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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第13章 笑わぬ者には戦いを
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見るな2

 本来その者に見合った魔力量に釣り合わない魔力が供給されて、それによって悪い結果をもたらすことから、不調和という意味を指して『ディスコード』と呼ぶようになった。


 魔法をその身に受けて魔力酔い(ディスコード)が発生した場合は、魔法の効果をより強く受けることになる。

 だから詠唱者が外の力を借りて、本来自分が扱うことのできない魔法を放ったりすれば、自身に害を及ぼす羽目になる。

 魔力をより必要とする魔法を詠唱すればするほど、自身にも相手にも与える影響は大きくなるという訳だ。


 だから、魔女とか魔法使いといった類いの者たちは、魔力酔いが起きないように各々が鍛練を積んでいる。

 例え自身の力量以上の強大な魔法を扱ったり、相手から魔法を受けたとしても、彼等の最低限の身だしなみとして魔力酔いは起こさないよう避けるのだ。


 彼等が魔力酔いを避ける理由は、害が起きることよりも矜持が先になっている。

 魔法を扱う者たちの世界では魔力酔いを起こした者たちは、半端者の烙印を押されるのだ。


 剣の世界であれば、鍛練を積んだだけではただの半人前で、誰かを殺して初めて一人前とか言われるが、それと同じようなものなのだろう。


 だからこそ、賢者の石を欲する者が後を絶たないのだとも思う。

 アレは魔力不足だとか魔力酔いだとか、己の力量と関係無くあらゆる魔法を生み出せる。魔法を扱う者だけでなく、魔法の知識の無い者たちにとっても夢のような代物なのだ。

 賢者の石絡みで散々酷い目に遭った俺にとっては、関わり合いたく無い代物ではある。




 オルラヤとクロウモリの後を付いて行き、重度の魔力酔いを引き起こした者に出会った。

 見てみたいと俺の方から願い出た訳では無いのだが、せっかくだから見て欲しいと言われて半ば嫌々で付いて来た。




 町中にある大きな屋敷に到着すると、扉の前には2人の衛兵が見張っていた。

 俺のような得体の知れない者でも怪しまれることなく入ることができたのは、白衣(はくえ)の魔女の信頼が厚いことが窺える。


 それでもオルラヤは「彼等は誰も心の底から私を信頼していないと思います」と言った。

 昔から受け継がれてきた悪い印象が深く刻まれていて、魔女という存在そのものが恐れられる要因となっているのだろう。


 一般の者たちからの印象として、白衣の魔女の好感度が1番高い魔女だと思っているが、彼女をもってしても心からの信頼を勝ち取ることは難しいようだ。




 そのまま屋敷の中の患者がいる部屋に案内されたが、部屋に入って一目見た瞬間、衝撃を受けた。


 ベッドの上にいた患者は、ほとんどが包帯で巻かれていて見える素肌は少ないが、どこも肉肉しい。

 顔に関しては、目鼻口の境界が曖昧で、表面には溶けた蝋が押し固められているのかと思ったが、溶けた肌の名残りだと彼女は説明していた。

 炎で身体を溶かされた者を見たことがあるが、それより酷い。


「この傷を完治させることは難しいと言ったのは、完全に元の状態に戻すことができないからです」

「これだけ酷く溶けてしまったら、そうだろうな……」

「いえ、溶肌(ようき)自体を治すことはできます」




 では、一体何を治すことができないのかと尋ねると、クロウモリが分かりやすいようにと絵を描いて、オルラヤがそれをもとに説明してくれた。


「簡単な所から挙げると、顔ですね。この方の元々の顔を復元しようにも、完全に再現などできないのです」


 それはそうだろう。

 この患者の元の姿を知る者に、「どういう顔をしていたか?」と聞き回っても、恐らく完全に一致することは無い。

 誰かは鼻がもっと高かったと言うだろうし、目はもっと離れていたと言うだろう。


 だが、彼女の「再現」という言葉は、俺の想像していたものとは違っていたようだ。

 クロウモリが描いてくれた絵が魔力酔いの異質さを教えてくれた。


「今、この方の顔の下には、心臓があります」


 クロウモリが描いた顔の下にはいくつもの臓器が描かれていた。

 口の所には舌があるはずだが、彼の絵では何か違う物が描かれている。独創的な絵を描いている訳では無く、本当にこの目の前の患者の状態がそうなのだと、2人は真面目に語った。


「重度の魔力酔いを引き起こすと、本来あるべき場所にある物が変形して別の場所に移動したり、無いものが生えたりします」


「この方は人間ですが、地下道で見つかった段階では、人の形すらしていませんでした」


「変形して別の場所に散らばりくっついてしまった手足をどうにか引き剥がして、人本来の位置に戻してみましたが、それでもこのようにあべこべになってしまっているのです」




 この患者には申し訳ないが、正直に言うと今、吐き気がある。


 人間なのに頭には心臓がある。

 口と歯は肩にある。

 頭には本来脳というものがあるが、それは左脇腹にある。

 目は胸にある。

 人間には備わっていないはずの臓器が喉にある。


 俺の目には異形の存在にしか見えない。


 ぐちゃぐちゃな状態になっても、それでも生きているとオルラヤに言われたが、果たしてこれが生きていると呼べるのか、もう分からない。




 包帯の隙間から覗かせた胸の目がぎょろっと動き、此方の様子を捉え始めた。



 その視線を受けただけで、俺はもう耐えられなかった。

 せめてこの場で吐くのだけは阻止しようと、慌てて部屋の外に出て、天井を見て深呼吸を続けてみた。


 部屋を出てきたオルラヤとクロウモリが、俺のことを気にかけるように補足してきた。


「安心してください。同じ状態であったもう二方は、ほぼ元の形に戻すことができました」




 気分が落ち着かないまま、2人に連れられる形で隣の部屋に案内されると、今度は部屋に入るなりベッドから迎え入れられる声が聞こえた。


「ああ、魔女様。こんにちは」

「こんにちは。調子は如何ですか」

「はい、とても良いです。魔女様のおかげです」


 クロウモリと手を繋いだままオルラヤは患者の横にまで来て、患者の状態を診始(みはじ)めた。


 先程までの吐き気は嘘のように消えてしまっていた。


 患者は女性であるということがすぐに分かるぐらい、見た目は良く見る普通の人間だった。

 左肩が肥大化した状態ではあるが、先程の患者と比べて、明らかに人の形をしていると思った。


 だから俺は白衣の魔女をすごいと思った。

 とても人の形をしていたとは思えない程の肉肉しい塊を、再び人の形にして、今も平然と2人で会話ができる状態に戻してみせたということが信じられなかった。




 俺がもし彼女の立場であったら、とっくに彼等の命を見捨てたであろうと思うと、見捨てずに救おうとした彼女が女神のように感じた。

 黄衣(おうえ)の魔女に代わって、新たに『歪んだ円卓の魔女』の1人となった白衣の魔女オルラヤ・アフィスティアには、なって然るべき力を持っているのだということが改めて分かった。



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