スキのき好
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自分で自分の魔法に当たるなんて思いもしなかったよ。
『瞬雷』で鏡の中に住まう者たちに攻撃をしてみたら、確かにその身体を破壊することには成功したけれど、雷が反射して私に飛来して来ちゃった。
おかげで頭は焼け弾けてしまったよ。
しかも、雷が直撃したからと言って鏡の中に住まう者たちが終わった訳では無くて、割れた鏡の破片はすぐに集まり始めて元の形に戻ろうとし始めたんだ。
まだこの世には完全に生まれ落ちていないからこその能力なのかは知らないけれど、倒した訳では無いことは確かだね。
でも、鏡の中に住まう者たちが元の形に戻ろうと集中している間に、私はラルルカを担いで逃げることには成功したから、決して無駄な行動では無かったね。
破裂した表皮から肉と流血を見せている彼女が生きているのは正直不思議だった。
私よりも優れているところがいくつもあると見せつけられて、そこから生まれた嫉妬と自らの傲慢さに嫌気が差していたはずなのに、こうして彼女を助けたのも不思議だった。
彼女のことを嫌いでは無いと思ったからなのかもしれない。
私とヒューゴ君に復讐するために、努力を重ねて己の才能を開花させた彼女の魔女生を、興味があると思ってしまったからかもしれない。
魔女としての才能に秀でた彼女に対して、悔しいと思ったからなのかもしれない。
彼女がこのまま死んでしまえば、私は彼女に負けた結果を決定付けさせられてしまう。彼女に勝ち逃げされては困る。
私は面倒臭い魔女なのだ。
だから、彼女の傷を即座に癒やした。
彼女を背負って逃げている間にも、彼女に魔法を流し込んで傷を治し続けた。
そして、うわ言のように私に疑問をぶつける彼女の言葉なんて一切無視して、大鏡のある部屋にやって来た。
「まだ生きているかい?」
「良いから……下ろしなさいよ。……何でアンタなんかに担がれなきゃ……いけないのよ」
勿論、言われなくても下すつもりさ。
エリスロースの魔法で即死していないのは、ラルルカの魔女としての才能があったからこそだろうね。
私と同じように外から流れてきた魔力を感知して、咄嗟の判断でエリスロースの血を制御してみせようとした。
攻撃を防ぐまでには時間が足りなかったけれど、それでも即死しないように必要最低限の守るべき部位を守ったのだろうね。
だから彼女の頭と首と心臓辺りは流血していなかった。
あの一瞬で器用なことをやってみせたのだから、ラルルカはやっぱり天才だね。
彼女の頭を撫でてやると、彼女は目だけで私に威嚇をしてきた。
彼女の中にある私への悪感情を少しも隠そうとしない辺り、裏表の無い性格なのだろうね。
裏表の無い性格……。
「リリベル!」
心配そうな声で私の名を呼んだのは、ヒューゴ君の姿をしたヒューゴ君だった。
鏡の形をしていたはずの彼が、いよいよ姿まで同じになろうとしていた。本物の彼と成り代わろうとしている。
「リリフラメルが俺を助けようとして、リリベルに滅茶苦茶なことをしたみたいだが、大丈夫だったか?」
ペタペタと私の身体中を触って怪我の有無を確かめてから、私の身に何も無いことを知ると、彼はすかさず抱き締めてきた。
「愛している。もう離したくない。大丈夫だ、俺がリリベルを絶対に幸せにする」
彼は情熱的に私の身体を弄り始めた。嫌な気分では無いね。
見た目も声もヒューゴ君なのだから、そんなに甘い言葉を囁かれてしまったら私もきゅんきゅんしちゃうよ。
でも、私に口づけを行おうとしてきた彼の口は手で塞がせてもらった。そこまでさせてあげるつもりは無いからね。
偽物の彼には言いたいことがあるのだ。
「60点くらいかな」
「ヒューゴ君はね。そんな風に私を求めたりしない。彼は恥ずかしがり屋だし、私に強引なことをして嫌われてしまうことを気にするからね」
「それにね。ヒューゴ君は『絶対に幸せにする』なんて簡単には言わない。彼はとても悲観的で、中々自分に自信が持てない人間だからね」
「そして何よりも、ヒューゴ君は私が襲われそうになると分かった瞬間、命を懸けてでも私を守ろうとしてくれるのだよ。首の骨が折れようともね」
鏡の中の彼は真逆の性格だった。
それ自体はとても新鮮で、私も悪い気はしなかったかな。
でも、それはヒューゴ君では無い。
未来の彼が楽観的ですけこましのような性格になる可能性が無いとは言えないけれど、少なくとも今の彼は違う。
これは絶対。
「解釈違いだよ、ヒューゴ君」
思えば書物の文字が反転していた時点で、この世界では何が反転しているのかという発想に至るべきだったね。
普段なら言わない台詞を言うヒューゴ君とリリフラメル。
ヒューゴ君みたいに悲観的な考えになった私。
ここは不思議な世界だ。




