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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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戦うな

 感染爆発。

 オルラヤは今の状況をそう指した。

 町は加速度的に病に冒され始めている。解決策が見出だせなければ、町は今日か明日で滅びるだろうと、彼女は予測していた。




 大半の人々は異形の者から逃げ惑っているが、衛兵たちには立ち向かう責務がある。

 肉塊が元々は町人であることを知らない衛兵たちは、何の躊躇も無く肉塊を攻撃していた。


 肉塊は傷付く度に、悲痛な叫びを上げている。

 それでも肉塊は、衛兵の攻撃に対する拒否の声を返すことは無く、全く別の拒否感を示しているのだ。


「見るなぁ……」

「振り向くな……」

「食むな……」

(うそぶ)くな……」


 蠢く肉塊は何かを拒否し続けている。




 オルラヤとクロウモリは2人とも屋敷に残った。

 屋敷の中にいる患者たちが襲われないように、2人で屋敷を守り続けると言っていた。


 俺がリリベルを連れて来るまで、2人は屋敷を守り続けているだろう。




 だから、俺は町を駆けている。

 部屋を借りている馬宿まで駆け抜けている。


 リリベルやエリスロースがどこにいるかは未だ分からない。もしかしたら宿に戻っても、2人はいないかもしれない。

 それならそれで仕方が無い。


 少なくともリリフラメルとラルルカの2人は宿で待っているはずだから、彼女たちだけでも連れ出さなければならない。

 特にラルルカは今は無防備な状態だ。

 もし、彼女に病に冒されて死なれでもしたら、俺が後々まで苦心する羽目になる。助け出さなければならない。




 通りはたまに肉塊で埋め尽くされている場所があって、当然道を迂回をする必要があった。

 あれが元は人間であったことと、オルラヤであれば元に戻せることを知ってしまったから、殺すという手段を取り辛い。

 いっそのこと魔力酔い(ディスコード)を引き起こして肉塊になってしまったら、元に戻すことはできないと言って欲しかった。罪悪感を胸に溜め込みながら、躊躇無く彼等を殺すことができたのにと思う。


 勿論、予断も許されない危機的な状況になれば、何が起きようとも殺すつもりだ。

 俺はオルラヤやクロウモリのように良い人では無いのだ。

 まあそもそも、あんなに大きな肉塊を切り分けて先に進むのは骨が折れるし、時間がかかりそうだという理由もあって、できるなら避けたいのだ。




 迂回を続けて行くうちに、通ることができそうな道が、通りを外れた裏路地しか無くなってしまう。


 この先で肉塊に出会さないようにと祈りながら、勢いをつけて一気に駆け抜けてみる。




 すると真横の家の壁が突然盛り上がり、中から肉塊が飛び出てきて、俺を反対側の壁に押し付けて来たのだ。家の中で一杯になった肉塊が、家の容量を超えて巨大化して、(せき)を切ったように流れ込んできた。


 祈ったその瞬間から、この有り様だ。


 鎧を着込んでいなければ、肉に癒着していたかもしれないと思うとぞっとする。




 力任せにもがいて肉塊の圧力からどうにか逃れて、奥に進むことができた。


 そして奥には肉塊を避けて逃げ惑う人々がいた。


 あっちに行ったり向こうに行ったり、此方に来た者もいたが、俺のすぐ後ろに肉塊がいることを見たのだろう。

 笑いながら(きびす)を返して奥へ消えて行った。




 逃げる者に年齢差は無い。老人も子どもも大人も皆、一様に逃げている。


 だが、身体の作りは年齢差がある。

 大人の走りに、子どもや老人は無力だ。突き飛ばされて転んだ者が、怪我をしたのかその場に(うずくま)ったりしていた。


 それを見て見ぬ振りをして奥へと突き進んだ。


 後ろでまた、壁が崩れるような大きな破壊音がして、肉肉しい音が聞こえて来ることが何度もあった。

 確か、音が聞こえたところ辺りに老人が座り込んでいたよな。子どもが笑い泣きして立ち尽くしていたよな。


 手を引いていれば助かっていたかもしれない。そう。助かっていたかもしれないのだ。




 前を進んでいる間に、俺に虫の抜け殻をくれた子どもがいた。兜の中の景色からでも、確実に俺と目を合わせていることが分かった。


 その子どもからわざと視線を外して、俺はぶつからないように横を避けながら先へ行こうとした。


「るな……知るな……」


 ああ、これ以上、その声を聞かせないでくれ。


 聞いたことのある子どもの声だった。


 自分の耳を引きちぎりたい。聞きたくない。


 明らかに例の病に冒された者特有の拒否感を示す言葉を呟いていたと分かった。分かったが、その声を聞いても無視しなければならない。


 俺には何もできない。

 連れて行っても何もしてやれないのだ。余計な希望を与えるだけだ。無視するしか無いのだ。


 丁度子どもとすれ違うかというところで、ばちんという音がした。

 多分、肉が飛び散った。鎧に柔らかい物がぶつかる音が聞こえたから、肉だと思う。




 だから、走りを強めた。


 他の大人たちの驚く声や悲鳴と、たまに笑い声を背中で受け取りながら走り抜けた結果、別の通りに出ることができた。


 通りには肉の濁流に飲み込まれていく人がたくさんいた。


次回は7月6日更新予定です。

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