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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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許すな

 緩慢な肉塊が突然、俊敏さを見せつけてくるとは思わなかった。

 油断した。




 壁に背中を打ちつけて一瞬だけ気が遠のいた。


 次に放たれたのは肉塊の攻撃では無く雷だった。




 そう。これだ。

 この音こそ聞きたかった雷音だ。


 一瞬の発光と耳をつんざく音に遅れて、焦げつく匂いがやってくる。


 肉塊に取り付けられた複数の口から、それぞれが思い思いの痛みを表す言葉を発する。


 それでもそのうちの1つの口だけは、冷静に語りかけてきた。


「もう病は治したのか。素晴らしい」

「は?」


 肉塊は恐らく痛みで蠢いているような動きをしているように見えた。見えたはずだが、それとは別の意志があるかのように触手が容赦無く俺目がけて飛んできた。


 元々の人間の身体から説明がつかない程膨れ上がった肉の質量は凄まじく、盾で防御してどうにかなるものでは無かった。

 木製の家具がばらばらに砕ける音と金属製の道具が撒き散らされる音が背中で響く。生身であったら背中は血だらけだったかもしれない。




 雷光と雷音が徐々に離れている。

 俺を助けようと魔法を放っている訳では無いのかと少し悲しい気持ちになる。


「目を背けるな」


「瞬きするな」


「呼吸をする暇も無いぞ」


 圧倒的な肉の重みに叩きつけられる。

 避けようにも家の中では避けることも叶わない。


 吠えることしかできない自分が情けない。




 楽器のように小気味良く鎧の打音が鳴る。中身は鎧の中でただ衝撃を受けるしかできない。




 そういえば先程、肉塊は病について言及していた。この町に病を振り撒いたのも紛れもない黒衣(こくえ)の魔女だ。

 だから肉塊の中にあの魔女の意識も偏在しているのではないか。




 次の肉の衝突で兜が無理矢理捻じ曲げられ、俺は一瞬だけ意識が飛ぶ。

 戻った意識下で自分が生身になりかけていることに気付き、急いで鎧を具現化し直す。


「お前、黒衣の魔女か!」

「喋るな」


 肉塊を押しつけられて、身体がどんどんと後ろへ飛ばされていく。

 家の壁を破壊して、別の裏路地に飛び出たところで一瞬だけ身体の動きが自由になりそうだった。

 だが、肉塊は俺が逃げることを許さなかった。


 更に肉塊が殴打を繰り返して、また家の壁を突き破る。




 肉塊の隙を突いて腕の自由を確保しても、できることは力の入り辛い殴打だけだ。

 攻撃したところで、恐らく黒衣の魔女本体では無いことは確かだろう。


 当然、己の身体で攻撃ができないとなれば、具現化によって攻撃を与える手段が考えられるが、巨大な針を具現化して串刺しにしても、岩を具現化して上から落としても、攻撃を与えた部分の肉が傷を受けるだけで死には至らない。

 それどころか傷を負った肉の下から新たな肉が盛り上がって、与えた傷が無かったことにされてしまう。


 腹が立つくらいどうしようも無い。




 再び病に(かか)っていないことだけが幸いだ。

 もしかしたら、俺が病を治す力があると勘違いして、同じ魔法を詠唱することは無駄だと思っているのかもしれない。


 そもそも俺は、トゥットの言うことが正しいのなら黒衣の魔女の試練に打ち勝ったはずだ。

 奴にとって試練に打ち勝った俺は必要な人材になる認識だったが、どうやら違うようだ。そうでなければこうして執拗に攻撃なんか与えてこないだろう。




 ここまで理解のできない行動をされると腹が立ってくる。


「喋るな」


「見るな」


「斬るな」


「殴るな」


 肉についた様々な口が否定を表す言葉をひたすら言い続けていた。もう誰に何をして欲しいのか分からない。どれが彼等の真意なのか分からず、余計心に火をつける。

 リリフラメルと同じ思いになってしまっているかもしれない。




 腕や足を圧壊されて、捻じ切られて、何度も何度も壁を突き破ってやっと大きな通りに出た。

 広い場所へ出たおかげでやっと身体の自由が効くようになった。とっくに死は迎えていて、新たな生によって死の原因になった傷は元通りになっている。


 鎧を作り直して、目の前の肉塊に向かってすぐに手をかざす。


 リリベルに何度も拒絶されて、黒衣の魔女には散々いいようにされてきた。振り回されっぱなしで心の中のもやもやは溜まりに溜まっていた。

 リリフラメルだったらとっくに感情を爆発させていただろうことを、今になってやっと俺は爆発させられる。




 恥ずかしい話だが、今の俺の行動は最早、ただのやつ当たりだった。

 今、肉塊となった犠牲者の命を奪うことに躊躇する余裕は持てない。


 湧き上がった怒りの中で、目の前の肉塊を最も早く攻撃する手段を無意識に形にしようとしていた。




 魔法を詠唱する時は、リリベルの魔力が必要だ。

 そして、彼女の魔力をわざわざ身体の中に入れてから、再び必要な量を放出する手段を取っていたのは、より精度の高い詠唱ができるようにするためだ。


 飛びかかる肉塊に今すぐ対応するためには、一々彼女の魔力を手に込めている暇は無い。


 もっと早く攻撃しなければならない。


 だったらリリベルの魔力そのものを具現化してやれば良い。


 できるかできないかを考えることはせず、ただやってみようと思った。




 僅かに溜め込んだリリベルの魔力を、無理矢理俺の想像する膨大な量のリリベルの魔力として具現化してみた。




瞬雷(しゅんらい)!!』




 放出された雷は、間違い無くリリベルがいつものように繰り出していた雷と同じだと確信できた。


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