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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
373/723

勝つな5

 この場に誰もいないと思って油断していた。

 恥ずかしい場面を見られてしまった。顔が熱くて爆発しそうだし、横にいるリリベルは耳が真っ赤だ。


 トゥットは俺たちがやった光景を今までに腐る程見てきたのだろうか。つまらないものを見るような目で此方を見ていた。


 2人して居心地悪くしていると、トゥットの方から話を切り出してきた。




「逢引きでないなら2人して何をしておる」

「それはこっちの台詞だ。もしかしてまた散歩とでも言うつもりでは無いだろうな」

「やれやれ。質問に質問で返すでないわい。儂は散歩じゃ」


 嘘だ。

 賢者の石を作った老人と同じ場所で再び会う訳が無い。ここが彼の家だというのなら話は別だが、どう考えたってこの異臭立ち込める場所が家になるものか。


 子どもが聞いたって疑う言葉だ。


 だが、彼の散歩について、これ以上追及する気にはならなかった。余りにも分かりやすい嘘をつくということは、もとより本当のことを答える気がさらさら無いのだろう。




 結局、トゥットの質問に答えることになった。

 隠す必要も無かったから、正直に黒衣(こくえ)の魔女のことと奴が残した残骸の調査について伝えると、彼は(いぶか)しげな顔をした。ついでに痰を吐いた。


「あのば(ばばあ)が死んだ? 信じられんのう」

「それでも、目の前にいたはずの奴は家と共に(ちり)へと消えていったさ」

「神でさえ殺せなかった存在を、地獄の王如きで殺せるものか」


 地獄の王如きと評するトゥットは一体どれ程の猛者と戦ってきたのだろうか。1つの世界を統べている王で足りないと言われてしまったら、奴と対抗できる者は限られてしまう。


「断言しよう。彼奴(きゃつ)はまだ生きておる」


 そんな訳は無い。

 リリベルも何か言ってやれと彼女を急かしてみたが無視される。何と座ったまま気絶していた。

 きっとトゥットが幽霊に見えたのだろう。彼女の心に大打撃を負わせるには十分な理由だ。


 リリベルを寄せて、腕で彼女の頭を支えながら揺すって起こしてみる。

 その間にもトゥットは話を続けていた。




「お主らは彼奴に認められたのじゃろう。いや、お主かもしれんな」

「何を言って……」

「出会った時から、お主には光るものがあると思っていたのじゃ」


 絶対に思ってもいないことを言っている。


「それなら、黒衣の魔女は敢えて死んだ振りをしたということか? わざわざそんな回りくどいことを行う目的が分からない……」

「世界の滅亡をより加速させるための策じゃろう。お主、他人から優しいと言われたことは無いかのう?」


 彼の言葉の前と後との関連性が想像できなくて、頭が酷く混乱する。世界滅亡と俺の優しさがどう関係するというのか。

 だが、興味はあった。


 リリベルは過去に俺を気狂いの優しさを持つ人間と評したことがある。

 だから俺は多分、他者に優しい人間なのだろう。


「分かったぞ。分かってきたぞ」

「もう少し常人に分かりやすく話してくれないか、賢者」


 彼は「賢者」という言葉に反応したのか、一気に気を良くした。

 そうかそうかと、どこか落ち着かない様子になりつつも、声色はどこか嬉しそうに感じ取ることができた。




「黒衣の魔女が消えて喜ぶのは誰か考えてみい」

「誰って……直接的にも間接的にも全世界の生命が喜ぶと思うが」

「そうじゃ。彼奴の存在はある意味で牽制になっていたのじゃ。世界中の誰もが彼奴の動向を注視し、存在を恐れていた」


「ある者は彼奴に対抗するために徒党を組み、ある者は彼奴の試練に打ち勝つことができるように力を蓄えた」


