鏡の外
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奈落の底と言うのに相応しいぐらいに下に落ちて、落ちた先は結局大鏡があった部屋だった。
城の外の様子を見るために外に出て、初めてここが元々の世界だということが分かった。
鏡の中の世界にいた人たちは皆、あの大鏡があった部屋にいたみたい。
地下の牢屋に囚われていた人間とエルフたちも皆いたから、部屋はすごく混雑していた。
鏡の中の世界が崩壊して、危うく私たちはこの世のものでは無い場所に取り残される所だったけれど、ヒューゴ君のおかげでそれは回避できた。
彼は、鏡を具現化したのだ。
鏡から私たちがいた世界に侵入して来たのだから、鏡があれば脱出できるのではないかという意図でもってそうしたみたいだね。
当然、鏡を作っただけで脱出できるような簡単な話では無いよ。
世界と世界を行き来する門を作るのだから、緻密な制御の元、鏡を作り出さなければいけない。
なんて思っていたのだけれど、実際は簡単に脱出できてしまった。
彼の具現化した鏡が、偶然世界を行き来する門の役割を果たせるすごい物で、脱出することができた。
文字面で言えば簡単に片付けられてしまうけれど、これを単なる偶然で済ませて良いものか悩みどころだね。
確かに彼は普通ではあり得ないことを引き起こせる性質を持ってしまったすごい騎士だ。幸運だとか不運だとかでは言い表せられない領域にまで達する程の奇跡を起こすことができるのだ。
でも、彼が引き起こすあり得ないことには、あり得ないを実現させるための過程がある。辻褄合わせの事象とでも言えば良いのかな。
どんなにおかしな出来事でも、そのおかしいを最小限まで軽減してギリギリ納得できるような現実が過程として生まれていく。
鏡を具現化してみたら偶然元の世界に戻ることができました、なんて奇跡を彼は引き起こさないし、引き起こせない。
ヒューゴ君に呪いをかけた張本人だからこそ、誰よりもヒューゴ君の性質は理解しているつもりさ。
だから、彼以外の何らかの力が加わったのだと私は推測しているのさ。
おそらく、その誰かさんは鏡の世界にいた誰かさんに用事があって、元いた世界に引き戻す手伝いをしたのだと思う。
その相手が私なのか、ヒューゴ君なのか、ラルルカなのか、それとも別の誰なのか、それは分からない。
疑問は残るけれど、無事この世界から脱することができたことを良しとした方が良いのかもしれない。
元の世界に戻った城は惨憺たる有様だったね。
どうやら私が大暴れしていたみたいで、値が張りそうな豪華な調度品や城主お気に入りの鏡は破壊の限りを尽くされていた。
生真面目なヒューゴ君は当然弁償することを提言してきたから、彼の言う通りにお金を支払った。
おかげでほぼ文無しだね。
けれど、また魔力石でも売ればすぐにお金の当てはつくから、そこまで危機感を覚えることでは無い。
危機感を覚えなければならないのは、ラルルカに対してだ。
彼女の可愛らしいドジによって今回の企みは失敗し、結果として彼女は命を繋ぎ止めた。
未だに私とヒューゴ君に対する恨みを持った彼女が、目を覚ました瞬間暴れ回ることは確実だろうね。
意識を失っている今の内に彼女から逃げるという手はあるけれど、影伝いに私たちの位置を補足できる魔法があることを考えると、その手は時間稼ぎにしかならないかな。
最善の方法は、彼女が眠っている今の内に殺してしまうことだ。それで簡単に私とヒューゴ君を悩ます種が1つ減る。
でも、私もヒューゴ君も彼女を殺すという手段は取らない。取ることができない。
ヒューゴ君は彼女のことを心配していて、私は彼女に興味を持ってしまった。
ラルルカという魔女を気に入ってしまったのだ。
「酷い目に遭った……」
「随分と血だらけになったね」
「五体満足の身体に戻るために、何十回と殺された」
彼は失った目を取り戻すために、不死の力を使ってエリスロースに殺され続けた。
彼が持つ不死性は、死ぬ前の状態を保つことで成り立っている。
だから死んだ場合は、その死の要因を避けるべく傷が治った状態で生き返る。
でも彼の両目の傷が死因とならない場合や、死ぬ瞬間に受けた傷でない場合などは、その目の傷が癒えないまま生き返ってしまう。
全ての傷を癒やした状態で生き返るには、連続で死に続けるしかない。
死の要因を避けて生き返っても即座に死んでしまえば、1度目に迎えた死よりも前の死んでいない状態の身体に戻る。
それを続ければ、いつか五体満足の状態に戻ることができる。
傷を癒やす魔法では治せない傷ができたら、なるべく早く死んだ方が死ぬ回数が少なくて済むのさ。
だから、私に変な気を遣って死に遅れたヒューゴ君は、何十回と死ぬ羽目になった訳だね。
「目が元に戻って良かったじゃない。義眼の魔道具の具現化なんて、本来君にしかできない芸当なのだからね?」
会話の流れで、私は身に付けていたマントを彼に手渡す。勿論、直してもらうためだよ。
彼以外に直してもらいたくないからね。
「そういえばラルルカのことなのだが……」
「うん、どうしようかね」
話が更に流れ変わって、今度はラルルカの話題に移った。
きっと彼は、ここにラルルカを置いて逃げても、連れて行っても同じことになると言い出すだろうね。
そして、どうせ同じことになるなら連れて行った方が良いとか言い出すだろうね。
でも、私はそれを否定することは無い。
ヒューゴ君の言葉の心地良さと、ヒューゴ君の意志を尊重したい気持ちと、彼女に対する私の個人的な感情が、否定することを許してはくれないと思う。
「それともう1つ聞いて良いか?」
「何かな?」
「なぜ、先程からずっと俺と目を合わせようとしないのだ?」
さあ。何でだろうね。




