見るな
俺達がいる飲食店では本来、飲み物しか提供されていない。
別の場所で営まれている菓子店から菓子だけをこの店に届けてもらって食しているのだ。
菓子を売る店は菓子だけ、スープを売る店はスープだけ、パンを売る店はパンだけしか売らない。
この町の規則によって、決められた範囲内で特定の品だけしか売ることができないのだ。
競合する店を作らないことで、店の利益を確保する狙いがある。
そのような決まり事を作るぐらいこの町は広い。
オルラヤとクロウモリは、黒衣の魔女の足跡を探してあちこちを旅している。
だから、ワムルワ大陸を主な活動拠点とする魔女協会に属する他の魔女と違って、2人は大陸の外でも大っぴらに活動している。
彼女たちがここにいる理由は、黒衣の魔女と関係してのことなのだろうと思って仔細を聞いてみた。
2人ともケーキに夢中なので、口の中にそれが入った状態で聞き取り辛かった。
「ほほにはひひょうにはっはつしたげふいどうがあふほほをひっていまふか?」
食べ終わるまで待つことにした。
「ここには非常に発達した下水道があることを知っていますか?」
この町は人口の多さから下水道整備に力を入れて取り組んでいる。
かつては川に直接汚水を流していたため、町中は悪臭と虫湧きが酷かった。当然、汚れた水と虫は病を媒介する。流行り病だって起きやすくなる。
そこで川に汚水を直接流さないように蓋付きの側溝を作った。
だが雨等で汚水が溢れ出ることがあって、効果は限定的だった。
その対策として今度は、簡単に溢れてしまわないように大きな下水道を地下に作った。
人間が余裕を持って歩くことができる程の大きな地下道で、余程の大雨にでもならない限り汚水が溢れて悪臭や虫湧きに悩まされることは無くなった。
町の流行り病も減ってめでたしめでたしという訳だ。
だが現在、下水道の整備不足が原因で発生したかつての流行り病が再びこの町を襲っている。
「罹患した者はまだ3人しかいませんが、かつてこの町に蔓延っていた病が再来したと知られたら、きっと、すごい騒ぎになります」
「病に罹った者が出た時点で噂になるのでは?」
『町の者には知られていない秘密の情報です』
クロウモリが素早く紙に書いた文字を指差して俺に見せた。
秘匿された情報を2人が知っているということは、彼等は間違い無くこの件に関わっていることを示す。
その確認を行うと、オルラヤが拳を胸に叩きつけて自慢をするように話してきた。
「ぬふん、私に治せない病はありませんから」
『白衣はこの町の為政者に依頼されて病を治しています』
オルラヤが『白衣』という冠を魔女協会から貰って名乗り始めたのは、1年程前の話だ。
所謂新人魔女なのだが、それでもこういった普通の町の者にも知られているのは、彼女が得意とする魔法にあるだろう。
今まで知識として溜めてきた傷病を癒やす魔法を、彼女は嬉々として披露してきた。病を治されて感謝しない者はいないし、噂を広げる者はたくさんいるだろう。
リリベルに負けず劣らず見た目の主張が激しい魔女だし、旅をして回っているということもあって、噂は驚く程広がっているみたいだ。
病を癒やす魔法は、リリベル曰く高度な魔力制御を必要とするのだ。
だから魔法を扱える者自体の数が少なく、俺が風邪になった時はリリベルでさえ医者を呼ぶ程だった。もっとも今の彼女は、白衣の魔女から病を癒やす魔法を習って知識を得ている。
「ただ、いくつか気になる点があるのです」
おっとりとした声色だが、少しだけオルラヤの目つきが変わったように感じた。
「病になった3人が見つかった場所は、地下の下水道なのです。そして、彼等は病に冒されたと共に魔力酔いを起こしていたのです」
魔力酔い、若しくは魔力狂いと呼ばれるその状態はリリベル先生の授業で習った知識だ。
その者が持つ魔力菅の容量の限界を超えて魔力を得ようとしたり、魔力の耐性が無い者が魔法をかけられた時に起きる現象だ。
起きる現象は種族によって違うらしいが、大半の場合は身体が崩壊、変形を起こし、精神を破壊する。
実際に身体を崩壊させた者を見たことは無いが。
「それは……何者かによって魔法を詠唱されて、魔力酔いと病に冒された可能性があるということか?」
「その可能性は、あると思います」
なるほど。
だから2人はこの町で滞在して詳しく調べているという訳か。
彼女たちの話を聞く限り、黒衣の魔女が事件を起こした可能性は、非常に高いと言えるだろう。
ちなみに魔力酔いによって崩壊した身体と精神は、オルラヤでも完治させるのは難しいそうだ。軽度であれば彼女の力で治せるそうなのだが、重度の魔力酔いは見た目も中身もぐちゃぐちゃになってしまうらしい。
そう、本当にぐちゃぐちゃなのだ。




