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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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勝つな3

 オルラヤたちの休憩時間が終わって、2人は再びの屋敷の中へと戻って行った。戻ってからはリリベルと紫衣の魔女のことについても話し合うだろう。


 この町の人々を守るために町を放棄して別の場所へ逃げるか、それとも相手を迎えうつかはリリベルの判断を待つしか無い。

 彼女の考え方に立てば、きっと町の者に愛着なんか無いから滅亡しようが知ったことでは無いと言うだろう。




「ラルルカはここにいていいのか?」


 真後ろに彼女がいた。彼女からの殺気を乗せた視線をずっと感じ続けていて居心地は悪いが、オルラヤと約束したことを彼女は律義に守っている。


「どういう意味よ。邪魔だからどっか行けって言ってるの?」

「いや、そんなことは無い。ただ、憎いはずの俺の近くにいたら、気分が悪くて仕方が無いだろう? なぜ、そこに立っているのか疑問に思っただけだ」


 万が一に屋敷に悪意を持って入って来る者がいないかを見張るために、俺は庭に立ち外の様子を注視している。

 外の空気を吸っていたいのなら、屋敷の裏側で同じく見張っているリリフラメルのもとへ行った方が気分は幾らかマシなはずだ。


 だから、彼女にとって憎くて仕方無い奴の近くにわざわざ居続けていることが、単純に疑問になったのだ。


 疑問を口にした後、彼女は馬鹿みたいに大きな舌打ちをした。


「町を出たらアンタたちをどうやって殺してやろうか考えていたのよ! で、アンタが1番殺しやすそうだから、観察していたって訳!」




 体調は随分と良くなったらしい。

 久し振りに耳にキンキンと響く黄色い声が張り上げられた。




「はは、その予想は正しいな。俺は皆の中で1番弱いからな」




 この町にいる限りは、彼女はオルラヤと交わした約束を守り続ける。俺やリリベルと争うことはしないだろう。

 安心して外側の様子を見ていられる。




 しばらく沈黙の間があってから、今度はラルルカの方から言葉が投げかけられた。


「ねえ」


 彼女の方から声をかけられるとは思ってもみなかったから、声がした瞬間、肩が跳ね上がってしまう。




「アンタは何でこの町の人たちを助けようと思ったの?」


夜衣(よるえ)の魔女を殺して、この町は殺さなかったその違いは何なのよ?」




 今まで彼女に夜衣の魔女を殺すに至った経緯を説明したことは無かった。

 そして、それは馬鹿正直に伝えて納得されるものでは無いとも思っていた。俺とリリベルの正当防衛は、ラルルカの視点から見れば身勝手な行いでしかない。


 いや、ただの言い訳か。




 納得するしないに関係無く、俺が遭遇した真実を彼女に伝えるべきなのかもしれない。

 こうして再び出会い、しかも彼女の方から真実を求めて歩み寄ってきているのだ。殺したくても殺せない憎き相手を前にして、彼女はまだ言葉を交わす選択肢を残してくれている。




