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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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初めての魔女裁判

 同じ日。


「リラお婆さん、マントは合成したんだよ」

「なんだと」


 魔力が込められた黄色のマントがリラお婆さんの感知から外れてしまった理由は、合成したからだ。

 ヒューゴ君から黄色のマントをプレゼントされた時に、嬉しくて羽織り続けたいとは思ったが、両方を羽織ることはできない。

 そこで、ぼろぼろになったマントとプレゼントされたマントを合成して1つのマントにした。


 すぐにリラお婆さんに事情を話していれば、手紙の嵐が来ることはきっとなかったと思う。


「ひどく汚れていてみっともなかったので、新しい黄色のマントと合成したのだよ。この通り」


 椅子から立ち上がってその場で1度回り、今着ているそれが(くだん)のマントであることを示した。


「勝手に外套を、合成するなど、許さぬ。お前の魔女の名前を、剥奪する。円卓の魔女たちよ、是非を問いたい」


「黄衣の魔女の名を、奪うべきか?」


 どのような理由をつけたところで、リラお婆さんは是非を問うただろう。

 ようは暇なのだ。彼女は他の魔女を弄びたくて仕方がないのだ。

 迷惑なババアだよ。


「私は非だよ」

「知っている。私が問う。黄衣の魔女の冠を、剥奪することに、是とする者は、手を上げよ」


 やっぱりというか手を上げたのは、リラお婆さんだけであった。

 その様子を見て、ホッとしたヒューゴ君がまた耳打ちを仕掛けてくる。


「意外と皆、あのお婆さんに反抗的なんだな」

「ある意味反抗的だけれど、ちょっとだけ違うかな」


「では、非とする者は、手を上げよ」




「こういうことだよ」


 手を上げた者は、私だけであった。

 そう、ほとんどの魔女は魔女会や魔女裁判に興味がないのだ。全くと言っていい程、興味がないのだ。

 桃衣の魔女ローズセルト・アモルトは色のついた爪をいじり、碧衣の魔女セシル・ヴェルマランは顔を俯かせたまま動かず、砂衣の魔女オッカー・アウローラは周囲の物や人を気にしてキョロキョロしている。


