初めての剣術訓練
ある日。
朝、何か家の外で唸る声が聞こえて目が覚めた。
1つ伸びをして、布団から起き上がって窓を開けると、森の中にわずかに差し込んでいた陽の光りが私の部屋を照らす。
2階から望む外の景色の中に、私の騎士が木刀を空中に振り遊んでいた。
ああ。遊んでいるのではなく、どうやら剣の練習をしているみたい。
遺跡調査に帰ってきてからの彼は、私を守りきれなかったことにひどく落ち込んでいたみたいで、私の騎士をやめたがっていた。
魔女と契約を交わしてから1年以内に契約を反故にしようとすると呪い死にますと脅したら、とりあえず騎士をやめるのは諦めてくれた。
ちなみに呪いの話はもちろん嘘。そのような呪いはない。
ヒューゴ君の剣の練習が見たくて、急いで階段を駆け下りて、木の枝のように見えるポールハンガーに掛けてあった黄色いマントを羽織って外に出る。
その前に髪を少し整える。
外に出て、家の裏手に回るとすぐに私の姿に気付いたのか、ヒューゴ君がこちらに居直る。
「おはよう」
彼の挨拶に私も同じ言葉で返して、彼から少し離れた所にある木立に腰掛ける。
家の裏手側は木を何本か切り倒して少し開けている。小さな物置小屋を建てるほどのスペースはある。
「剣の訓練だね。見ていたいから続けて」
「恥ずかしいな」
そう言いつつも彼はまた剣の練習を始める。
剣については詳しくないけれど、素人の私から見ても彼の剣さばきは歪というか、平たくと言うと下手くそだった。
筋肉はある程度ついているのに、振りが一直線でない。頼りない剣筋とでも言うべきか。
やっぱりこういった特別な技術は誰かに習った方が、良く習得できるのではないか。
人を雇ってみようか。
情報集めに町へ行ってみよう。
「今日は、町に行ってみようと思う」
「それなら俺もついて行く」
商人が力を持つ国、フィズレ。フィズレでは様々な貿易品が集まってくる。
町は市場も店も多種多様な品を取り揃えていて、魔法の研究をしたい時には打ってつけの地だ。
私たちは家から1番近い町に来ている。
このような人の多い町でも私が自由に行動できるのは久しぶりだ。以前だったらすぐに誰かに連れ去られたりして、やれ簡単に人を殺せる魔法を開発しろだ、魔力を供給し続けろだと脅される。大抵は脅されついでに身体を滅茶苦茶にされるけれどもね。
それがだ。ヒューゴ君、というか騎士を雇ってから、私を攫おうとする者がパッタリと減った。
びっくりだよ。噂とはこれ程までに早く広まるものなのだなと感動した。
魔女が騎士を雇っているということが、私を利用したい者たちへの牽制になってるみたいだ。
私の性格と彼の性格を考えたら、あっさり攫えるだろうけれどもね。騎士の本当の姿を知らない者にとっては、勝手に超強い騎士のイメージで通してくれているみたい。
ヒューゴ君が私の横にいるというだけで、私を守ってくれていたみたいだ。
気分がいいね。
町の本屋に入って、新しい魔導書が発刊されていないか物色していると、ふと別の分野の本が見つかった。
『クレオツァラ流剣術伝書』
クレオツァラが誰かは知らないけれど、買ってみる価値はありそうだ。
剣術とはどういうものなのか、知識として読んではおきたい。
近くで別の本棚を見ているヒューゴ君には気付かれないように、その本を手に取りすぐに店員に持っていこうとしたら、丁度視界に私の気を引く本が見つかった。
『男を自分好みに調教したいか?』
お、おお?おお……。
実行に移すかは別として気になる本だ。実行に移すかは別として。
町での買い物を終えて、家に帰って来るとすぐに私は買ってきた本を、目が焦げてしまうのではないかと思うくらいに内容を焼き付けた。
『男を自分好みに調教したいか?』という本も買っちゃった。
とりあえずヒューゴ君の目につかないように、本棚の奥に入れてから別の本を手前に置き見えないようにした。
後でじっくり読もう。
次の日。
朝、何か家の外で唸る声が聞こえて目が覚めた。
1つ伸びをして、布団から起き上がって窓を開けると、森の中にわずかに差し込んでいた陽の光りが私の部屋を照らす。
2階から望む外の景色の中に、私の騎士が木刀を振り剣の腕を鍛えていた。
私は黄色のマントを羽織ってまた彼のもとへ向かい、今度はそこら辺に落ちている丁度いい長さの木の棒を持ち、彼と一緒に無言で棒を振り始める。
彼は私のことが気になるようで、木刀を振り続けながらこちらを見ていた。
「どうした?」
「私も剣の練習をしてみようかと思ってね。それでゆくゆくは私と打ち合い稽古なんてどうかなって」
「さすがに女の子のリリベルを木刀で打ちのめすことはできない」
「ふふん。びびってるね?」
カチンっていう音が聞こえた気がする。
『クレオツァラ流剣術伝書』に書いてあることを実践してみて、何日かの後にヒューゴ君と打ち合い稽古をすることになった。
ヒューゴ君は文字通り、私に手も足も出なかった。
彼は目から血が噴き出るかと思うぐらい悔しがっていて、それがとても興味深かった。
「こんな小娘に負けるなんて!」だなんて言うものだからお腹を抱えて大笑いしてしまった。
それから毎日朝には、私がヒューゴ君に剣を教えるのが日課になった。
日常を生きる楽しみの1つが増えた。




