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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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勝つな2

 見覚えのある通りに出てからの道のりは簡単だった。

 屋敷の周辺に肉塊は勿論あったが、皆文句は言わずに沈黙していた。通りを埋めないように行儀良く端に並んでいる。


 不気味な様子であったが、肉塊の横を通り過ぎた瞬間に向こうから声をかけられて肉塊の中身を知る。


「家出娘がやっと見つかったのか、ああ見つかったのか」

「エリスロース、だよな?」

「ああその通りだ」


 肉塊であっても血さえ通っていれば、彼女の支配下に置ける。彼女の血の魔法は肉塊に有効だったと分かって安心する。




 肉塊の通りを進むと目的地の屋敷に到着した。


 屋敷の庭は、綺麗に整備された緑があったはずだが、今は草木の1本残らず焼け焦げていた。あちこちで煙が立ち昇っている中、焼け野原の上で綺麗な青髪を揺らすリリフラメルの姿があった。


 目が合うと開口1番彼女は「殺してはいないから」と言ってきた。

 この風景を前にして肉塊を殺したという疑いの声をかけられると思ったのか、質問を封殺してきた。


 正直な話、彼女の性質からして疑わずにはいられなかった。心の中で謝りつつ「知っていたさ」と嘘をつく。




 この辺りに人々の声は響いていなかった。

 笑い声も叫び声も無く、静かだった。人々が逃げ切ったのだと信じたかったが、多分全員肉塊になったという可能性の方が高いだろう。


 ただ、遠くの方では爆発音が絶えず鳴り響いている。


 今も町のどこかで肉塊と衛兵が戦いを起こしている。事情を知らない者は、異形の者を人間とは思わないだろう。

 下手をすれば笑うことをやめたまともな人すら、不安にかられて何をするか分からない。襲いかかってくる可能性だってある。




 しばらく庭先で待っていると、遅れてオルラヤ、クロウモリとそして2人の後ろにラルルカが付いて来た。


 余りにも目を疑うような光景だった。

 ラルルカは小さくオルラヤの白い衣装の長く垂れた袖口を摘んで、小さく歩いて来ていた。そのどこか申し訳なさそうにしているような振る舞いが、これまでの彼女の態度と比較してどうしても一致させることができなかった。




「安心してください。この町にいる間は皆さんと争わないとラルちゃんと約束しましたから。ね? ラルちゃん?」

「……ふんっ」


 ほとんど初対面のラルルカと、どうやって距離を縮めることができたのか、是非教えて欲しかった。


「ラルちゃん……」

「ラルちゃん?」

「ラルちゃんって」






 病の感染爆発から1週間が経った。

 汚染された町を元に戻す作業は、ほぼ収束に向かっている。


 収束の要因は、リリベルとオルラヤの2人の力が合わさったおかげでもあるが、もう1つある。




 肉塊の出現を恐れて町からの逃避を図った人々が多数いた。

 無理も無い。町中にあのような化け物が幾つも現れてしまったら、長らく住んでいた故郷から離れる選択を取らざるを得ないだろう。


 しかし、そのおかげで感染の広がりがピタッと止まった。

 治す患者の最大値が決まったから、オルラヤとリリベルは治すことに集中できたし、エリスロースとラルルカは治療待ちの患者が暴れないように動きを止め続けることに集中できた。


 それがエリスロースの血を紛れ込ませた町人から聞いた良い話だ。




「それで、悪い話というのは?」

「町の外に逃れた多くの民が、各地で病を広げているようだ。人のなり損ないの目撃情報、討伐情報が多数上がっている、ああ上がっている」

「治すべき人々が増えているじゃないか……」

「この町で治すべき患者の数は頭打ちだと前置きしただろうに」


 背が高く目つきのきつい女性の姿で喋るエリスロースは、その姿に似合う強い口調と鋭い声色できっぱりと言ってのけた。


「ああ、恐らくお前と白衣の魔女にとって悪い話はもう1つある」

「聞きたくないが、教えてくれ」

「町の外に逃れた全ての者が、逃げ伸びた町の者を襲っている」

「……なぜだ?」


 腰まで伸びた茶髪を風に流しながら、自分を指差した彼女はまたきっぱりと言う。


「ヒューゴや角付きの子どもの方が知っていると思うけれども、()()()に聞いてみた結果、説明のつかない恐怖から逃れるための行動のようだ。ああそのようだ」




 説明のつかない恐怖とは、紫衣の魔女から与えられた魔女の呪いの効果に依るものだろう。

 なぜ恐怖しているか本人たちも分かっていないが、とにかく恐怖の感情が常に湧き続けている。その恐怖は笑うことでしか掻き消すことはできない。


 クロウモリから聞いた話を当てはめるなら、恐らく最初は恐怖では無く笑いが先だったはずだ。

 笑うことで快感を得て、笑わなくなると喪失感が生まれる。楽と喪失感の感情を何度も何度も行き来した結果、理由の無い恐怖の感情だけが強く心の中に残り、不快な人生を送り続ける羽目になった。