 それぞれの興味の向くことにしか、とことん興味を示さず、その他一切の情報は彼女たちにとっては気にかける必要のない無駄な物でしかない。


 リラお婆さんは全く顔色を変えず、是非の結果を告げる。


「是非が決定せぬため、この件については、保留とする」


 誰かが気まぐれを起こさない限り、是非を問う場面では、問題を提起した者と提起された者でそれぞれ1票しか入らない。




 その後も裁判は続き、なぜ手紙を無視したのだとか、魔女協会に金を払えだとか、ネチネチと責められ続けて、何も決定しないまま私の魔女裁判は終わった。

 その後、魔女会の他の議題についても話し合われたが私にとっては些細なことだったので、内容は耳を素通りするだけで覚えていない。






「魔女協会って何のためにあるんだ……」


 魔女会が終わると、緊張から解けて椅子にだらしなく座ったヒューゴ君が、魔女会の酷さを目の当たりにして素直な疑問を投げかけてきた。


「新人の魔女の、情報交換の場か、暇な魔女の遊び場と、言ったところさね」


 杖を持ったリラお婆さんが歩み寄り、ヒューゴ君の問いを私の代わりに答えた。

 ヒューゴ君は驚き座り直したが、今更姿勢を正したところでもう遅いと思う。


「最も重要なことがあるでしょう、リラ……。魔女協会は、黒衣の魔女に対抗するための集まりでしょ……?」

「ああ、そうだね」


 セシルが小さい声ながらも私たちの会話に割って入る。


 魔女協会の最も重要な役割は、黒衣の魔女を倒すための集まりであるということである。

 世界に災厄を振り撒いた黒衣の魔女。

 彼女は彼女以外の全ての生物から恐れられている。魔女からさえも恐れられている。

 彼女が通った場所は、文字通り草も残らないからだ。


 自分たちの快楽を優先する魔女も、世界が消えてしまっては困るのだ。

 世界がなくならないためには黒衣の魔女を殺すのが手っ取り早い。

 黒衣の魔女を殺すため、そして黒衣の魔女と同じような魔女を生まないよう管理するために魔女協会は作られたのだ。


 ヒューゴ君に、なぜ黒衣の魔女に対抗したいのか、魔女協会の成り立ちを含めて話してあげた。

 説明が終わる寸前で、いきなり後ろから誰かに抱え上げられた。

 頭を上げると、ローズセルトだった。私の頭が彼女の胸に当たるので腹が立つ。


「離せ変態」

「そういえば聞いたわよお。サルザスっていう国で捕まってたくさんの男とヤったそうねえ? 経験人数で私と勝負するつもりい?」


 間延びした話し方が可愛くて腹が立つ。

 彼女の下世話な話に付き合いたくないので、身体を捩ってその場から離れようとしていたら、ヒューゴ君がローズセルトから私を無理矢理引き剥がしてくれた。


「あらあ? この話をすると彼が怒っちゃうみたいねえ」

「怒っている訳ではない」


 でも少し眉がつり上がっているよ、ヒューゴ君。

 私は彼に背を向けてから、彼の胸に寄りかかってローズセルトと見合う。

 ついでに彼の両腕を私の方へ手繰り寄せる。ヒューゴ君は動揺していたが無視する。


「別に君と勝負するつもりはないよ」

「へえ、もしかしてその子が好きになっちゃって、騎士にしたのお? 変態ねえ」

「好きとは違うかな。ああ、君と会話していると疲れてくるよ」

「その割には、彼に抱き寄せられてニコニコじゃないのお」


 私とローズセルトが戯れていると横から咳払いがあった。


「お前たちに、頼みたいことがある」


 リラお婆さんは本当に必要な用事は、魔女会で言わずにこうして直接伝えてくる。

 面倒ごとを頼まれると勘付いたセシルが、後ずさりし始めるがリラお婆さんの杖が背中に当たり観念した。


「その前に、砂衣の魔女は、どこに行った」

「魔女会が終わると同時に……帰りました……」


 アイツはいつの間に帰ったのだ。

 セシルの言葉にリラお婆さんは舌打ちしたものの、まあ良いと話を続けた。


「お前たちに魔女狩りを依頼したい」


「お断りします」

「お断りするわあ」

「嫌です……」


 私とローズセルトとセシルが全力で拒否すると、リラお婆さんはただ一言。


「殺すぞ」


 急にはっきりと喋り出して怒りの感情を露わにした。その光景に恐怖したヒューゴ君が、私に被せたままの腕で私の身体を少しだけ締め上げるので、思わず「ぐえっ」と声が漏れ出てしまった。


「1番強いリラが行けばいいじゃない……」

「そうよお。私もセシルちゃんもリリベルちゃんも、戦闘が得意じゃない、いたいけな乙女なのよお?」


「アレで戦闘が得意じゃないのか」


 良いね、セシル、ローズセルト。もっと言ってやれ!

 そしてヒューゴ君は私の使った魔法を振り返りながら、呟いている。


「私は行けぬ。これから、国同士の戦争が、始まるからね。参加せねばならないのだ」


 ただ自分が殺戮したいだけじゃないか。

 殺戮ついでに魔女狩りも自分で行えばいいのにと思うが、これ以上何か言うともっと怒りそうだから口には出さないことにした。


「セシルには、生贄を用意する」


「ローズセルトにも、生贄を用意する」


「リリベルには……お前は、男の生贄が、欲しいのか?」


 ヒューゴ君を一瞥して、私が男好きになったと勘違いしたのか素っ頓狂なことを言い出した。


「そこのアバズレと一緒にしないで欲しいよ」


 ローズセルトは手を頬に当てて照れているが、褒めたつもりはない。


 私はリラお婆さんにも遺跡調査時の報酬の話でお願いしたように、人間から魔法に関する依頼ごとがあれば、私に斡旋するようにお願いした。

 それで今回の魔女狩りは引き受けると話をすると、リラお婆さんは目を見開いた。


「お前、変わったな」

「そうかな?」


 セシルとローズセルトは生贄を報酬としてもらえると聞くと納得したようで反対の声は出さなかった。

 生贄という言葉はヒューゴ君にとっては耳心地の悪い言葉だろうけれど、今この場では我慢してもらうしかない。

 そうしないと、心優しくて弱気な彼は五分五分の確率で全ての魔女を敵にまわすかもしれないからだ。


「それで……どこのどいつを狩ればいいの……?」


 セシルの問いにリラお婆さんは2本の指を立てた。


「黒衣の魔女に、魅入られた者が、2人いる。1人は泥衣(でいえ)の魔女、ヴロミコ・エレスィ。もう1人は――」


「魔人、微睡む者(ドーズマン)


 リラお婆さんの放つ『微睡む者(ドーズマン)』という言葉だけ、なぜか聞き取りづらかった。


 そして、その言葉を聞くと同時に誰かに呼びかけられたような気がした。

 すごく聞き覚えのある声なのだが、どうも思い出せない。

 私が声の主を探して周囲を見回すのをヒューゴ君がわざわざ気にかけてくれたので、大したことでもないと思って間もなく呼びかけられた声については失念した。




 あれ、そういえば今日は何日だったっけ。

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