初めての魔女会
ある日。
朝の食事準備を行なっていた時のこと。
野菜を詰め込んだスープに調味料を入れて味見をすると丁度良い塩梅だったので、次はパン屋で買っておいたパンを調理する。
調理すると言っても蒸して柔らかくするだけだ。
今の流行りなのか知らないが、そのまま食べると馬鹿みたいに硬くて歯が欠けてしまいそうになる。
「おはよう」
ヒューゴ君が手紙を私に渡そうとするが、私は今手が離せないので彼にどこからの手紙なのか聞いてみた。
「今まで何度か届いているのだが、魔女協会からの手紙だ。封筒に直接『魔女会に出席しろ』って殴り書きがあるのだが」
「あ、忘れていた」
行かなきゃとは思っていたけれど忘れいていた。魔女会よりもヒューゴ君の授業を優先してしまっていた。
そろそろヤバいかもしれない。
「朝食の後、私と一緒に来てくれないか」
「もちろんだが、魔女会って一体何なのだ?」
そうか。ヒューゴ君は魔女会に出席するのは初めてだったか。
魔女会は世界中に散らばる魔女が魔女聖堂という場所で一同に会することを指す。
魔女聖堂に現れる者は魔女か、魔女の弟子とか付き人ぐらいだ。
例えば私の目の前にいる碧衣の魔女は、後ろにぞろぞろと魔女見習いの弟子を引き連れている。その数の多さで周囲を威嚇しているようにも見える。
「カラフルな所だな」
「魔女の冠の数だけ色があるよ」
私なら『黄衣』だから黄色のマントを羽織っているし、『碧衣』だったら青緑色のマントを羽織っている。
「マントの装飾が皆似通っているように見えるが、支給されている物だったりするのか?」
「そうだね。魔女会で冠を名乗って良いと判断されれば、その人に冠と衣が渡されるんだよ」
「ああ! やっと分かった。牢屋で大事にしていた布切れはそのマントだったんだな」
「ふふん、その通りだよ」
いつ見てもこの悠然と聳え立つ巨大な聖堂は外観からはただの城にしか見えない。
建物の上部はそこかしこから非常に先細った先端を持つ塔が乱立している。明らかに観賞用の塔だと思う。
この聖堂を建てた者は数ある魔女を束ねる紫衣の魔女ということになっているが、実際は彼女が数多くの魔女から金をせしめて建てさせた何のありがたみもない聖堂である。
聖堂内部は本来であれば神様を祀ることもあるだろうが、ここで祀られているのは紫衣の魔女である。
いたる所に彼女の石像があり、私物化も甚だしい。
しかも石像は自身が一番若くて美しかった時分の姿をしているので、まさしく過去の栄光にすがった形と言えよう。
とは言え、紫衣の魔女は老いた今も魔女協会の中では1、2を争うほどの腕っぷしを持つので誰も逆らうことはできない。
魔女聖堂内部は、基本的に魔法の使用は禁止されている。だからこの聖堂内部の無駄に長い階段を歩いて上り、魔女会を行う大講堂に向かわなければならない。
大講堂に入る頃には、体力に自信のない者は息を切らして汗をたらりと流す羽目になる。
大講堂の部屋前に到着すると、扉前にいる二足歩行で立つ白猫に受付をしてもらう。
彼女の名前はチル。雌猫である。クリクリとした翠色の瞳が可愛い。撫で回してやりたいけれど、そうすると不機嫌になるからできない。以前腕を引っ掻かれた。
「お久し振りです、アスコルト様」
「久し振り、チル」
「おや、そちらにいるのは……?」
「ああ。私の騎士だ」
「騎士ぃ!?」
猫のチルの驚き声が聖堂内の吹き抜けに響き渡り、反響する。
一斉にその他魔女の視線を浴びる。
「アスコルト様が……騎士を……?」
「何か悪いかね」
「いえ。人間嫌いのアスコルト様がまさか騎士を雇うとは思いもしなかったので」
チルは受付名簿らしき物に書き込んでいた。私の名前にチェックを入れているのだと思う。
「騎士様のお名前を伺ってもよろしいですか」
「ヒューゴです」
「姓は?」
「えっと……」
そういえばヒューゴ君は今までヒューゴ君だった。姓を知らない。一体どのような姓なのか興味がある。
しかし、なぜか言い淀んでいた。もしかして言いたくないのだろうか。彼の代わりに適当に返してあげることにした。
「アスコルトです」
「「アスコルトォ!?」」
再びチルの猫声が大きく響き渡る。いや、ヒューゴ君の声も響き渡っていた。君は叫ばんでいい。
「お、お二人は夫婦なのですか?」
