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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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勝つな

 首を折られて死のうが、すぐに死の前の状態に戻ることはこの場にいる誰もが分かっていた。

 それでもラルルカ以外の者が、俺の身を案じる様子を見せてくれたことは嬉しかった。


 黒衣(こくえ)の魔女とヤヴネレフがいなくなって、俺たちを脅かす危機は去ったと言ってもいいだろう。

 だが、まだ町中には肉塊が闊歩(かっぽ)している。肉塊を元の人の形に残すための治療をしなければならない。ゆっくりくつろいでいる暇は無い。




 話を無視したことに大きく腹を立てているラルルカに、頭を下げる。

 これ以上、肉塊が広がらないようにするためにはラルルカの影を利用することが必要だった。黒衣の魔女の思惑を完全に断ち切るには、1人でも多くの助けが必要だ。


「この町を救うために力を貸してくれないか」


 彼女は少しの間考えてから、片足を1歩前に出して楽しげに俺に対価を要求した。


「靴が汚れてるのよねぇ。あ、そうだ。靴を舐めなさい。綺麗にできたら手を貸してあげないこともないわ」


 彼女の要求の意図は分かっている。

 彼女は、俺に対する恨みを少しでも晴らそうとしていることは確かだが、それよりもリリベルに対して打撃を与えようとしている。


 彼女は俺とリリベルの関係性を知っている。俺を貶めることで最も不快に思う人物は、リリベルだと分かっていて無茶な要求をしているのだ。


 リリベルの騎士である俺が醜態を晒せば、主人であるリリベルの名も汚すことになる。そのことは俺にとって何よりも重要視すべきことで、何としても回避したい話だ。

 恐らくリリベルは、自身が誰にどう思われようと気にしないだろうが、俺は気にする。


 リリベルの心に触れるであろうことは、俺がそのことに苦心していると知った時だろう。彼女は、彼女以外の者が俺に意地悪することを酷く嫌う。


 俺が関わる話になると、彼女は非常に血気盛んになるのだ。




「何よ。今、アタシはコイツと話をしているのよ。邪魔よ、ブス」

「五月蝿いよ、馬鹿」


 何よりもまずリリベルに落ち着くように気遣うべきだったのだが、彼女の点火は余りにも早く、既に手遅れだった。


「リリベ――」


 まるで獣のようだった。

 リリベルはラルルカの鼻っ柱に頭突きを与えて、勢いそのままに彼女を押し倒して馬乗りになり、顔を殴りつけたのだ。

 だが、ラルルカもやられっぱなしでは無かった。倒された彼女の身体の下から影が伸びてきて、リリベルの顔を殴ったり髪を引っ張ったりし始めた。


 魔法を使ってはいるが、子どもの喧嘩のようだった。


「お、落ち着けリリベル!」


 俺はリリベルを後ろから抱き寄せるようにしてラルルカから引き剥がして、彼女との距離を保たせた。幸いにも影が追い打ちしてくることは無かった。

 その次にクロウモリとオルラヤがすっ飛んで来て、2人の間に立ってこれ以上喧嘩が続かないように止めようとしてくれた。


「なぜ喧嘩が始まるのですか……」

「すまない、彼女は意外と短気なんだ」


 足をジタバタと暴れさせて、突進を試みるリリベルを尻目にラルルカはすくっと立ち上がり、ふんと顔を背けた。お互いに鼻から血が出ていた。


「あーあ、そこのブスが余計なことをしたから、もうこの町を助ける気も無くなったわ」




 ラルルカは用が済んだと言わんばかりに、足元の影に潜り込もうとし始めた。ここから立ち去ろうとする彼女を止めたのはオルラヤだった。

 オルラヤはラルルカの頭を胸元に持っていき、両手で包み込んだ。


「ラルルカさん、でしたね?」

「ちょ、ちょっと離しなさいよ!」

「離しません。怪我を治すので、動かないでください」

「この程度の怪我なんかアタシでも治せるわよ! くっ、なんでこんなに力が強いのよ!」


 必死に身体を離そうと、もがくラルルカだったが余程オルラヤの力が強かったのか、最後には観念して動かなくなった。

 オルラヤは諦めたラルルカの頭を楽しそうに撫で始めた。


「良い子ですね」

「良い子ってアタシの方が絶対年上でしょうが!」

「まあまあ。私たちを助けてくれたことには感謝していますよ。せめてお礼ぐらいさせて下さい」

「ふん、別に助けた訳じゃないわよ。魔女の癖に無様にやられそうな奴等がいたから、恥をかく前にあの場からどかしてやっただけよ」


 非常に苦しい言い訳だ。

 再び自分を動けるように治してくれたオルラヤに対して、助けたいと思ったことは確かだろう。


 リリベルを(なだ)めるついでに、顔の怪我を治していると、クロウモリがオルラヤと背中合わせになってから、此方に目を合わせてきた。


『この魔女のことは、白衣が何とかします。お2人は先に屋敷に向かってください。方角はあちらです』


 彼はしゃがみ、地面を指1本で掘って文字を書いた。石畳の道を粘土でも触っているかのようにぞりぞりと削る姿を見なければ、動揺することも無かっただろう。




 リリベルの顔の怪我が治ったことを確認してから、俺は彼女を抱えたままクロウモリが指差す方向へ急ぎ足で向かうことにした。


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