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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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呪うな2

 


 乱暴な飛翔はいつまで経っても慣れない。

 綺麗な着地なんか滅多にできない。当然、今回も失敗して、俺は屋根の上に転がり回ってからすぐに起き上がって周囲の状況を確認する。


 あわや家下に落ちるかという寸前で体勢を立て直せたのは良かった。

 目下には2階分の距離をもった通りが見えている。


 一面銀世界だ。


 通りのど真ん中には芸術のように氷を纏ったオルラヤとクロウモリがいた。無闇に動けば氷漬けになった身体が簡単に取れてしまうような強烈な冬だというのに、2人とも平然と動き回っていた。


 もしかして、2人で身を寄せ合って体温を集めているからこそ動き回れるのだろうか。

 いや、そんな浪漫のある話では無いと思うが、今はそう思った方が理解が楽だろう。




 クロウモリの殴打の先にいた黒衣(こくえ)の魔女も平然としていた。


 視界に留まらないような彼の拳が、黒衣の魔女の原形を留めなくするが、次の瞬間には白銀の世界に逆らうかのように黒いそれが立っていた。


 オルラヤの吹雪に当てられて、黒い出で立ちが白に染め上げられるが、それでも動きは止まらない。




 クロウモリの拳もオルラヤの雪も効いていない。




 奴は、クロウモリとオルラヤ両方の攻撃をまるで意に返さず、彼等から背を向けたまま1歩ずつ歩みを進めていた。

 2人の攻撃をまるでそよ風でも感じているかのように平然としている。気に掛ける様子すら無い。


 加勢をしたいところだが、容易に地上に降りたらまた氷漬けになることは間違い無い。

 屋根の上から遠距離による攻撃を行うのが1番良いだろう。


「リリベル、黒衣の魔女を無力化する方法は無いか? あの通り奴はただ殺しただけでは終わりそうにない」

白衣(はくえ)の魔女の氷で止まらないとはね。うーん」


 リリベルはオルラヤのことを高く買っているようで、彼女の魔法が黒衣の魔女に効いていないことに驚いているようだった。


 だが、すぐに彼女は新たな方法を思いつく。


「こんな時のために、地獄の王の魂を人質に取っておいたのだよ。今こそ、働いてもらわないとね」

「地獄の王ってまさか……」


 全て言い終える前に、彼女の胸元から光が瞬き、彼女の身体から薄らと影が浮き上がってきた。

 その影は、徐々に輪郭をはっきりとさせて、最後には大仰な存在として現れた。




 人の形はしているが、背中に背中に4枚の巨大な翼を生やしていた。リリフラメルよりも長い薄紫の髪を生やし、純白のドレスの清潔さとは反対に真っ黒な翼を持つ。


 先程まで皆の攻撃を無視していた黒衣の魔女が、ぴたりと立ち止まって、此方に振り返った。

 翼を生やした女を明らかに意識している。


「私を脅して現世(うつしよ)に呼び出したかと思えば、これは一体何事でしょうか」

「やあやあヤヴネレフ。1番最初に神の所有物に手をつけて汚した犯人があそこにいるんだ。魂の清算、今すぐするべきじゃないかな?」


 リリベルはヤヴネレフを煽るように言って、黒衣の魔女を指差した。


 地獄の王の1人、ヤヴネレフの魂をその身に宿したリリベルは、王を遥々地獄から呼びつけたらしい。


「ヤヴネレフ! ここで会えるとは思わなかったぞ!」


 黒衣の魔女が叫ぶが、ヤヴネレフは答えない。代わりにリリベルを睨みつけて、彼女に言葉を紡いだ。


「地獄の王は現世に干渉してはならない決まりです。例え赦されざる大罪を犯した者であっても、魂が死を通じて地獄を訪れない限り、魂の清算は行われません」

「不老不死のアレが死ぬと思うかい?」

「地獄の王としての使命は、何よりも(まさ)ります」


 するとリリベルは服をはだけさせて、胸元を見せながらそこに手を置き、彼女を脅迫した。


「君の魂を今ここで壊しても良いのだよ?」


 慌てて彼女の元へ駆け寄り、リリベルを守るように覆う。

 ヤヴネレフの薄鼠色の目は、人間らしい暖かみなど持っておらず、刺すような視線をずっと与え続けていた。俺たちを生き物として見ていないような、それこそその辺りに転がっている小石と変わらない存在として扱っているような感情が感じられた。


 冷や汗が止まらないのは、目の前の存在と俺とでは、あまりに実力差がかけ離れていると無意識に感じ取ったからだ。


 この感覚はマルムと出会った時のものと近い。神かそれに類する者特有の圧力が感じられるのだ。


 ヤヴネレフは瞬きもせずに、俺たちをじっと見つめて次にこう言った。


「貴方の願いが完遂したと認識された時点で、私の魂を返すような契約にしておくべきでしたね」

「この世界を生きる者たちの(さが)について無知だったことがいけなかったね。純粋すぎるのさ、君は」

「なるほど、学びました」




 クロウモリとオルラヤは、ヤヴネレフには目もくれず黒衣の魔女をただ攻撃し続けているのだろう。そういった音がまだ聞こえている。




 人の心を理解する気があるかは分からないが、少なくとも、たった1つの魂を助けるべく地獄に単身で乗り込んで来て、挙げ句の果てには地獄を滅茶苦茶に荒らしていったリリベルを軽視することはしないだろう。


 だから、奴はリリベルが本気であることを認識しているはずだ。

 別の地獄の王ゼデが、ノイ・ツ・タットの前公王モドレオに魂を奪われ脅されて、彼の指示に嫌々ながらも従っていたことから、地獄の王にとって魂は重要なものだということは分かっている。


 脅されたヤヴネレフは十中八九、リリベルに従うはずだろう。


 ただ、従うとして、黒衣の魔女を倒すためにどういう手段を取るのかが分からない。




 クロウモリやオルラヤ、俺たちを巻き込んで攻撃する可能性だってあった。


 特にヤヴネレフを脅したリリベルは、あわよくばで殺されるかもしれない。




 個人的にはヤヴネレフから放たれる異質な感覚から離れたいという思いもあった。




 だから、クロウモリとオルラヤに一旦ここを離れるように叫び、そしてリリベルを抱え上げて彼女がよくやる無茶苦茶な移動方法を真似して、雷を放出しようとした。


 だが、それらのやりたかった行動は何1つできなかった。


 突然、見えている世界が全て暗闇に包まれてしまったのだ。


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