「「いや、違います」」
今度は私と彼の声が被さったので、私たちは顔を見合わせる。察しろと片目だけ瞑って合図をすると彼は気付いてくれたようで、合槌が返ってくる。
「俺は元々孤児だったので、姓とかないんです。それで彼女の姓を借りて暮らしています」
「な、なるほど」
納得したチルは私の名前のすぐ横にヒューゴ・アスコルトという名を書いたようだ。
「では、お二人ともお入りください。魔女の付き添いは1人までですので、2人以上供の方を連れてきた場合は予めご了承ください」
「そういえば今日は何の議題で話すのかい。私宛てに何度も手紙が来ていたけれど」
「新たな冠を持つ魔女の裁定と、魔女裁判を行うようです」
「へえ、魔女裁判か。誰のだい?」
「えっと……、アスコルト様の裁判です」
「私ぃ!?」
私の声が大聖堂内をこだまして、再び驚く程魔女たちの注目を浴びてしまった。
すぐに手で口を塞ぐ。
同じ日。
大講堂内に入ると、巨大な木を輪切りにして作った歪な円卓が中央にあり、そこに円形に並べられた椅子が12脚存在する。
円卓と言ったものの、加工することなくそのままの状態で机にしているので、根が張り出して歪な形をしていて、座る場所によっては机から離れるような座り方にならざるを得ない。
テーブルの直径は私が寝転がって15人分程の長さがあり、対面上の相手と会話する場合は声を張らないと、聞き取りづらいかもしれない。
それだけ大きな円卓なのに、12脚しか椅子が置かないならもっと小さいテーブルにすればいいのにと思う。
テーブルの最中央にはかなり大きな紫色に輝く宝石が鎮座している。巨大な円卓のせいでサイズ感が測りづらいが、実際は私の身体を覆う程の大きさがある。
円卓の外側は、取り囲むように段々になった石の座席があり、魔女が何人か座っている。
見覚えが全くないので、新たに生まれた新人魔女か、冠を奪ったばかりの魔女か大方その辺りの魔女だろう。
私は椅子の背もたれに取り付けられた黄色の糸や宝石で装飾された椅子を選び座る。
ヒューゴ君は私の丁度後ろで立っていようとしたので、隣の空いている椅子を持ってきて私のすぐ横に置き、座るように指示する。
「皆、こっちをめっちゃ見ているのだが持ってきて大丈夫なのか?」
魔女たちの注目を浴びて不安になったのか、彼が私の耳に小さい声で相談してくる。
「大丈夫だよ。この椅子に座る奴は、どうせ来ないだろうし」
彼は戸惑いつつも、私が手を出して座るよう合図すると、そろそろと怖がりながら座った。
「この木の机の周りに座っている人たちと、石段に座っている人たちの違いって何かあるのか」
「ああ、円卓に座ることができるのは選ばれし12人の魔女だけなんだ。『歪んだ円卓の魔女』って他の魔女から呼ばれて、少しは尊敬されるらしいね」
「ってことはリリベルってかなりすごい魔女なんだな」
「やっと気付いてくれたのかい?」
ふふん。
ヒューゴ君の認識が改まってくれたようで実に良い。
周囲を見回して誰がいるのか確認してみると、円卓の椅子には私たち以外に既に4人の魔女が座っている。
紫衣の魔女、リラ・ビュロウネ・ヴァイレ。
紫色のマントを羽織った老婆。老婆らしく白髪で皺ついた肌になっている。
魔女協会のトップかつ魔女聖堂の持ち主。今の歳になるまでに1人で国を4つ滅ぼした狂犬。
多分、私が全力で戦ってもかすり傷を付けられるかどうかの戦力差があるだろう。それ程までに圧倒的な魔法戦闘センスがあるのだ。
元々は貴族の出だったようで、ミドルネームのある大層な名前を持っている。
ババアの癖に足が速くて、その光景を初めて見た誰もが驚いて腰を抜かす。私は少しだけ腰を抜かした。
桃衣の魔女、ローズセルト・アモルト。
男も女も種族も関係なく性的に食べる変態女。腰まで流れる桃色の髪があり、ザ・大人のお姉さんという見た目だ。スタイル抜群のボンキュッボンという世の女性が憧れる体型をしている。
違う、私は憧れていない。私は今のこの体型が最高である。決して羨ましいなんて思ったりはしない。
マントは桃色が基本で、マントの下側へ向かうと、いくつもの三角に切れていく布があって徐々に黄色がかっている。気色悪いのはマントの下が下着とヒールしか着ていないということ。とんだ痴女である。
