表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
354/723

病むな2

 クロウモリが持っている紙の半分ぐらいがオルラヤに関することで埋まったところぐらいで、俺たちは巨大な空間に出た。

 中央には巨大な穴が出来ていて、上から流れ落ちている水が穴に溜まっていた。


 即座に想像を絶する程の臭いが鼻を貫いたのを感じて、あの水が澄んだ水では無いのだと理解した。




「下水道が崩れて汚水が漏れ出しているみたいだな……」

「良い香りだろう」


 俺以外に声を上げられる者がいないはずだと思ったが、こんな地下に誰かいたようだ。


 巨大な空間の丁度反対側に人影が見えた。ただ、頼りになる灯りがクロウモリしかいないため、はっきりとした姿までは見えない。

 声色は女だ。




 人が簡単に立ち入ることのできないこの場所で、呑気に話しかけてくるような奴だ。きっとまともな奴では無い。




「アンタは誰――」


 肝心の灯りの源であるクロウモリが一瞬にして俺の周囲から姿を消し、周囲の明るさを失う。

 土くれが飛び石のように鎧に跳ね返っていて、気付けば赤い光はその人影の方に飛んで行ってしまっていた。


 生身の拳で出すべきでは無い音が、人影にぶち当たる。


 ほんの少し前まで、和気藹々(あいあい)と彼の困りごとを聞いていた雰囲気とは打って変わって、突然戦いが幕開ける。




 姿が分からないから、相手がどういう素性の者か分からない。どういった攻撃をしてくるのか、どのような性格の持ち主なのか分からないと、クロウモリに素直に加勢して良いかの判断もつかなかった。


 判断がつかないなら行くしか無い。

 ここで黙って見ている訳にもいかない。


 いつでも防御ができるように盾を構えながら、穴の縁沿いを走ってクロウモリが突っ込んだ反対側を目指した。

 暗闇で足元に地面があるのか全く分からないが、例え穴に落ちようとも足場になる物を具現化すれば、辿り着けるはずだ。


 彼と謎の人影がいる場所へ向かっている間にも彼の拳が人影ごと地面をぶん殴っていた。

 激しい衝撃音と地面の揺れが起きて、足場が崩れてしまわないか心配になる。筋力強化の魔法を自身に詠唱していたとしても、あそこまでの馬鹿力を引き出すのは難しい。


 何せクロウモリは、壁面に手を突っ込んで軽く()ぐと、壁面全体を抉り吹っ飛ばしているのだ。

 人間が出せる力の範疇をとうに超えている。




 だから、馬鹿げた力で破壊を行うクロウモリに対して、人影が形を保っていることは更に馬鹿げていると思った。


「お前も、お前も、知っているぞ。知っている魔力だ」


 俺もか?

 此方はまだ姿も見えていないのに、勝手に会話を進められても困るな。




祝福を(デウスベネディーカト)


 謎の人影が放った言葉は聞いたことがある。どこで聞いたのかははっきりとしない。

 だが、その言葉が詠唱であったことは確かなはずだ。


 記憶は有耶無耶でも、リリベルに関係していることだけは確かだ。

 その詠唱を聞いた時に、なぜか彼女の泣き顔が浮かんだのだ。彼女の顔を浮かべたということは、きっと彼女に関係することなのだ。


 そうに決まっている。




「アンタは誰だ?」




 今度こそ人影に素性を問う。


 詠唱の後に何も起きず、魔法が不発に終わったのだと思った。

 痛く無いし、目が見えないことも無い。手足はあるし、頭上から何か降ってくる訳でも無かった。


 だから、問いかける余裕があった。




 その判断は間違いだった。




 クロウモリの嵐のような暴力がピタリと止まっていることにさっさと気付くべきだった。


 俺の身体が思うように動かないことにさっさと気付くべきだった。


 魔力を上手く放出できなくなった俺は、鎧や盾を霧散させて生身になってしまう。

 それどころか、足はもつれてその場に手もつけられずに顔から崩れて落ちてしまう。


 力が入り辛い。




 必死に身体を転がして、首だけは人影があった方向を向くようにすると、徐々に人影が大きくなっていくのが分かった。


 足音はしっかりと聞こえるようになり、彼女の背中辺りに揺れるものがあるところまで認識できた。

 それがマントであると分かったのは、俺の目の前に彼女が現れた時だった。


「私が誰か、か。お前たちが良く知る名前で言ってやるなら……」




黒衣(こくえ)の魔女だ」




 その名前に鼓動が跳ね上がる。


 そして、なぜクロウモリがいきなり攻撃を仕掛けたのか合点がいった。

 自分の家族の仇の声を忘れるはずが無い。溢れんばかりの復讐心が、声だけで判断することを可能にした言っていい。

 こいつが黒衣の魔女だ。




 それは、あらゆる地に災厄を振り撒き、生きとし生けるもの全てに強制的な死を与えようとする存在。

 御伽噺にも近い、遥か昔から伝承として語り継がれてきた存在。

 魔女の始祖とも言われていて、魔女に対する恐怖の根源となっている魔女だ。


 そしてこいつは、リリベルの両親を殺した魔女であり、彼女を不死にした間接的な原因でもあり、彼女が敬愛していた師匠ダリアを死と同義の状態に追いやった張本人である。




 リリベルを泣かせた魔女。




 (おぼろ)げに浮かんでいた記憶が今はっきりと甦った。


 そうだ。


 この魔女と会うのは初めてでは無かった。


 夢で見た。

 魔人、微睡む者(ドーズマン)。奴が見せた夢の中で、俺は黒衣の魔女と出会ったのだ。


 夢で見た魔女が、今目の前で俺を見下ろしていた。


「果たしてお前たちはあの女たちのように、神に仇なす者と成る資格があるか、見ものだな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