第3の目2
がむしゃらに走って逃げ駆け回った結果、3階まで上がった。
残念ながら俺にはリリベルのように圧倒的な力で壁や天井を破壊する力は無いが、それでも物を生み出すことはできる。
少しの足止めにでもなればと思って、廊下を塞ぐように瓦礫を具現化してみたが、果たして彼女にどれだけ効果があるだろうか。
幸い、リリベルは目の前の獲物を舌舐めずりして追いかける性格では無い。あくまで自分が優雅で余裕を持って見えるように行動する。
彼女は格好つけたがりなのだ。
『瞬雷』
俺が作った阻塞を無視して、床や壁をぶち抜いて追いつこうとするのは、反則だからやめて欲しい。
城を構成する物は石や木材が主で、彼女が吹っ飛ばした破片はそこ等中に置かれた鏡を巻き込んで、俺を襲ってきた。
細かい破片が肌に突き刺さるのは、痛いなんてもんじゃない。痛みを感じる部分は熱を帯びていて、怪我の主張を行っている。
痛みに対して、落ち着いたら傷を治すから今は抑えてくれと心の中で訴えるが、無慈悲にも願いを聞き入れてくれる気は無かった。
こんなことなら、初めから鎧を具現化して身を守っておけば良かった。
それと、これ以上城を壊すのはやめて欲しい。後で、弁償がとんでもないことになりそうだ。
「ヒューゴ君は……ここかな!」
本当にかくれんぼで遊んでいるみたいに、彼女は俺を探している。
その無邪気な所はやっぱりリリベルらしいと言えばらしいのだが、それでもやっぱりなぜだか今のリリベルはいつものリリベルでは無い。
彼女が鏡のことばかり話すようになった瞬間はどこからだろう。
少なくとも城に入ったばかりの時には、彼女は平常だった。
そう。違和感を感じ始めたのは、上階に上がってからだ。
『瞬雷』
雷がすぐ後ろで放出されて、衝撃で身体が跳ね上がる。
俺が玩具みたいに吹き飛ばされて床を転げ回る様を見てなのか、彼女がきゃっきゃっと喜んでいる声を上げていた。
何と性格の悪い魔女だろう。
瓦礫だらけになった廊下を彼女はゆっくりと踏みしめながら近付いていることが、破片を踏む音で分かった。
やっぱり歩いている。
彼女が追撃をしてこないこの機会を好機と見て、今更ではあるが鎧を具現化して、頭からつま先までを守りで固める。
彼女の雷はともかく、撒き散らされた破片ぐらいは防げるだろう。
痛みで起き上がることを拒否する身体に鞭打って、盾を具現化してそれを杖代わりに無理矢理立ち上がる。
視界さえ確保できれば、逃げ回ることだってもっと楽にできたはずなのにと、歯痒さが独り言になって出るが、リリベルには依然として無視されている。
遮蔽物の無い廊下で逃げ回っても、彼女に雷に狙い撃ちされてしまうだろうから、下手に動けない。
かといって、良い案が思い浮かばない。破片を踏みしめる音が着実と近付いてきていることに焦りを覚えながらも、盾を構えることしかできない。
ここで彼女に殺されてしまうのだろうか。
音に向かって盾を構えながら、じりじりと後ろに下がる。
足音が間近に来た所で、状況が一変した。
リリベルの絶叫が、廊下中に響き渡ったのだ。
同時に、ガラス質の何かがすぐ近くで大きな音を鳴らして、床にたくさんの破片が散らばる音を伴う。
「リリベル! どうした!?」
痛みに呻く彼女の声が心配で、音の源に駆け寄る。
手繰り寄せて触れた彼女の顔らしき部分に触れると、割れたガラス質を触った時のような硬い音がじゃりじゃりと鳴っていた。
結局彼女の身に何が起きているのかを目で見て確認できない以上、状況が掴めない。
もどかしすぎて、無力な自分を殴りつけてやりたい所だ。
見えれば何だって良い。
彼女の身に何が起きているのか、知りたい。
どうすれば良いかと必死に考えてみたら、案外簡単に策は思い浮かんだ。
リリベルのことになると、すぐに冴えてくれる頭を褒めてやりたい。
痛みなんかそっちのけで、頭の中に浮かんだ想像をもとに彼女の魔力を使って、もう1度眼球を生み出してみる。
1度目は本物と同じ眼球を再現しようとしたから失敗した。初めから本物の眼球を作ろうとしたから失敗したのだ。
それなら偽物を作れば良いのだ。
俺の頭の中で生み出した、眼球。
見た目はただの眼球だが、それは本物の目と同じでは無い。
眼窩に収まっていなくても良いじゃないか。いや、眼窩にあった方が多分、見慣れた視界だから良いか。
とにかく今、俺の眼窩に収まらせているのは、目の形をした魔力を通して視界を得ることができる魔道具。
そういう物だ。
完全に空想上の産物が実体となって、眼窩で形作られる。
すぐにリリベルの姿を見たくて、目蓋を上げると、確かに視界は確保されていた。
簡単に視界を取り戻すことはできた。
リリフラメルが取り付けている義手と義足の存在があったからこそ、義眼を作り出すという発想に至った。
彼女がいてくれて良かった。
同時に今までの目が見えない状況での話は何だったのだと、随分と要領の悪い自分に憤りを覚えた。
視界は確かに確保されたのだが、両目で見ていると焦点が合わず酔いそうになる。
この切迫した状況では、焦点が完全に合うような眼球作りは無理だったようだ。
左目の義眼はもとの魔力に戻して、右目だけで見てみると、はっきりとリリベルの姿が映った。
目が見えるようになったこと自体は良かった。その点においては良かった。
だが、彼女の姿を見ることができて良かったとは思えなかった。
痛みに呻いて声を上げる彼女の姿は、いつも見ていた可愛らしい顔をしていなかった。
この女の子はリリベルでは無い。
顔の大部分が、ひび割れた鏡そのものになっていた。彼女の白い肌の下は、鏡なのだ。
顔面に現れた数えきれない鏡面が俺の鎧姿を反射していて、彼女が顔を動かす度に、ガラス質同士を擦り合わせたような耳障りな軋み音がしている。
痛がる彼女をどうして良いのか分からないままで顔を見ていたら、鏡のような眼球と視線がぶつかった。