「彼女の騎士になるまでは、平穏無事な人生を生きていければ良いと思っていた」


「騎士になった時だって、騎士の『き』の字も知らなかったし、形だけの存在だった。ただ、彼女が相応の金をくれると言ったから、何となくで騎士になっただけなんだ」


 今は違う。

 名ばかりの騎士では無く、誰しもが思う主人を常に思い続ける(しもべ)としての関係性をなるべく築こうと思ってきた。彼女は、己の人生を捧げても良いと思える主人なのだ。

 彼女への恋心がその主従関係を多少歪にしていることは認めるが、概ねは主人と騎士の関係である。


「彼女が魔女として生きていくなら、幸せな魔女生を送って欲しいと思った」


「だから彼女自身が苦しいと言葉にしなくても、この主観で彼女が苦しむことになるだろうと思う全ての出来事から、彼女を守ろうとした」




 夜衣の魔女の殺害は、彼女が大切にしていた『黄衣(おうえ)』という地位を脅かしたからこその結果だ。


 許せなかった。

 勿論、地位に目が眩んだ夜衣の魔女が、無作為に罪の無い大勢の者の命を奪ったことも許せなかった。


 だが、俺が夜衣の魔女に対して、最も怒りを持った理由は、結局はリリベルのことなのだ。


 リリベルと彼女の師であるダリアとの大切な思い出を(けが)した夜衣の魔女を許せなかった。




「リリベルを辛い目に遭わせた夜衣の魔女を許せなかった。ラルルカからしてみれば、ただの逆恨みとしか感じられないだろう」


「弱い者の(ひが)みだろう。利己的な考え方だろう」


「俺が存在していなければ、彼女はきっとあの時の地位を失わずに済んだ。夜衣の魔女との(いさか)いも起きなかったし、殺すことも無かった」


 夜衣の魔女と同じくらい許せない存在は、自分自身だ。

 最悪の自己弁論を行っていることは、分かっている。絶対にラルルカが悲しみ怒ることは分かっている。


 振り向いてラルルカの顔を見て、兜を取り彼女と相対して、酷い言い訳を続けた。


「力不足の俺が全て悪い。悪いのだ」


「だが、それでも……俺は夜衣の魔女を殺してしまう程、許せなかった」


「今の俺は、彼女にとって死んではならない存在で、今の俺は、彼女と共にあることを望んでいるから死にたくない」


「ラルルカの怒りは受け止める。お前の考え得る復讐は全て受けるつもりだ」


「だが俺は、俺自身もリリベルもこの先を平穏に生きていけるように抵抗し続ける」


 慎重に言葉を選びつつ本心をぶちまけてみると、ラルルカは即答した。


「じゃあ、さっさと私を殺せば? 少しは平穏に生きていけるわよ」

「先程の、この町の人々を助ける理由に繋がるのだが、俺は誰にも死んで欲しく無い」


 ラルルカの眉間に更に皺が寄った。それでも止まらずに話を続けた。


「誰にも不幸せになって欲しく無い。平穏に生きられたはずの生活が、別の誰かに奪われていくことが許せない。だから助けたい。俺にとって死ぬということは、他の何にも代えられない程に辛いことだからだ」

「アンタ自身がアタシの平穏を奪っている癖に、そんなことを言う資格があるのかしら?」

「無い。だが、それでも俺は、誰にも死んで欲しく無いという独りよがりな願いと、1人の大切な魔女の幸せを両立させるために、できる限りのことを尽くしたい」




 誰も死なずに済むように俺ができる限りのことを尽くして、それでもどうしようも無かった時に争いという結果になった時に、命を奪うという選択肢を取る。


 リリベルには、その壮大な望みを叶えたいなら強くなれと何度も言われている。強くないなら、殺すことを躊躇するなとも言われている。


 弱い今の俺は、ほとんど命を奪う行動に出ることしかできない。

 そんな弱い俺を、俺は今も尚許せない。




 短絡的な復讐の果てに夜衣の魔女を殺しながら、本当は命を奪いたく無かったと言う男を、ラルルカが許すはずが無いことは分かっている。


 もし、俺がラルルカの立場であったら、オルラヤとの約束事なんか忘れてすぐに俺を殺しにかかると思う。

 弱い癖に言い訳だけは一丁前で、しかも身勝手な考え方をしているときたら、怒らないはずが無い。


「今の話を聞けて良かったわ。この町の人たちを助けるアンタたちを見てアタシが間違っているのかと思ったけれど、やっぱりアンタたちは殺して良い奴等みたいね」


 ラルルカが見せた笑顔はくたびれ切っていた。俺の言葉が傷を与え続けていることは確かだ。




 彼女は納得して振り返り屋敷の方へ歩いて行った。


「でも!」


 言うべきことは言ったつもりだ。

 彼女の復讐の火は未だ消えていないが、それで良い。本当は良くないが、今はそれで良いのだ。


 だが、彼女は言い残したことがあったみたいで、途中で歩みを止めて彼女の今の心を伝えた。


「アンタの考え方は否定しないわ」


「だから、アタシの復讐が実を結ぶ前に、アンタの理想を実現させてみれば?」


「そうしたら、復讐は諦めるかもしれないわね。ま、許しはしないけれど」




 ラルルカは俺に発破をかけた。

 彼女が絶対に太刀打ちできないような存在になれば、復讐を諦めると彼女は言ってくれた。


 復讐心で満たされている彼女の十分過ぎる程の配慮が俺の胸を貫いた。




 それは余りにも少ない程度だ。100と言われたら1にも満たない数字ぐらいの話だ。

 だが、そんなほんの少しの程度だけれども、お互いに救われたような気がした。


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