離れるな
白衣の魔女オルラヤ・アフィスティアに会うのは久し振りだ。
ましてやワムルワ大陸の外、エクラータで会うとは思いもしなかった。
オルラヤはいつもの如く、クロウモリという男とほぼ隣り合わせで座っている。
オルラヤもクロウモリも背の高さはリリベルと同じぐらいで、一見すると子どものようにしか見えないが、2人とも俺より幾つかは人生の先輩である。
ただ、人生の先輩といっても、やむを得ない事情で時間が止まっていた分があって、それを差し引けばリリベルと同い年になる。
ややこしいが、結局は子どもの認識で良いかもしれない。
オルラヤはリリベルに負けず劣らずの目立つ出立ちをしており、これまで会ってきたマルム教の司教のように全身がほぼ白で包まれている。
その衣服も特殊で見たことが無い。
ローブのような大きな1枚布を何枚か重ねて身を包み、余分な部分は前でとじている。布地はかなり分厚く、足元部分の方はうっすらと花の模様が描かれていて、いかにも高そうだ。
だがこの出立ちではすぐに布がはだけて素肌が晒されてしまう。それを阻止するために腰の辺りに帯を巻いていて、終わりを後ろで結んでいる。
そして他の魔女の例に漏れず、その衣服の上に白いフード付きのマントを纏っている。
また、足に履いている物もただの靴では無くて、厚い板の上に2本の紐が浮かせて取り付けられており、そこに足指を通すことができる作りになっている。
1本は親指を通し、それ以外はもう1本の紐に全て通るようになっているため、履いている靴下も親指と人差し指の間だけ分かれた作りになっている。
首元まで伸びた髪は白いのだが、白髪の自然な白さと違って、色が抜け落ちたのかと思うぐらいに不自然な白色をしている。綺麗ではあるが少しの不気味さを感じる。
肌は白っぽいが血の通りが良いのか、やや桃色がかっている。リリベルよりは健康そうだ。
勿論、目の色も白い。その目の白さが原因なのか、生まれた時から遠い物が見え辛く、また太陽の光がいつも眩しく感じすぎて陽の下で長時間活動するのは苦手なようだ。
日差しが強い時は必ずフードをかぶっているというが、森と霧に囲まれているここではその必要も無いようだ。
話し方は基本的に落ち着いているが、自身に興味のある話題になると、途端に興奮してリリベルみたくなる。
ちなみに、ここで言う「リリベルみたくなる」は、決して悪口では無い。
彼女は幼い頃から重い病を患っていた。その病のおかげで本来は、外を出歩くこと等決してできない身体だった。
家の内で大人しくするしか無かった彼女が、魔法の研究と盤上遊戯を極めることはそう難しい話では無かった。
だが、病状は日増しに酷くなっていき、やがて明日を生きられるかも分からないというところまできた時に、彼女は1つの決断をした。
死を恐れた彼女は魔女の呪いを自身にかけたのだ。
正確には別の魔女から呪いをかけるよう依頼した。
その魔女の呪いによって自身の延命には成功したが、代償として言葉を失った。話すことができなくなってしまったのだ。
彼女にとって言葉を失うことは、死ぬことと同義であった。
彼女が死を避けたかった最も大きな理由は、恋をしたかったからだ。
だが言葉は意思を伝達し合う手段として、最も効率の良い手段で、彼女はその手段を呪いによって失う羽目になった。
言葉が話せなくなると相手に知られた時点で、恋をする機会は各段に減るだろう。
初めて彼女の生い立ちを聞いた時は、作り話だと思って信じられなかったが、彼女は至って真面目に恋をするために死を回避したかったのだ。「1度も恋をしたことが無いのに、死ねる訳が無い」と真顔で言われたのを今も覚えている。
「これが『しふぉんけーき』と呼ばれるお菓子ですか。ふわふわしていますね」
ではなぜ、目の前にいるオルラヤがなぜ言葉を発しているのかというと、それはクロウモリのおかげだ。
魔女の呪いで延命に成功した彼女だったが、結局身体の弱さはそのまま残っていて、気軽に外に遊ぶことができるような状態では無かった。
その時に、オルラヤはクロウモリと出会った。
クロウモリはとある魔女を探し見つける旅をしていて、各地に潜む魔女を探し回っている時にたまたま彼女の家に来たというのだ。
彼はオルラヤを死んだ妹に重ね合わせて、彼女のことを気にかけるようになり、彼女にかかる魔女の呪いの秘密を知ると、呪いをかけた魔女にすぐさま直談判をした訳だ。
直談判と言っても、彼の暴力による解決だったみたいだ。
その魔女にも、オルラヤの魔力を利用したくて罠を仕掛けたという事実があって、決して魔女がとばっちりで暴力を受けた訳では無いのだが、とにかくその一件で魔女の怒りを買う羽目になってしまった。
魔女の怒りを買った2人は、更なる呪いをそれぞれにかけられてしまったのだ。
オルラヤには、言葉が話せるようになるが、クロウモリと物理的に距離が離れると心臓が破裂する呪いを。
クロウモリには、自身の血がオルラヤにとっての万能薬になる代わりに、言葉を話せなくなる呪いをかけられている。
だから、オルラヤとクロウモリは常に身を寄せ合っていて、いつも手を繋ぎ合っている様子が窺える。
傍から見れば、随分とお熱い2人に見えるが、実態はオルラヤは常に死と隣り合わせの大変な状況なのだ。




