初めての強盗被害
ある日。
1階の食卓で夕食をとっていると、突然家の扉が蹴破られた。
堰き止められた川の水が流れてくるかのように、5人の男がなだれ込んできた。
『ふふん』
男たちのうち2人が、椅子に座っている私とヒューゴ君を無言で棍棒を殴りつけてくる。
殴られた衝撃で吹き飛ばされて、体勢を立て直す暇もなく後ろ手を組まされ、あっという間に縄で縛り付けられてしまった。
ヒューゴ君も既に同じ状況だ。
久し振りに強盗に押し入られた。
びっくりするから、強盗に入る時は声を上げて入って来て欲しいな。
「金目になりそうな物は全部外に出せ!」
強盗団のリーダーっぽい奴が他の4人に指示を出す。
「この女はどうしますか?」
「もちろん掻っ攫うに決まっているだろ。金髪の女なんて珍しいぜ」
リーダーは私に近付くと、にやにやと笑って私の髪を上へ引っ張り上げる。
「こんな深い森の中じゃ誰も助けに来ないな。ハハッ、安心しろ。これから死ぬまで永遠に俺たちがたっぷり可愛がってやるからな」
可愛がるなら大事に扱ってほしいものだね。
そんなに無造作に髪を引っ張られたら、老後に髪が足りなくなってしまいそうだよ。
「いってぇ……」
ヒューゴ君は当たりどころが悪かったのか、頭から少し血が垂れていた。顔をしかめてなんとか身体をよじっていた。
痛そうだね。
ヒューゴ君の存在に気付いたリーダーは、私の髪を持ったままヒューゴ君の顔の近くに持って行き、私の顔を見せつけるように差し出した。
「悪いな。後でお前の目の前で奥さんをたっぷりヤッてやるから楽しみに待ってろよ。お前らも後で混ざれよ?」
他の男たちもにやにやと同じような笑みを浮かべながら、リーダーの意に肯定する返事をそれぞれ返した。
リーダーは私の髪を思い切り後ろに投げ付けて、私は倒れた椅子の上に身体ごと叩きつけられた。多分今の衝撃であざとかできていると思う。
今度はリーダーがヒューゴ君の髪を引っ張り上げ、顔に何度か拳を入れているのが見えた。
「だが、てめぇにあまり元気に動き回られると面倒臭えから、目以外は使えなくさせてもらうぜ」
すると今度は腰に提げていた短剣を抜いて、彼の太もも目がけて力任せに押し込んだ。
ヒューゴ君の純粋な悲鳴が聞こえる。
あーあ。私の怒りを買ってしまった。
『静ら――』
『おい』
私が雷の魔法を詠唱するより前に、ヒューゴ君の身体から黒い霧が一気に噴き出し、そのままの勢いでリーダーが食卓の部屋を超えて居間の方へ吹き飛んで行くのが見えた。そして間も無く私の後ろ側で家具が倒れ、小物が崩れる音が聞こえて来た。
黒い霧が晴れる前に、霧の中から黒光りした鎧が私を抱き抱えた。
「初めて強盗に遭った……」
兜の中からくぐもった声が聞こえてきた。それは初めてのイベントに動揺していた声色だった。
めでたいことだ。貴重な経験ができたね。
「てめえ! 何してやがる!」
音に気付いて男たちが私たちの前へ集まって注目する。
彼らは棍棒や短剣を構えるが、ヒューゴ君の姿を確認するや皆一同へっぴり腰なってしまったのが確認できた。
リーダーも肩を押さえながらすぐに戻ってきた。
「もう構わねぇ! 男は殺せ!」
ヒューゴ君は食卓机の上に私を高価な壺を扱うみたいに座らせて、すぐに男たちの方へ振り返り直した。
「くそ!」
ヒューゴ君が怒声を上げた。
やっぱり太ももを刺されたのは痛くて怒るよね。きっと復讐したいだろうね。
仕方ないよ。自分の命を脅かされているのだから、仕返しで相手の命を害したってそれはきっと許される。盗賊団が逆に殺されたって仕方ない。
彼は罪のない人間を傷付けることをひどく嫌うけれど、彼らは悪い人たちだ。遠慮はしないだろうね。
「久し振りの実戦だと思ったら、また狭い場所じゃないか! これじゃ剣も振るえないし、覚えた魔法も使えない!」
「何を訳分からねえこと言ってんだ!」
多分、その言葉の意味を分かるのは彼自身と私だけだと思う。
彼は黒鎧姿のまま、男たちに思いっきりタックルをして倒し込んだ。そして彼と男たちは子供の喧嘩のように揉みくちゃになり始めた。
「ははっ」
私は口元が綻ぶのを我慢しようとしていた。
でも、もう身体が自然に喉から音を出そうとしていて、無理に抑えることができそうになかった。
「あははっ」
そういえば私が子供の頃、師匠に言われたっけな。女が大きな口を開けて笑うなんてはしたないと。
その戒告をなるべく守ろうという気概はあった。あったけれど、この光景を見てしまったら無理だよ。
彼は自分の太ももを刺されて今も血を流し続けているのに、頑なに人を殺そうとしない。
主人である私が危害を加えられているのに、頑なに人を殺そうとしない。
家なんか気にせずに『ファイア』を詠唱して全部焼き払ってしまえばいいのに、詠唱しようとしない。
彼の腰に提げられている黒剣は、彼の想像次第で幾らでも形を変化させることができるというのに、詠唱しようとしない。
