十分だ。




 水衣の魔女がわざわざ燃える死者に対処したのは、恐らく彼女が火を嫌っているからかもしれない。

 渇きがより強くなることを避けているのか、火の精霊に恨みがあって火に過敏に反応しているかは分からない。


 しかし、ここしばらくの戦いを観察してきて、彼女が執拗に水の魔法を使って来た時は、決まって誰かが火に関する何かを彼女の前に晒した時だった。




 ランド、ルース、ヴィリーと共に胸壁から城下へ繋がる階段を降りて行き、戦いの準備をする。

 水衣の魔女の魔法に乗じて、サルザス兵が夜襲を仕掛けて来ないとも限らない。俺たちは城壁の外でもしもの敵襲を迎え撃つために動いている。




 仲間に不死であることを隠しながら、俺は暗い死体が転がる野原へ繰り出た。


次回は7月22日更新予定です。

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