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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第12章 鏡の中の魔女
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2像鏡

 鏡の中に住まう者(スペクリュグス)という名前の癖に、この世界で誰1人として会うことが無かったのは、まだこの世に生まれていないから。

 大鏡と目が合う人物が城に訪れることによって、彼等は生を受ける。


 もしかしたら、実体は無くても魂のような目に見えない何かがこの辺りをうようよしているかもしれないけれど、とにかく実体としての彼等は今、ラルルカが追いかけている1人しかいない。


 鏡の外の誰かと目が合うことで鏡の外の者と入れ替わり、存在を確定させる。偽物は本物として外で生きていく。

 そして、入れ替わるのだから当然、見た目は同一にするという訳だね。性格も同じなのかもしれない。

 鏡の中に住まう者(スペクリュグス)なのに、外に出ることを目的としているのだから、命名を考え直した方が良いと思う。




 では今、鏡の中で暴れている彼は一体誰と入れ替わろうとしているのかと言えば、勿論ヒューゴ君だね。




 生まれたてのヒューゴ君を絶対に大鏡のもとへ行かせてはならない。

 目を合わせる体勢にさせてはいけない。




 私1人だけでは牢屋の中にいる皆を外に連れ出すことはできない。どうしても時間が掛かってしまうし、そもそも鏡の外にいる彼等と目を合わせられない限り、この世界から脱することもできないのだから、助ける意味があるのかと思わざるを得ない。興味無いし。




 狼の咆哮が聞こえる方に向かうと、広間でラルルカを見つけた。

 彼女と対峙しているのは、全身が鏡張りされた人型の存在だった。

 全身が周囲の景色を反射していて、一見すれば城の内装の一部に見えてしまうけれど、良く見ると彼が立っている景色とは合致していない。


「リリベル! こんな所にいたのか! 会いたくて仕方が無かったぞ!」


 目が合ったのか分からない鏡のヒューゴ君に、私の名を呼ばれる。声自体はヒューゴ君そのものだから、混乱してしまうね。


「ちょっと! 何でコイツはアンタのことを知っているのよ!」


 黒い狼は一吠えしてからヒューゴ君の喉元に噛み付き、彼を押し倒した。ばりばりというとても硬そうな音で咀嚼されている。


「詳しい話は後だよ。その鏡を壊して」

「言われなくてもやっているわよ!」




 だけれど、ヒューゴ君だって外の世界に生まれたいのだから当然反抗してみせた。

 狼を押し退けて体勢を立て直そうとするけれど、狼を形作る影が変形して彼の手をするりと(かわ)してしまう。


 ヒューゴ君に成り代わろうとしていることが、彼女との実力との差となって裏目に出ているみたい。

 ラルルカの手助けをしてあげたい所だけれど、夜衣(よるえ)の魔女と戦った時のことを思い出すと、私の雷が彼女の影を掻き消してしまう可能性があって躊躇(ためら)われてしまう。迷うね。




 じわじわとラルルカの牙で彼の首が擦り減らされていく最中に、切羽詰まった彼が命乞いをしてきた。私に対して。


「リリベル! 助けてくれ!」

「悪いけれど、君を助けることはできないよ」

「なぜだ……もう俺を愛していないのか?」


 ヒューゴ君と瓜二つの悲痛な声が、私に意地悪をしてくるのだ。うーん、胸が痛い。

 彼の姿がまだヒューゴ君そのもので無くて良かったよ。


「俺はリリベルを愛しているのに! もっとリリベルと共に生きたい! 今すぐにでもリリベルを抱き締めたい!」




 あれって思ってしまった。


 不意に、彼の必死の命乞いに違和感を感じてしまったんだ。




 でも、その違和感の元凶を突き止めようとしたら、突然背後から熱風を浴びてそれどころでは無くなってしまったんだ。

 「あっっつい!!」って何度も胸の内で叫んださ。


「何でヒューゴを助けないの……?」


 声だけで分かる。


 さすがに行動を共にしていれば嫌でも彼女のことは覚えるさ。




 私に熱風を浴びせて来たのはリリフラメルだった。

 正確には、リリフラメルの声を発するヒューゴ君と同じ人型の鏡だね。




「ラルルカ! 多分、もう1人敵がいるよ!」


 リリフラメルに炎を浴びせられているけれど、構わず彼女に注意する。




 けれどちょっと遅かった。


 天井から降り注ぐ雨がラルルカの影に触れていた。


 すると間も無く影の内側から何かが破裂したように、無数の針のような物が狼の身体から突き出てきてしまった。

 それも良く目にしてきた魔法だったから誰の仕業かはすぐに分かったよ。


 あれはエリスロースの()だね。




 鏡のリリフラメルがここにいるということは、もれなく鏡のエリスロースもいるでしょうね。鏡の外のヒューゴ君が2人を招き入れてしまったのかもしれない。

 ちょっとタイミングが悪いかな。




 ラルルカの身を包んでいた影が消えると、血だらけの彼女は床に倒れてしまった。

 返事も無い。




「ヒューゴが可哀想だよ」


 真後ろにいた鏡のリリフラメルがそう言った。どうやら私が鏡のヒューゴ君をすぐに助けなかったことを責め立てているみたいだ。


 おや、珍しいね。

 彼女がヒューゴ君を心から気遣うようなことを言葉にするなんて。彼女は本当は彼のことを憎んでいるのに。

 本来の彼女とは正反対の性格だ。


 見た目も声色も本物と同じようになろうとする癖に、性格に関しては甘いみたい。


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