以前、酒場で騎士に自分の無様さを指摘されて、自覚して自戒したのに、肝心な場でまた甘ったれている。
ああ、なんて興味深いんだ。
彼の人間模様は面白くて愉快だ。ああ愉快で息が詰まって死んでしまいそうだ。命が幾つあっても足りないよ。
たった5人の盗賊ごときで黒鎧を纏ったヒューゴ君に勝てる訳もなく、全員が縄に縛られて私の目の前で観念して大人しくしている。
ヒューゴ君は私の回復魔法で傷を塞いだので、今は元気にしている。
私は彼に縄を解いてもらい今は自由の身だ。なぜか片方の肩の可動が悪いのが少し気になる。
「魔女の家に強盗に入るとは命知らずな人間だね」
私の言葉に5人全員の顔色が見る見るうちに青ざめていく。
そうだよね。魔女の家だって知っていたら強盗に入りたいなんて思わないだろうね。
「だから怪しいって言ったんだ!」
「なんだてめえ!」
気持ち良いくらいに仲間割れを始めてくれた。
私が争う彼らに1歩近付くと、黙って顔を強張らせてしまうから音に反応するおもちゃみたいで楽しい。
「安心すると良いよ、殺しはしないから。ただ1つだけ私の言うことを復唱して、その言葉を誓ってほしいかな。簡単だよ、言うだけだから」
『黄衣の魔女とその騎士を視界に入れないと誓う』
「おい、それって……」
ヒューゴ君が何かに気付いたのか、私を諌めようとしている。
彼を牽制するために口元に人差し指を当てて、笑顔で沈黙を促す。そうしたら彼が後退りを始めたので、ちょっと傷ついた。私の笑顔が怖かったのかな。
彼らは私が指示した言葉を口に出すと、一言も発さないまま亡者のように家を出て、暗い夜道を列になって歩いて行った。
散らかった家の中をどうしてやろうかと思っていると、後ろからヒューゴ君が尋ねてきた。
少し怯えたような話し振りで明らかに私に対して萎縮してしまっているようだ。
「さっき彼らに言わせた言葉って、もしかして『魔女の呪い』か?」
「そうだよ」
「リリベル……」
「彼らは一生私たちを認識できない。恐怖の対象を思い出さなくて済むのだから幸せなことだよ。ただ、その代償として一生物ごとを記憶できないようになるけれどね」
「それって今までの記憶も……」
「なくなっただろうね。彼らの中身は空っぽで、最早ただその瞬間を生きているだけの人間のような何かだよ」
「何もそこまでしなくても良かったんじゃないか」
今の私は彼に意地悪をしたくてしたくて仕様がない。彼の心の内を見たくて見たくて仕様がなくて意地悪な質問を無意識にしてしまう。
「君は自分が死ぬかもしれないのに、相手を無力化させる手段を選別したね?」
「それは……」
「彼らの命を重んじたね?」
やっぱり図星だったようで、彼は言葉が吐き出せなくなってしまった。
私は彼の次の言葉を待ってあげることにした。あくまで威圧感を出さないように笑顔で彼を待つ。
「すまない。どうしても人を殺すのが怖いんだ。生き物を刺す感触や、炎の魔法で焼いた時の飛んでくる皮脂、悲鳴が想像しただけで怖いんだ。何より人は死んだらそれで終わりなんだ」
「リリベルは死が終わりではないけれど、俺たち普通の人間は死んだらその先はないんだよ。何もないんだ。だから無闇に人を殺したくないし、かといって殺されたくもないんだ。それで迷いが生まれたんだと思う」
やっぱり彼のネジは外れている。
命の選択を迫られている状況で、自分の命も相手の命も両取りしようとしていたなんて思わなかった。
「困った人だね。そうしたいのならもっと強くなることだよ」
「そうだな……。本当にすまない」
その思想は本人が強くなればきっと実現できるのだろうけれど、きっと君は弱かろうが強かろうが、昔だろうが未来だろうが、どのような状況だろうが、その思想を優先させて曲げることができないのだろうね。
言葉では謝っているけれど、次同じような状況になっても全く同じことを繰り返すだろうね。
彼の望む言葉は全て心地よく聞こえるけれど、それが原因で彼に死んでもらったら非常に困る。
さて、どうやって彼に殺人を犯させてその思想を捻じ曲げさせてみようかな。
ああ、新たな楽しみが生まれて愉快になってきた。
『ふふん』
愉快だなと思っていたのに、急に変な汗が噴き出してきた。
何が原因なのかと自分の身体をまさぐってみると、肩に手が当たった時に気付いてしまった。
肩の骨が外れているか折れているようで、触った瞬間激痛が走った。激痛と共に私の背筋は一気に伸びてとても姿勢が良くなる。
「いだだだだだ!」
「え?」
『ふふん』
彼に気付かれないように慌てて平静を装い、さっきまでの痛みをとりあえず引っ込めることはできた。
後で回復魔法をかけておかないといけない。
どうやら彼を虐めた罰が当たってしまったみたいだ。これは反省しないといけない。
「な、なんでもないよ。さあ夕食の続きをしよう。君が強くなるために明日からたくさん訓練をしないといけないね」
私はヒューゴ君の手を取って荒れた食卓を一緒に戻すことにした。