 確かに世界中の誰もが黒衣の魔女を恐れていた。

 人々が魔女という存在そのものを無意識に恐怖してしまう発端になった者は、他の誰でもなく黒衣の魔女なのだ。


 奴はそれ程世界に影響を与えた存在なのだ。


「誰もが恐れる、ある意味でこの世の頂点に立つ者が突然消えてみい」


「恐れる必要が無くなった者等が次に何をするか考えもつくじゃろう」


 俺が知る限りで黒衣の魔女がいなくなることで、最も環境が変わるであろうものは、魔女協会だ。

 黒衣の魔女に対抗するために作られた集まりである魔女協会は、今回の出来事でその目的を失うことになる。


 辛うじて持っていたであろう黒衣の魔女に対する関心が必要無くなれば、魔女たちは晴れて自分たちの欲望を満たすためだけに力を使い始めるだろう。


 そう考えた時に、きっと魔女だけでは無く他のあらゆる種族も何らかの変化が起こるのだと予測した。


「彼奴がいたことで起きていなかったことが起こり始めるようになるじゃろう。例えば、そうさな。身近な所で言えば戦争かのう」

「戦いで命が失われれば、黒衣の魔女にとっては万々歳ということか」

「恐怖の根源となった存在が消えれば、時を経ていく程に、あらゆる種族の血脈に刻まれた恐怖も失われていくじゃろう」


 黒衣の魔女に関する伝承はいくつも残っている。

 大袈裟かもしれないが、御伽噺の教訓として勝手に印象づけられた、驕る者は魔女に懲らしめられるとか、悪事を働く者は魔女に攫われるといった他愛の無い教訓も、誰も信じなくなるかもしれない。




「そのような混沌に包まれた世で最も割を食うのは、弱き者たちじゃ」


「お主は弱き立場の者たちが何もできずに虐げられていく様を見た時に、黙っていられる人間かのう?」




 トゥットの言葉を考えて想像してみた。

 多分俺は、虐げられている者たちを見ないように避けるだろう。今の俺はリリベルを守ることで精一杯なのだ。


 だが、それは「なるべく」の話だ。

 きっと、結局どこかで見捨てられなくなる時が来るだろう。理不尽な暴力を受ける者たちが、助けを求めてきたら断ることはできないだろう。


「お主が弱き者の側に立てば、強き者たちとの戦いになるじゃろう」


 彼はあくまで例えの1つを挙げているに過ぎない。 


 だが、その例え1つでも多くの命が失われるには十分な話だ。


「黒衣の魔女は、お主が誰かを守るために、大勢の誰かの命を奪うことを望んでいるのじゃ」


「彼奴の目論見を崩したいのなら、戦いには勝ってはならぬ」


 黒衣の魔女を良く知ると自称するトゥットの言葉は、どうしても疑い辛かった。




 何せ、既に紫衣(しえ)の魔女との戦争に発展しかけている状況を前にして、彼の言葉に疑いを向ける方が無理なのだ。


 賢者の予想は、マルムの予知も相まって、いよいよ現実と噛み合い始めつつある。


 当たって欲しく無い良く当たる俺の嫌な予感は、今も胸に留まり続けている。




「もしかして私、気絶していたのかな……?」


 腕の中にいたリリベルがやっと目を覚ました。


「は、恥ずかしい……格好悪い」


 手で顔を覆って、俺の胸の中に潜り込もうとする彼女の何と愛くるしいことか。


「可愛さで格好悪さは相殺できているから安心してくれ」

「……君は変態だね」

「なぜだ……」


 この馬鹿みたいなやり取りができただけでも良かった。今だけは冗談を言い合って、気を紛らわせたかった。


 彼女が頬を膨らませる姿を見るだけで、楽観的な気分になる。今はそれで良いのだ。




「ま、安心せい。気が向けば儂も力を貸してやろう」


 俺とリリベルのやり取りを無視して発してきたトゥットの言葉は、リリベルと違って全く楽観的にはならなかった。

 我ながら嫌な奴だと思う。

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