許すな2
他人の家を破壊することに申し訳無さを感じている暇は無い。
雷が直撃した家屋は影も残らなかったが、その周囲は着火していた。間も無くあちこちで火の手が上がり始める。何もせずに放っておけば、きっと一帯は火事になるだろう。
『瞬雷』
俺が知る限りで最も速い攻撃を繰り出せる魔法をもう1度放つ。
最初の1発で消し炭になっているはずだが、光で潰れた視界が元に戻ってから確認する暇は無い。そこにいたはずの肉塊目がけてもう1度詠唱を行った。
心臓が止まるかもしれないぐらいの音の衝撃をその身に受けながら、真後ろの家屋の壁で踏ん張り雷の終わりまで、見えない景色を見届ける。
「神と戦った時のことを思い出した」
『瞬雷!!』
攻撃は受けなかった。ただし、声が聞こえてきた。地下で聞いた黒衣の魔女の声だ。
反射的に雷を放つ。
想像力で満たされた魔力が底をつくことは無い。
自分自身の力に恐怖すら感じていた。具現化の力に際限が無いと感じ始められた。
想像力豊かな者だったら、きっと神様の真似事だってできるはずだ。この力を持っていた者が俺で良かったとさえ思えた。
「お前のような存在を探していた」
まだ声が聞こえる。聞こえてきちゃいけない奴の声が聞こえている。
なぜ倒れない。
俺が想像する最も強い魔女の雷を具現化しているというのに、声は未だやまない。
「その力、この世界を元に戻すために使ってみないか」
「生憎、主人には困っていない。それに、主人に涙を零させたお前に、協力する訳が無いだろ」
「主人? ああ、あのひ弱な小娘のことか」
迷わず雷を放った。
そりゃあリリベルのことを馬鹿にされたらカチンとくるだろう。
どうせ無駄だと思っていても、詠唱せずにはいられなかった。
「それなら、お前が協力しやすい目的を作ってやろう。お前はその小娘のために神に仇なす者と成るだろう」
「お前!!」
今度は脅迫だった。呆れた奴だ。
だが、それ以上の言葉を出すことができなかった。
マルム教の主神マルムの予言がよぎったからだ。
『君たち2人が世界を滅ぼす未来が見えたんだ』
彼の未来視によれば、俺とリリベルは世界を滅ぼす犯人になるらしい。いや、正確には俺がリリベルのために何かをして世界を滅ぼすらしいのだ。
その言葉を思い出し、黒衣の魔女の言葉を振り返った時に、繋がって欲しくない線が繋がりかかっていることに気付いた。
嫌な予感の極地ここに至れりというやつだ。
しかし、その嫌な予感が身に染みる前に、黑衣の魔女に仇なす者が助けに来てくれた。
真っ白と説明するに相応しい装いをした白衣の魔女が、戻りかけた視界の中にいた。
もしかして、今まで放った雷が彼女を傷付けていないかと心配になったが、彼女を片腕で運ぶクロウモリが着地の体勢を取っていたことに気付き、2人は丁度この場にやって来たことが分かった。
『吹雪けや』
オルラヤの詠唱1つで、冬が来た。
吐息は白くなり、鳥肌が立つ程寒い。
どこからともなく現れた雪が横殴りで降って来て、周囲は一瞬で雪景色になる。
天候どころか、季節さえ一瞬で変えてしまうオルラヤの実力を目の当たりにする。これで彼女が戦いを得意としないと自負するのだから恐ろしいものである。
だが、彼女のお陰でようやく周囲の状況を確認できる余裕を持つことができた。
白銀の世界に赤い光が一点に現れ、鬼が力を開放し始めた。
暴力の塊はその先にいた黒い女に向かって突き進み、ただ腕を振るう。どのように殴っているか目で追えない程の暴力は、吹雪の向きを変える風を巻き起こした。
『祝福を』
黒衣の魔女の病を白衣の魔女はほくそ笑む。
「無駄です。貴方の病は私の愛する人を冒すことはできません。私の命に代えてでもです」
一心同体か、一蓮托生か。
クロウモリの片腕に乗っているオルラヤは、彼を強く抱き締めていた。2人で1つの生き物になっているみたいだった。
オルラヤが守り、クロウモリが攻める。
とても戦い辛いはずなのに、まともに戦えていることが信じられない。
それどころかクロウモリは、黒衣の魔女を目の前にして怒りに支配されてしまっているはずだ。彼の家族の敵を眼の前にして冷静でいられるはずが無い。
しかし、オルラヤはクロウモリの強い怒りを抑えることはせず、彼の怒りごと黒衣の魔女の病から彼を守り続けている。
ただただ羨ましい。




