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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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考えるな

 怖くて慌てて老婆のいた家から去ってしまった。


 特にやましい気持ちは無かったのだが、気分は落ち込んでいる。

 だが、少なくとも老婆の身体の調子が悪いようには見えなかった。

 そうでなければ、どたどたとすごい足音を立てて全開だった窓際まで走り込んできたりしないだろう。




 それでも、あの老婆が気になっていた。

 直前にオルラヤから病の話を聞いたから、あの怪しげな老婆と何か関係があるのでは無いかと思ったのだ。


 何せ俺は普通の者が到底巡り合わないような事象にいとも簡単に巡り合えてしまう体質になってしまったのだ。

 先程の老婆が今回の件に無関係であると心から否定できない。




 だから、(きびす)を返してオルラヤたちがいる屋敷に向かった。


 しかし、屋敷を守る衛兵に追い返されてしまった。


 交代してしまったのか、俺が来た時とは違う衛兵がそこにはいて、俺の顔を知らない彼等は「白衣(はくえ)の魔女は今忙しい。日を改めてまた来られよ」と、衛兵としては至極当然の対応で追い返した。


 屋敷の中で起きていることを考えれば、普通に考えて通してくれるはずが無い。




 せめて何か情報が欲しくて、衛兵に顔を寄せて声を潜めて質問をしてみた。


「俺は白衣の魔女の知り合いだ。少し気になることがあってここに来たが、貴方たちが知っていたなら是非教えて欲しい。流行り病と魔力酔いの症状についてだ」


 秘匿されているはずの情報を出せば、もしかしたら彼等は対応してくれるのでは無いかと思った。可能性が低いことは分かっていたが、その可能性に賭けたかった。

 しかし、2人の衛兵は俺の言葉に一瞬動揺を見せたが、すぐに毅然とした姿に戻って返事した。


「悪いが我々から貴方に何かを話すことはできない。特に、貴方が話そうとしている内容については……」

「白衣の魔女の知己(ちき)であられるなら、尚のこと本人に直接伺って欲しい」


 彼等には町を混乱に陥れないために、秘密を守る(めい)を受けているはずだ。職務を全うしようとしている彼等にこれ以上迷惑はかけられない。


「分かった。仕事の邪魔をしてしまってすまない」

「此方こそ力になれず申し訳ない」




 彼等の言う通り、明日、改めてオルラヤに聞くとしよう。

 そう決心して、今度は脇道に寄らずにリリベルたちがいる場所へ戻った。






 町の出入り口に近い所に、馬宿がある。

 馬車も一緒に置かせてもらうことができる、馬車を日常的に使う必要がある我々にとっては便利な宿だ。


 その宿で2部屋借りていて、その内のひと部屋には俺とリリベルが泊まっている。はずだった。




 リリベルはもうひと部屋の方でリリフラメルと共に過ごしている。


 彼女から俺と同じ部屋で寝たくないときっぱりと断られてしまったのだ。




 オルラヤの依頼を伝えるために、リリベルとリリフラメルがいる部屋に入ろうとしたら、リリフラメルが扉の前で立ちはだかり、俺をそれ以上部屋の中へ入れようとはしてくれなかった。


 リリベルは中にいるらしいが、なぜかリリフラメルが通してくれない。

 訳を聞いても「腹が立つけれど、お前を部屋に入れる訳にはいかない」と返ってくるだけだった。


 何がなんだか分からないまま、それでもオルラヤの依頼に対する返事を聞きたくて、部屋の奥にいるであろうリリベルに聞こえるぐらいの声で内容を伝えた。


「分かった。病源についてはお前に任せる。だってさ」


 返事が返ってきたのはリリベルからでは無く、リリフラメルからだった。

 なぜかリリベルが直接話さず、リリフラメルを介してリリベルの意向を伝えてきたのだ。

 その回りくどい会話の仕方にリリフラメル自身も苛立っている様子だったが、珍しくリリベルの言うことに従っていた。


 もしかして、やはり彼女の体調が悪いのでは無いかと心配になってリリフラメルを問い詰めるが、彼女は俺をひと睨みしてから身体を押し込んで俺を扉の外に追いやってしまった。


