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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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逆らうな

 黒衣(こくえ)の魔女を知る者がいる。それも中途半端に知っている訳では無い。

 彼が俺とクロウモリに起きた何事かを彼は簡単に治してしまったことと、彼の様子からして黒衣の魔女と知己である可能性が高い。

 老人から黒衣の魔女の情報を何としても聞き出したい。


「アンタは黒衣の魔女のことを詳しく知っているのか?」

「古くからの知り合い――」

「教えてくれ! 奴は何を目的として病を世界中に振り撒いているのか!」

「落ち着かぬか。急いてはことを仕損じると言うじゃろう」


 そうは言っても興奮を抑えることなどできる訳が無い。

 相手は伝説の魔女で、リリベルと深い因縁を持つ者だ。今まで奴の足跡を辿ったことは何度もあったが、その姿を捉えることができたのは今回が初めてなのだ。

 老人は、黒衣の魔女は坑道を立ち去ったと言うが、まだ遠くは離れていないはずだ。


 奴の目的や使う魔法の特徴、そして弱点を聞き出してすぐにリリベルに報告しなければならない。


 すぐに成さねばならない使命が降りかかってくれば、焦りはするし興奮もするものだ。興奮しない方が無茶というものだ。




「全く最近の若い(もん)は……気が短くて困るわい」

「一刻も早く黒衣の魔女のことを知って主人に伝えに行きたい。礼はする。だから、奴について知っていることを教えてくれないか」


 早口で捲し立てていることは自覚している。

 その様子を受け取った老人は、やれやれと頭を振った。ついでに汚水が流れ落ちていく穴に向かって痰を吐いた。汚い。




「まずは、お主。名は何と言う?」


 彼は俺を落ち着かせようとしているのだろうか。本題に入る前に自己紹介から始めさせようとしていることが、ありありと分かった。

 残念ながらこの場合、彼の質問を遮って無理矢理本題に入らせれば悪手となり得る。回り道が1番の近道と言うように、彼の質問に早く答えて本題に入ってもらうしか無いだろう。


 だから素直に自分の名前を打ち明けて、騎士として生きていることを話した。


「儂はトゥット。トゥット・オクーニリアじゃ」


 彼は両手を広げて、ローブをコウモリの羽のように大きく伸ばして見せた。威嚇でもしているのだろうか。


「……もっと感嘆の声でも上がるものと思ったのじゃが」


 もしかして、自分の名は世界に広く知られた名だから、知らない方がおかしいとでも言いたいのだろうか。

 そのようなことを言われても知らないものは知らないのだ。魔女とばかり付き合っていれば、知る情報も偏るのは仕方の無いことだろう。




「これを見てみい。儂が(こしら)えた物じゃ」


 そう言って老人の掌から出てきたのは、形だけで言えば何の変哲も無い石だった。ただ少しだけ、ほんの少しだけ輝いている。磨かれているから光っているとかでは無く、石そのものが光っているように見えた。


 その石に思い当たりがあった。大いにあった。

 知る情報が偏っていると思ったばかりだが、その偏った情報の中から石の呼び名がすぐに浮かんできたのだ。


「賢者の石、か?」

「その通りよ。さすがに知っておったか」


 そして彼は石を懐に潜り込ませた後、人差し指だけを伸ばして彼自身を指差して言った。


「儂が生み出した知恵と努力の結晶じゃ」


 危うく黒衣の魔女に対する関心が、頭から吹き飛びそうになった。

 それ程とんでもないことを彼は口にしたのだ。


「そう! その顔が見たかった! 面白い男だのう!」

「アンタがその賢者だって言うのか? それにしては……」

「賢人に見えぬとでも言いたいのか? 失礼な男じゃ」


 何せ俺が想像していた賢者像は、もっと厳かで多くを語ろうとしない人物だったのだ。それが自ら助けた礼を求めて、自分の功績を自慢したがっている老人だと分かってしまえば、反動で落胆するのは致し方無いことだろう。

 まだこの老人が耄碌(もうろく)したボケ老人である可能性を期待したが、すぐにそれは覆された。




 トゥットのすぐ真横にあった壁が音を立てて、変形し始めた。ただ崩れている訳では無く、その形を変容させ、1つの物体に変えたのだ。

 平らな地面ができあがって、高さを変えてもう1つ平らな地面が出来上がっていく。それが繰り返されていくと、階段という物体になるのだ。


 詠唱もせず、手をかざすなどの動作等も一切見せずに、真横にあった壁を階段へと変貌させた。そのような奇跡紛いのことを引き起こせるのは、間違い無く賢者の石でしかあり得ない。


 彼は両手を広げる姿を見せて、賢者の石を作り出した自分がどんなに凄いかを無言で主張した。




「正直に言わせてもらうと、アンタが作った物で俺は何度も酷い目に遭ってきた。賢者の石を作り出したことこそはすごいと言えるが、それ以外では恨み言しか出てこないぞ」


 リリベルは文字通り死ぬ程の苦痛を味合わされたし、俺は死ぬ目に遭った。このような緊急事態でなければ、もう少しねちっこく文句を言ってやったところだろう。


 トゥットは、はてと言った顔で(とぼ)けている。ふざけていると思った。

 彼は自分が作り出した賢者の石が、世界にどれだけの影響を与えているのか知っているに違いない。承認欲求の強そうな性格であることは間違い無いのだから、賢者の石によって引き起こされる事件を知らずにはいられないはずだ。


「ふん、最近の若い(もん)は、老人に対する敬意というものが無いのかのう……」

「アンタが凄い奴だってことは分かった。だから、そろそろ次は黒衣の魔女のことを教えて欲しい」


 老人は今度は悪態をつくかのように痰を吐いた。汚い。


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