 ここの町人たちはずっとぎりぎりの感情で生きてきたのだ。


 町に肉塊が現れたことで、得体の知れない存在に対する不安感によって恐怖の感情が強まり、破壊されていく町並みや襲われる他人を見て命の危機を感じて恐怖の感情が強まり、そして(ゆかり)の無い土地に逃げ込んだことで未来の生活に対する不安感によって感情が遂に爆発してしまった。




「町の外にいる方々が感じている恐怖は最早、笑いで得られる快感では抑えつけることができていないかもです」


 いつの間にか屋敷の扉を開けてすぐ後ろまで来て声をかけてきたのは、オルラヤとクロウモリだった。

 いつもの距離感で2人は庭で外の様子を見張る俺のところまで来ていた。


 もうそんなに時間が経ったのかと思った。休憩の時間のようだ。


「爆発した恐怖から逃げるために、自死を選ぶ人もいました。ですが、笑い壊れていない大多数はそうしないと思います」

『当たり前の話ですけれど、皆、死ぬことだけは嫌だと思います。数ある恐怖の中で死は最も強い恐怖だと僕も思いますし』


 2人で1つの会話を繰り広げるクロウモリとオルラヤに感心する。息がぴったりだ。

 そして、2人の話を聞いて納得した。


 呪われた人々は、説明できない恐怖から逃れようとしている。唯一、笑うことで逃れられたはずのそれは、もう彼等には通用しない。


 そうして、皆が最終的に行き着いた手段はただ1つ。


「ただ、今、感じている恐怖をさらに強い恐怖で上書きするために、最も簡単で、強烈な恐怖を得られる手段は……」


「命の取り合いということか、ああそういうことか」


 心の中で考えていたことをエリスロースが代弁した。

 その推測にオルラヤは頷く。




 今、瞬間的に感じている気持ち悪くて苦しくて仕方の無い『恐怖』をどうしても取り除きたい。


 けれど笑うことでは恐怖を取り除けない。


 ほとんど自暴自棄になっても、それでもたった1つ、生きることだけは諦めたくない。


 今の恐怖を取り除くために、より強いで上書きしようとする思考は、矛盾していると分かっていてもそれでも苦しくて仕方が無い。


「最も死に近いが、死なない可能性がある手段を取り始めた。そういうことか?」


 本当に、たった今この瞬間に感じている恐怖に対処するためだけに、余りにも刹那的すぎる行動を強いられてしまっている。そうしなければならない程に、彼等は皆追い詰められている。




 オルラヤとクロウモリの目は当然悲しげである。

 自分たちが救おうとしていた者が、時間を経ていく程、その手から零れ落ちていっている。救い切ることができない無力さから得られる感情は、話を聞かなくても分かる。


「きっと、病も外に流れ出てしまったのですよね?」

「そうだ、ああそうだよ」




 オルラヤが深く溜め息をついてから、次に発した言葉は、より今の状況を苦しくさせるものだった。


「戦争に負けた人々が外へ出て争いを起こし始めました。それを戦争に勝った人々が聞けばどう思うでしょう」


「戦争に勝った地域に繰り出したり、病が拡散し始めたら、そこにいる人々は攻撃されたと受け取るでしょう」


 絶望的な話だった。


 町の外に逃れた人々の全ての足取りを確認することなどこの場にいる俺たちにはできない。唯一、ラルルカの影を操る魔法が広範囲かつ瞬間的な人探しを可能にするが、そもそも手遅れだ。


 1週間も経過しているのだ。

 広がる病の食い止めと呪われた人々の足止めを両方達成するには、もっと人手が必要だ。




「戦争が始まると思います」


「戦争が始まったら、きっと彼女が来ますよね?」


 オルラヤが俺に質問してきた理由は、きっと彼女が想像する者を、彼女よりも俺良く知っていると思ったからだろう。

 何せ彼女は、『歪んだ円卓の魔女』としての経験は浅い。


紫衣(しえ)の魔女のことだよな?」




 オルラヤは静かに頷いた。


 この町に呪いを振り撒いた張本人である、魔女協会の頂点に立つ魔女。

 あらゆる種族の戦争に参加し、たった1人だけで国を滅ぼしたことが4度もある戦闘狂。

 戦う環境を維持するために、世界が終わってほしく無いという考え方を持つ気狂いの中の気狂い。


 全て他人から聞いただけの話だが、その話だけでも想像は難しくない。戦う理由が少しでもあれば、恐らく……。


「リリベルの方が彼女のことを良く知っていると思うが、多分、来る」



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