「腹が立つ程元気だよ。まったく……」


 そう言って無理矢理会話を締められ、彼女は扉を強めの勢いで閉じた。




 今までに無い初めてのリリベルの対応に、動揺を隠すことができなかった。




 今は傷だらけの心を癒やすために、1人でヤケ酒に勤しんでいるところだ。


 2台あるベッドのうち、1台は既に占拠されている。


 占拠者は夜衣(よるえ)の魔女の弟子ラルルカ・アルゾニアという黒髪の女の子だ。


 鏡だらけの城で彼女を拾ってからもう1ヶ月程は経つが、未だに目を覚ましていない。

 リリベルが治癒魔法を詠唱して、表面上の傷は癒やしたはずなのだが、それでも彼女は目を覚まさなかった。


 いつかの俺のように魂だけが地獄に飛んで行ってしまっているのかと思ったら、リリベル曰く違うとのことだ。

 リリベルは、俺の魂を取り戻すために、地獄の王の1人ヤヴネレフと約束を交わしている。その約束をより強固なものとするためにヤヴネレフの魂を人質として身に宿している。

 彼女は自身の中にあるヤヴネレフの魂に呼びかけて、直接質問をしたのだそうだ。


 現実離れしたとんでもない話だし、地獄で散々酷い目に遭わせてきた地獄の王に対して、気軽に話ができるリリベルはとんでもない度胸を持っていると思った。


 そのヤヴネレフに質問した結果、ラルルカの魂は地獄には行き着いていないことが分かった。ラルルカの身体には、今も魂が定着していているはずなのだ。


 だから彼女が目覚めないのは、何か別の要因があるという結論に至った。




 もしかしたら、彼女には目を覚ますことができない病か傷を身体の内に負っているのでは無いかと思った。

 それは、リリベルが詠唱した魔法でも治せない何かがあるということになる。


 その想像は口が裂けてもリリベルに相談できなかったが、幸か不幸かリリベルが俺を避けているおかげで、彼女からはラルルカのことについては一任すると言われている。


 だから、オルラヤが抱えている問題を解決した後は、彼女にラルルカを診てもらおうと考えている。




 ラルルカの心臓は確かに動いていて、呼吸も自発的にしている。

 だからこそ彼女に与えなければならないものがあるし、彼女から出てくるものもあって、それを処理しなければならない。


 その処理をするにあたって、ラルルカの身体を無防備な状態にする必要があるのだが、世話をしている間は常に恐怖しか感じない。

 リリベルが、ラルルカを世話する俺の姿を見て激昂しないかとか、ラルルカ自身が目覚めて俺に更なる殺意を湧き上がらせてしまわないかとか。

 恐怖を現実にする可能性はいくつもあって、心臓は常に周囲の状況を気にして跳ね回っている。下手したら口から心臓が出て来てしまうのではないかと本気で思ったこともある。




 たまにラルルカの顔を覗いたりして様子を見ているが、彼女は目を閉じて寝ているのに、眉間は少し険しく見える。ずっとこの状態だ。

 それが俺とリリベルに対する復讐心を常に心に抱き続けた結果だとしたら、罪悪感で一杯になる。


 どの口が言うのかと言われてしまったら返す言葉も無いが、できることなら彼女の眉間の(しわ)を取りたいと思っている。

 罪滅ぼしがしたい訳では無い。


 夜衣の魔女を殺害したその時は、ラルルカには俺たちに対して復讐心を燃やして生きる糧として欲しかった。

 だが、どこかで彼女に心の平穏を取り戻させなければならない。

 彼女の魔女生全てを復讐に捧げさせたくない。


 本当にどの口が言うのかという話なのだが、それが今のラルルカに対する俺の想いなのだ。


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