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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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喋るな

 クロウモリが町の惨状を俺に話してくれた理由は、1つは町の状況を単に知って欲しかったからで、もう1つは彼がこの悲劇を俺と共有したかったからだそうだ。


 未だ地に落ちたままの魔女への評価が、今回の件で一層落とす羽目になっている。

 2人が呪いの仕業であると言い切ったのは、紫衣の魔女のおかげなのだ。


 そう。

 紫衣の魔女リラ本人が、この町に魔女の呪いを振り撒いたと打ち明けられたのだ。


 これまで聞いてきた数々の逸話から、彼女が戦いの中に身を置くことを好む存在であることは確かだ。

 いつだったかリリベルが、紫衣の魔女に過去の武勇伝を何度か聞かされたことがあると言っていた。彼女にとって戦いは悪では無く、声を高らかに自慢する価値のあることなのだろう。


 オルラヤが歪んだ円卓の魔女だからこそ、紫衣の魔女の自慢話を聞いてこの町の実態を知ることとなったのだ。




 だから、俺は紫衣の魔女を好んではいないし、俺がどういう性格かを知っているクロウモリだからこそ、あえて俺に打ち明けたのだろう。


 彼の実年齢に沿ってそれらしい言葉で意訳するなら、『この町の人たちを酷い目に遭わせているのは、紫衣の魔女だ。本当に酷い奴だよな! ヒューゴもそう思うだろう?』といった具合のことを言いたいのだと思う。


 家族を魔女に殺され、子どもの頃から復讐に身を置いた彼が、年相応の話し方にならないのは至極当たり前の話だ。




 当然、俺もクロウモリに同調した。




 クロウモリの話を聞いてから、この町の民衆に対する見る目は変わった。

 確かに彼等はほとんど笑顔でいるが、ごく自然な笑顔を振り撒いているようにしか見えなかった。

 だからこそ「魔女の呪い」なのかもしれない。




 怪しげな老婆がいた家に案内して、扉を探し当てると、オルラヤはすぐに戸を叩いて所在を確かめようとした。

 扉の向こうから反応が無く、鍵もかけられていたから留守にしているのでは無いかと思えた。


 これでは老婆のことを確かめようが無いと思っていたら、クロウモリが扉の取っ手を捻ると扉が物凄い音を立てて開いた。

 彼の手には取っ手が残っていて、鍵の錠ごと扉を捩じ切ったことが分かった。相変わらずの怪力である。


「無断で入って大丈夫か?」

「緊急事態ですもん」


 クロウモリが先に入り、オルラヤが彼の肩に手を置いて付いて行く。

 2人を案内しておいて、俺だけ家の外で待つ訳にもいかなかったから、成り行きで入ることにした。




 しかし、結局家の中には誰もいなかった。2人が1つ1つ部屋を調べていった結果、人はいなかったのだ。

 昨日、窓から中の様子を覗いた部屋があった。

 細い通路に出た窓は目の前にあって、老婆が見えたのは後ろの廊下からであったことは間違い無いだろう。


「外に出歩くことができる元気があるなら、俺の思い過ごしかもしれない。無駄足を踏ませてすまなかった」


 そう2人に謝るが、廊下の奥から歩いて来たオルラヤが謝るのは早いと否定してきた。


(かわや)に行ってみましたが、僅かながら独特の腐敗臭が残っていました。それに炊事場にはこのようなものが……」


 そう言って彼女はいつの間にか手に付けていた白い手袋の掌の上に、何かを乗せて此方に差し出してきた。


「人の皮ですね。皮膚の表面や端が粘質を持っていて、崩れやすくなっています」


「こっれっはあ、切り取ったというより、剥がれ落ちたと言った方が正しいかもです」


 淡々と話しているが、此方は吐き気を抑えるので精一杯だ。

 酷い臭いだ。


「少なくともこの家のどなたかが、普通の状態で無いことは確かですね」


「ヒューゴさん。下水道に一緒に付いて来てみませんか?」




 彼女のこれまでの経験からして、下水道で何か起きている可能性が高いと踏んだようだ。


 家を出て扉を修復した後、近場の下水道へ繋がる出入り口に行き、オルラヤが衛兵に一言二言話すと、衛兵は呆気なく地下への扉を開けてくれた。


 扉が開いた瞬間、何とも言えない臭いが鼻につく。

 嫌な臭いと嫌な臭いを混ぜて、どれだけ嫌な臭いを作り出せるかという大会の優勝者が作り出した臭いだと言われても、すんなり信じることのできる程の最悪な臭いだった。


「鼻と口が隠れるように布を巻けば、気晴らしにはなるかもです」


 オルラヤとクロウモリにとっては慣れた臭いなのだろうか。

 2人は顔色1つ変えずに、何なら俺に冗談を言ってみせた。


 クロウモリは親指を立てて『しばらくは身体に臭いが染みつきますよ』と笑顔で言った。

 全く嬉しくない。


 リリベルに余計距離を取られたらどうしてくれよう。




 オルラヤの助言通りに、布を具現化して口と鼻が覆われるように顔に巻き付けてから、下に降りた。


 中は割と涼しい。

 階段を降り切ると、長い水路がある道に出た。

 両側に人が通る道があって、その真ん中に川のように水が流れている。


 地下なだけあって暗くて見辛いが、所々天井から光が差している箇所があって辛うじて通路を認識できる視界は確保できている。


 天井の穴から光の先を覗くと、ただ光と空気を取り入れるための煙突になっていることが分かった。




 なぜ灯りをつけないのか聞くと、クロウモリが『火をつけるとたまに爆発するみたいです』と言った。


 地上の平穏と比べて、地下は危険と不快で一杯のようだ。


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