問題なのは、私が今まで見てきた女性の中で彼女が1番美しいということだ。
人によって美しさには好みがあると思うが、彼女の場合は彼女自身にかけられた『魔女の呪い』によって、誰が見ても美しく感じるのである。どのような絶世の美女がこの場にいたとしても、恐らく彼女が世界で1番美しくなってしまう。
碧衣の魔女、セシル・ヴェルマラン。
青緑色のマントでフードを被っている。
黒髪のボブカットをした可愛らしい顔つきの女性である。確か年齢は今年で20歳のはずである。
可愛らしい顔ではあるが、一箇所だけ異常な所がある。
目だ。目蓋はジグザグに糸が縫い付けられており、糸の部分は血が凝固している。
なぜ糸を縫い付けているのかと言うと、彼女は元は盲目だったが、目が見えるようになりたくて自分自身に『魔女の呪い』をかけたのだ。
目は見えるようになったのだが、代償として瞬きを1度する毎に彼女に近しい人物から1人ずつ死ぬようになってしまった。
そのため今は目蓋を縫い付けて瞬きをできないようにしている。目が見えるようになったのに、目蓋の外側の景色を見ることができなくなった憐れな魔女だ。
砂衣の魔女、オッカー・アウローラ。
20代前半くらいの若さがある大人のエルフといった見た目だ。大人のエルフと言ってもローズセルトのように妖艶で美しいという意味ではなく、普通の大人の女性エルフの見た目である。エルフにしては珍しく、髪色は茶色で後ろを三つ編みで束ねているのが特徴的だ。
砂色のマントを着ているが、夕方頃の光の加減によっては私と色が似通うので嫌いな奴だ。
死の属性を持った魔法が得意な魔女で、姑息な戦闘を仕掛けてくるらしい。
彼女も彼女自身に『魔女の呪い』をかけており、対象を問わず彼女の近くにあるあらゆる物は時を早めてしまう。
人が彼女と寝食を共にした場合、異常な速さで老化する。
彼女が歩くと足元にたくさんの草花が咲き、彼女が触れたあらゆる物は、すぐに砂のように崩れてしまう。
そのため誰も彼女と会話をしたがらないし、リラお婆さんも魔女会に呼んでおいて早く帰ってほしそうな態度をとるのである。
「あらあ、リリベルちゃん。その男はだーれ?」
痴女ローズセルトが話しかけてきた。1番話したくない奴が話しかけてきたので、思いっきり嫌な顔をしてやったが彼女はまるで意に介さない。
「私の騎士だよ」
「へえ、可愛い子ねえ。もうヤったのお?」
「ヤってないよ」
「もったいない。私に頂戴よお」
「いーやっ!」
私はローズセルトに中指を立てて更に舌を出して見せて反抗する。
彼女は不満そうに口を尖らせて、机の上にたわわな胸を弾ませて遊び始めた。
いや、遊んでいるのではなくヒューゴ君を誘惑している。
しまったとばかりにヒューゴ君の方を見やると、彼女の豊満な身体に釘付けになっていたようなので、彼の足を思い切り踏みつけて正気に戻させてあげる。
多少のうめき声が聞こえてきたけれど、知らない。
正気に戻った彼がまた私に耳打ちしてきた。
「なあ。皆名前で呼び合っているのだが、魔女は名前で呼び合うのは戦いの合図ではなかったか?」
「言い忘れていたね。魔女聖堂内では名前で呼び合って良いルールなんだよ。ここでは基本的に魔法を使ってはいけないから、戦いが起きない。だから名前で呼んで良いらしい」
彼は納得すると再び椅子に居直る。
「そろそろ魔女会を始めようかね」
椅子にくつろぐリラお婆さんが魔女会の開始を告げた。
「珍しく黄衣の魔女が、来てくれたようだから、魔女裁判を先に、行おうかね」
「リリベル・アスコルトよ。外套の魔力が、突然切れて、私の感知から外れたね。一体外套を、どうしたんだい?」
リラお婆さんの言葉に、なぜかヒューゴ君の背筋が伸びていた。すごく緊張しているみたいだ。
こんな魔女だらけの部屋に普通の人間である君が放られたら、確かに怖いかもしれないな。
「私の感知から、意図的に外れようとしたのなら、魔女協会に、刃を向けたと判断し、お前の名前を、奪う必要があるかもしれん」
相変わらずゆっくりな話し方だから、鬱陶しい。
「おい、大丈夫なのか?」
ヒューゴ君がまた耳打ちで心配の意を伝えてきた。いい加減耳がこそばゆくて掻きたくなるが、我慢して私も彼に耳打ちで返す。
「大丈夫だよ。これはただの茶番でおままごとだから」




