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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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勝つな4

 更に3週間が経過した。


 町中に広がっていた肉塊は今や無くなり、残る患者は屋敷に全て収められる程の数しかいない。

 紫衣(しえ)の魔女にかけられた呪いは当然今も効力を存分に発揮していて、町人の笑顔が絶えることは無い。


 衛兵も町の異常事態が解消されたことで、持ち場に戻り始めてくれた。おかげで俺は屋敷の庭で見張りをしていた役割から御役御免となった。




 今日、やっと自由になった身で初めにしたことは、再び地下の坑道に行くことであった。


「ヒューゴ君の言う通りだよ。ここが病の源になっているみたいだね」

「やっぱりか。元に戻せるか?」

「勿論」


 初めて賢者トゥットが作った階段を降りた先にある、中央に窪みがある巨大な空間にリリベルと共にやって来た。


 天井から流れ落ちてくる汚水の臭いに、すぐに鼻が使い物にならなくなる感覚を懐かしく感じた。

 リリベルが汚水が溜まっている窪みへ躊躇無く降りて行こうとしたので、すぐに彼女の腰を掴んで引き寄せる。その時、彼女が大袈裟に喘いだので、変な声を出すなと頭を強めに撫で回した。


 ここから魔法でどうにかすると予想していたから、まさか直接汚水に入ろうとするとは思ってもいなかった。




「汚水に(まみ)れて、病にでも罹ったらどうするつもりだ」

「ああ、そうだったね」


 汚水を別の位置に流し込めるように岩を具現化して水路を作り、流れる方向を変える。汚水が(あふ)れて別の場所に流れていかないように、水路の中部分だけ窪ませてある。


 すると天井から落ちていた汚水は水路に誘導されて、全く関係の無い坑道へ流れ落ちていかせることに成功した。


 次に汚水吸収用に用意された空の魔力石を、先程まで汚水が流れていた窪みの中に大量に投げ込むと、即座に魔力石が汚水を吸収し始めた。

 溜まっていた水が一気に干上がる様を見て、さすがリリベルが作った魔力石だと関心する。


「これで大丈夫だろう」


 リリベルを背負って、ゆっくりと窪みの下に降りて行く。

 足を踏み外して転んで彼女を怪我させることだけはしないようにと、目をかっ開いて暗闇の足元を見ていると彼女が手を貸してくれた。


彩雷(さいらい)


 彼女の魔法で暗闇が払われていった。この空間の壁や天井や足元に、稲妻が絶えず走り続けて明かりを保ち続けた。

 非常に細かく小さな雷光は、多少の雷音を伴うが、耐えられない音では無い。




 窪みの下は大量の魔力石が集まっていた。

 そこは、汚水を吸収し切って役目が終わった魔力石たちの墓場のようなものであった。


「この中のどこかに病を放つ魔法を込めた魔力石があるみたい」

「この石の中を探すのか……」

「ふふん、大丈夫だよ。大体の位置は分かるから」


 背から降りて両手を腰に当てて胸を張り鼻を鳴らすリリベルは、すっかりいつも通りの様子だ。






 彼女に黒衣(こくえ)の魔女の魔力を最も感じる位置を教えて貰い、その下の石を探していた。


 顔に巻かれていた包帯は今は無く、可愛らしい横顔が見えている。

 雷光に照らされた彼女の金色の髪と瞳は相変わらず綺麗だ。




 不意に、彼女にもう1度質問してみようと思った。

 なぜ包帯をしていたのか、なぜ俺を避けていたのか。この町に来たばかりの時の彼女の普段では行わない行動の理由を知りたかった。


 今まで聞かないでおこうと思っていたが、こうして彼女と2人きりになる場面が出てどうしても我慢ができなくなった。

 彼女から出た拒絶の言葉の意味を知りたかった。


 何と言ったって、何度も夢で彼女が俺を拒絶した時の出来事を見る羽目になっているのだ。

 もしかしたら俺の行動が原因で出た言葉かもしれない。1度でも考えてしまうと、やはり気になってしまうのだ。


 彼女に伝えてみると、彼女は再び歯切れが悪そうに「えー」とか「あー」とか言い出した。




 やはり教えては貰えないのだと諦めかけたが、彼女はぶつぶつと独り言を呟いた後に、意を決したように「よし!」と言ってから俺に顔を向けて話してくれた。


「本当は恥ずかしくて言いたく無かったのだけれど、まさか悪夢となって君を苦しめているとは思わなかったよ」


「えーっとね。額にでき物ができちゃってね? 恥ずかしくて、顔を見られたく無かったのだよ」

「は……あ」

「今はもう綺麗に治ったから安心してくれて良いよ」

「お……う」




 言葉は出ずに間の抜けた音しか出せなかった。

 彼女の言葉を良く噛んで飲み込んでみるが、頭の中で整理するのにしばらくの時間を要した。


 リリベルは恥ずかしそうに、何度も手で前髪を流していた。恐らくその前髪の下に彼女の言うでき物があったのだろう。




 でき物と言うとこぶのようなものを表しているのかと思った。

 彼女にもう少し詳しく聞いてみたら、豆粒程の大きさにも満たない小さな吹き出物ができていたということが分かった。


 彼女が俺を拒絶した理由は、普通に生活していれば誰しもが1度はできる吹き出物を見せたく無かったからなのだ。




 だから、俺は心の中で叫んだ。心の中で喉が枯れるまで叫んだ。




 だが、リリベルの表情を見て、彼女が冗談で言っている訳では無いことは分かっていた。

 とても不安そうなその表情は、本気で吹き出物を俺に見せたく無かったのだと窺えた。


「そんなことで避け続けていたのか」とは言ってはいけいないのだろう。多分、喧嘩になる。


「魔女として格好が付かないことを気にしての行動ということか」

「違うよ。いや、それも理由になるから違わないかもしれないけれど……それよりも心配だったことは、君が私の醜い姿を見て私のことを嫌ってしまわないか心配だったからだよ」


 リリベルのその言葉は俺の胸を貫いた。


 胸が締めつけられるように痛かった。


 ただただ、可愛らしいと思った。


「ああ。こんなことを打ち明けること自体、恥ずかしいと言うのに……」

「すまない。だが、打ち明けてくれてありがとう。すっきりした」

「この埋め合わせはしてもらうよ」




 どのような埋め合わせを行えば良いのかと聞きながら、魔力石を掘り返す作業を再開しようとしたら、彼女の手がそれを止めた。

 彼女の近くに顔を引き寄せられて、彼女の口と触れ合った。


 口づけが終わってから彼女の顔を見ると、彼女は口の端を緩めながらも眉をひそめていた。それは「まさかこれで埋め合わせが終わったとは思っていないよね」とでも言いそうな顔であった。


 無言で頷いてみると、彼女はその頷きに呼応するように笑みを浮かべた。それを見て、つられるように俺も思わず笑みが出てしまった。


「何じゃ、逢引きならもっと場所を選ばんかのう」

「ぎゃああ!?」

「うわあ!?」


 雷光で照らされて強調されたこけた頬が、骸骨にも幽霊にも見えて俺とリリベルは悲鳴を上げてしまう。


 トゥットがいた。


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