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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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呪うな3

 暗闇は文字通り一瞬の出来事で、即座に光が取り戻された。

 海から顔を上げた時のような感覚で地上から打ち上がって、視界を何かで覆われていた訳では無く、光の届かない場所に移動されていたことが分かった。


 地面が突然液体になるはずも無く、不思議に思って足元を見ると、色の濃い影が波紋を立たせていて、影の下にいたのだと気付く。


「最悪。助けなきゃ良かった」

「ラルルカ?」

「アンタに私の名を呼ぶ資格なんか無いわよ」


 家にできた影を使って、俺たちは彼女に移動させられたようだ。

 それよりも、彼女の目が覚めたことがひとしおに喜ばしいと思った。オルラヤが彼女を治してくれたのだろうか。


 喜びも程々に、次に気にかけなければならなかったクロウモリとオルラヤの行方については、すぐ横で俺たちと同じように影から這い上がるように出てきた様子を見て、すぐに完結した。


 2人も無事そうで良かった。




 そして、俺はやっと余り見たくない景色をようやく見る決心がついた。


 周囲は確かに見覚えのある町並みが存在していたが、目の前だけは見覚えの無い様相(ようそう)を呈していた。


 綺麗な円状の空き地があったのだ。

 円の端は、綺麗な境となるようにそこにあった人工物が途中で削がれていた。家なんかは綺麗に縦に切り削がれているようになっていて、中身が見えていた。


 円の内側は舗装された道も、家も、緑も無く、茶色の地面がそこに広がっていた。

 範囲はそれ程大きく無い。ただ、そこにあった()()()()()()()()()()()()()()()


 家が消失していると思った理由は、空き地の中心でヤヴネレフが浮いていたからだ。

 恐らくあの場所が先程まで俺とリリベルがいた場所で、その少し外側にクロウモリとオルラヤ、黒衣の魔女がいたはずだ。




 明らかにヤヴネレフは俺たち諸共消し去ろうとしていたに違いない。

 ラルルカはその危険な状況から俺たちを助けてくれたのだ。


「残念です」


 ラルルカに礼を言おうと彼女の方へ顔を向けたその次の瞬間には、真横でヤヴネレフの声が聞こえた。余りの声の近さに心臓が縮み上がった。


 奴の姿を確認するより前に、抱えたままのリリベルをすぐにラルルカの元へ持っていき、それから後ろを振り向きなおして彼女たちの盾となる。

 遅れてリリベルが目の前の空き地を見て「わあ」と声を上げ、それと同時にラルルカが罵声を浴びせてきた。


 円の中心にいたはずの白いドレスは、いつの間にかすぐ目の前でひらひらと舞っていた。




「貴方たちにも彼女と等しく塵芥(ちりあくた)になっていただこうと思っていましたが、叶いませんでした」


 ヤヴネレフの煽りにリリベルが鼻を鳴らしながら呼応した。


「ふふん、ご愁傷様だね」


 俺より前に出ようとした彼女を手で制して、背中に隠れるように押し込む。できるなら挑発はしないで欲しい。


 クロウモリとオルラヤは、何がなんだか分からないといった表情をしていたが、すぐに目の前の存在の異質さに気付き、身を構えていた。

 この中の誰かでもヤヴネレフに対して行動を起こせば、恐らく良くない出来事が起こる。そんな予感がした。


 嫌な予感を的中させないために、先んじて奴に質問をしてみる。


「黒衣の魔女はどうなったんだ?」

「肉体という器は既に現世(うつしよ)にはありません。行き場を無くなった魂は今頃地獄に向かっているでしょう」


 視線は俺を見ていない。ただ、声が聞こえたからそれに律儀に返答しているだけで、声の主が俺であることを認識はしていないようだったし、認識する必要も無いといった表情だった。


「貴方の願いを叶え私が現世に存在する理由は消えましたが、地獄に降りる前に私の魂を返していただきましょうか。その魂は、本来の契約の役目を終えているはずです」


 虚空を見つめていたヤヴネレフの目玉がぐるりと動き、俺に視線を突き刺した。正確には俺の後ろにいるリリベルに視線を当てているのだろうが、間にいる俺も漏れなく貫かれている。




 恐怖に怯えながらも、リリベルにヤヴネレフの魂を返すよう手で合図をする。

 状況が飲み込めていないラルルカが癇癪を起こしているが、今は気にしている場合では無い。


 後ろでリリベルが呻く声が上がった後に、背中に重さを感じながら彼女の手が横から伸びてきた。


 彼女の掌の上にあった何かが、ゆっくりとヤヴネレフの元へ引き寄せられるように漂っていき、そして奴の身体の中に吸収される。

 魂の返却が済むと、背中にしがみついたままのリリベルが「あーあ、もったいない」と呟いた。背中を揺らして彼女に余計なことを言わないように注意してから、ヤヴネレフの次の動きに注視する。


 ヤヴネレフが何か行動を起こしたとしても対応することなどできないだろう。こんなことに自信を持ちたくないが、自信を持って対抗できないと言い切ることができる。


「確かに魂は返していただきました。それでは、さようなら」


 願わくば早く地獄に帰ってくれと心の中で唱え続けていたが、どうやら願いが叶ったようだ。


「この先の貴方がたに、数多(あまた)の苦痛が与えられんことを、(ねが)います」


 瞬きはしていなかった。

 ずっとヤヴネレフを注意深く見ていたはずだ。


 だが、それでも奴は一切の動作も兆候も見せずに、その姿を消し去った。説明のつけようのない消失があって、やっと張り詰めていた緊張が解かれた。




「いい加減、無視、すんな!」


 鎧の中に紛れていたラルルカの影が、首に巻きついてきて間も無く俺の首を折った。

 緊張はまだ解くべきでは無かった。


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