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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第12章 鏡の中の魔女
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2露発の情感

 ああ、もう本当に最悪。

 最悪で最低だ。


 私は感情のままにラルルカと喧嘩をしてしまった。

 彼女の髪を引っ張ったり、引っ掻いたり、殴ったり、暴言を吐いた。


 その暴言も碌に頭が回らなくて、稚拙な言葉ばかりしか出せなかった。

「馬鹿」って言葉を何十回言っただろうね。


 ヒューゴ君の心が私から離れてしまうかもしれないという不安が、私の心をとんでもなく乱していたせいで、私は魔法の1つも詠唱できなかった。

 魔法陣は頭からすっ飛んでしまうし、魔力の制御もまるでできなかったよ。

 心の乱れが原因で詠唱ができなかったことは、魔女として生きてきて初めてのことだから、それがもう本当に格好悪いと思った。


 しかも喧嘩も負けた。

 殴り合いの喧嘩に発展してからは、なぜかラルルカも魔法を使わずに自らの肉体だけで反撃してきた。

 同じ土俵に立っていたのに、私は何度も彼女に組み伏されて、最後には息切れした私が謝る体裁を取らされた。


 おまけに、気付いたら私は言葉も出せない程に泣いていて、涙と鼻水をずっと垂れ流していた。いくら手で拭ってもそれ等が止まることは無くて、恥ずかしかった。


 本当に、本当に今の私は格好悪かった。


 できるなら消えてしまいたい。




「はあ……はあ……弱すぎ」

「うるさい、馬鹿。私の気持ちなんて……何も知らないくせに」


 何とか絞り出した言葉も、ただの負け惜しみにしかならないことは分かっていたけれど、どうしても内に抑えることができなくて口に出してしまう。

 一体どれだけ恥をかけば気が済むのだろう。




 少しだけ冷静になってから、鏡の外に出るという目的を思い出して、城の中でまだ開けていない扉を目指した。

 ラルルカに付いて来てと言った覚えは無いけれど、彼女は勝手に私の後を追ってきた。


 道中も私はずっと涙が止まらなかったのだけれど、彼女はそれが癪に触ったみたい。彼女が「泣くならその辺の部屋で1人で枕を濡らしていなさいよ!」って言ったきたから、それでまた喧嘩を始めた。

 でも、今の私が彼女に殴り合いの喧嘩で勝つなんて不可能だった。




 私が泣き止むことができたのは、目的の扉に辿り着いた辺りだった。

 心が落ち着いて泣き止んだというよりも、流す涙が身体から無くなって泣き止んだみたい。水を飲めば、今すぐにでも顔は涙と鼻汁だらけになると思う。


「やっと泣き止んだわね、雑魚」

「静かにして、馬鹿」


 売り言葉に買い言葉でまた喧嘩が始まるかと思った。

 でも、次の喧嘩も負けそうな気がしていたから、彼女の方には振り返ることができないまま身構えるしかできなかった。

 ただ、彼女から返ってきたのは、殴打では無くて言葉だった。


「……さっき、書庫で私の頭を撫でたのって何でよ?」

「知らないよ、馬鹿」

「良いから答えなさいよ!」


 胸ぐらを掴まれて、彼女の睨みがすぐ目の前に現れるけれど、彼女に負け続けた私は彼女の顔を直視できずに横の鏡でも見るしか無かった。

 彼女の質問に答えないと話が先に進みそうに無くて、頭を撫でた時の心境を思い出さざるを得ないこの状況が、私の惨めさに拍車をかけた。




 彼女の質問に答えるために、私の心情の分析を始める。


 確か、彼女は私が城主に会おうとしたことに疑問を持って質問したところで、私は彼女のことを撫でたいと思ったのだった。




 その時の情景を思い出していたら、再び彼女への愛くるしさを思い出し、同時になぜかヒューゴ君のことも思い浮かべてしまった。

 でも、ヒューゴ君のことを思い浮かべたからこそ、案外簡単に答えを出すことはできた。


 私は彼女のことを可愛らしいと思ってしまったのだね。


 書庫にいた者がラルルカでは無くヒューゴ君だったら、彼は彼の中である程度の予想を立てた上で私に質問をしてくる。勘付いていると言えば良いのかな。

 だから、彼は私の質問を聞いた後にすんなりと納得してくれるし、たまに「やっぱりな」とか言ったりもする。


 比べてラルルカは全く分かっているような素振りを見せず、単純に疑問をぶつけてきた。


 勿論、物事の考え方なんてその者によって全く違うから、一緒くたにはできない。

 それでも、努力によって私のことを理解しようとして思慮に思慮を重ねるヒューゴ君と比較して、彼女は()()()()()()

 ヒューゴ君みたいだった。


 彼は初めからそういう聞き方をしていた訳では無かった。最初は私の、内容の途中部分をすっ飛ばして要点だけを言葉にする話し方にとても苦心していたね。


 だから、直情的で私のことを文字通り親の仇のように恨んでいる彼女が、私の言葉に耳を傾けようとしたことが、出会ったばかりのヒューゴ君みたいに感じて、私はそれを可愛いと思い撫でてしまった。




 このことを正直に話してしまったら、きっと彼女は怒るだろうし、また喧嘩が始まるのだろうね。

 でも、今の私はほとんどやけくそだった。


 先程から鏡に映っている私の顔は、殴られたことを加味しても酷く真っ赤だった。

 特に目や鼻の辺りなんて、果実のように赤く染まっていた。


 久し振りに号泣して、地より低い底へ落ちた私の格好良さは見る影も無かったから、やけくそになって当然だよね。


「はあ……最悪」


 私の心情を聞いたラルルカが、ばつが悪そうに吐き捨ててきた。


「何となくアンタの性格が分かった。夜衣の魔女を殺した奴の感情なんて分かりたくも無いのに……最悪よ」

「それなら、聞かなければ良いのに。最悪なのは私もだよ」

「……でも、これで分かったわよ。アンタに復讐するには、ただ殺すよりもアンタの騎士を奪っちゃった方が断然効くってことがね」




 彼女の言葉に心臓が止まるかと思った。

 でも、できるならそのまま止まって欲しかった。


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