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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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見るな3

 そんなオルラヤが完全な治療はできないと言った原因が、患者たちに本来人間に備わっていない臓器が含まれていることだ。

 そのあり得ない臓器が現在、どのような役割を果たしているのか分からない。

 もしかしたら、生命維持に必要不可欠な物に変化してしまっているかもしれないと彼女は危惧した。


 たまたま俺たちと出会ったことを幸運と思った彼女は、リリベルをこの屋敷に呼び入れて、彼女の知識を参考に臓器を取り除きたかったようだ。


黄衣(おうえ)の魔女さんが持つ知識は、ただ幅広いだけでは無くて深いです。外の世界を知らない私に足りなかった知識と経験を、黄衣さんの力を借りて補いたいです」


 彼女はクロウモリの手を引っ張って、俺の耳元までやって来て更に続けた。


「ヒューゴさんにもお願いがあります。この方たちを治しても、病源を排除しなければ、新たに苦しむ人を生むだけです。無垢な人々の人生が失われるのは嫌ですから、病の元を断つお手伝いをお願いしたいです」


 クロウモリもうんうんと頷いてオルラヤに同調して、羨望の眼差しで此方を見ているようだった。




 当然、俺は医療に詳しい訳では無い。

 病の源を探し当ててくれと言われても、到底役に立つとは思わなかったが、余りにも俺の良心に語りかけるものが多くて断ることなど到底できなかった。


 それでも、「念のためリリベルに一言確認させてくれ」と1度断りを入れた。

 きっとリリベルは「良いよ。ヒューゴ君の顔にオルラヤとクロウモリ、そして町の人たちをどうしても助けたいと描いてあるのだもの。断ることなんてできないよ」とか言ってくれるだろう。




「お礼はします。良い返事、お待ちしています」




 屋敷を出てから、深い深呼吸を何度もした。


 オルラヤはこれから、俺が最初に見た患者の中身をあるべき場所に戻す作業を始めるそうだ。


 俺がしてあげられることも無いし、作業の様子を見ても粗相(そそう)を起こして皆の迷惑になりそうだったので、リリベルたちのもとへ戻ることにした。

 あの患者が無事に元の姿に戻ることを祈るしかない。




 それにしても、食事をとってすぐにああいったことができる2人には、頭が下がるばかりだ。


 俺の方は、しばらく食事がすんなり喉を通ってくれるか心配だ。


 リリベルもオルラヤもクロウモリも俺より遥かに胆力があって羨ましいとさえ思える。






 道中の町並みを見ていると、確かに地下の下水道に繋がる階段がいくつもあった。

 階段は4本の足組と1枚板の天井だけの簡素な小屋の下に蓋で隠されていた。

 小屋には看板が取り付けられていて、この通りの名前を示す文字を含めて、何とか通り下水道入口と書いてあった。


 普段から見張っているのか、それとも流行り病が起きてから見張り始めたのかは分からないが、小屋の前で2人の衛兵が、周囲に怪しい者がいないかを探るように目を光らせていた。


 その様子を見て、この町は人々の暮らしを第一に考えて動いていると思った。

 他の町では見られない、珍しい建物がいくつもあった。本当はその建物の中に何があるのか、どのような用途の店なのか1つ1つ聞いて回りたいところだが、衛兵に不審者として捕えられてしまいそうなので自粛した。




 歩いている内に、何ともなしに近道をしたい気分になった。


 幅の広い通りをこのまま歩いたとしても、特別時間がかかる訳では無い。

 ただ、一種の冒険心が芽生えたとでも言えば良いだろうか。とにかく、わざと通りの道から外れた小道を通って、目的地に向かおうと思った。


 袋小路なら諦めて通りの道に戻って行けば良いし、町の区画が綺麗に整備されていることもあって、道に迷ったとしてもすぐに元の道に辿り着くことができるという自信があった。

 冒険心の火を消す理由が特に思い付かなかった所で、俺は1番近くの小道に入ってみた。




 普通なら建物と建物の間の脇道は薄暗くて、治安について一抹の不安を覚えてしまうものだが、ここは昼だと言うのに灯りが付いていて明るい。

 灯りを照らし続けるのに、定期的に巡回する誰かがいると想像すると、脇道を通ることに不安を覚えにくいだろう。


 そもそもすれ違う人が多いし、何だったら子どもたちが遊んでいる様子も見受けられる。

 通り程の活気は無いが店を開いている建物だってあった。本当に治安は良いのだろう。




 あちこちで人の声が聞こえる中をしばらく歩いていると、窓を大きく開けた建物があった。

 通路に飛び出た窓は、そこを通る者からすれば邪魔以外の何ものでも無いが、避けて通れないことは無い。


 その全開の窓の前を通りながら、また何ともなしに不意に家の中の様子を覗いた。

 人がいるようには見えなかった。

 家の中はごくありふれた家具が並べられていて、奥には部屋に出入りする扉が開けっ放しで、扉の向こう側の廊下が見えていた。

 特に気になる点は無かった。


 だから、家の中の様子に対しての興味はすぐに失われて、視点を他の場所に移すつもりだった。




 丁度、全開の窓を通り過ぎ去ろうかというところで、呻き声のようなものが聞こえてきた。


 どこも活気に溢れた声を響かせている中、活気とは正反対の声色を聞けば当然興味も湧く。

 もしかしたら、気分の優れない者がいるのかもしれない。その人が助けを求めているかもしれないと思うと、放っておく気にはなれない。


 勘違いであれば良いが、念のため呻き声がもう1度聞こえないか確認することにした。


 窓の側の壁際に寄りかかって、周囲の音に集中する。




 大人たちの談笑する声。


 子どもたちが遊びで使う独特な言葉を叫ぶ声。




 そして、それに混じって小さく呻く声がやはり聞こえた。




 小さく呻くような声が俺の位置から聞こえたということは、声の主は近くにある。

 見える通路を見渡しても、皆普通に歩き回っていて、とても呻きそうな様子には見えない。


 それなら家の中から聞こえているのかもしれないと思った。

 そう思った時に、すぐ隣にある全開の窓が気になってしまった。




 開いた窓の下を潜ってから、ゆっくりと部屋の中を様子を窺った。




 耳を向けて中に音を集中し続ける。


 すると、呻き声が家の中から聞こえてきたことが分かった。

 明らかに苦しんでいる。


 窓が全開で良かった。そうでなければ、この音を聞き逃していただろう。


 急いでこの家の出入り口を探そうと、身体の向きを変えようとしたその瞬間、視界の端にちらっと動くものが見えた。




 だから、呻き声の主がやって来たのだと思って、すぐに顔を向き直した。




 何なら声をかけようと思っていた。




 部屋の奥の廊下から、(こうべ)を垂れたままゆっくりと歩む者が見えた。


 長い髪を後ろで結んでいて、背格好から老婆だと思えた。

 その老婆は非常にゆっくりと床を擦るように歩いていた。


 頭の垂れた口からは、ポタポタと何かが(したた)り落ちていて、明らかに健康そうには見えない。




「大丈夫ですか」と一声かけるつもりだった。

 だがそれを止めてしまったのは、呻き声だと思っていたものが呻き声では無かったからだ。


「……るなぁ……見るなぁ」


 老婆は連続で同じ言葉を呟き続けていたのだ。

 健康とか不健康とかそういう話では無い異質さを老婆に感じた。




 あれだけ動きの緩慢だった老婆の首が、急に窓の外に向かってぐりんと動いたのを捉えて、俺は慌てて姿を隠した。


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