24時間後
「な、なぜだ」
壁にもたれたディギタルがなぜ攻撃をされたのか合点がいかないようで、さっきからずっと疑問の言葉を口から吐き続けている。
明かりをつける道具は炎で全て破壊されたようだが、リリベルの『彩雷』という魔法で再び部屋は通路は輝き光り始めた。
シェンナ、ダナ、ジェトルの火傷はすぐにシェンナの回復魔法で処置できた。
肝心のリリベルは、目に見える肌の部分が真っ黒に炭化している。胸が上下にゆっくりと膨らんでいることから呼吸していることは確認できる。所謂虫の息というやつだ。
戦っていた時は、フードを被った背中でしか確認できなかったが、ほぼ確実に何十、いや、何百と焼死と復活を繰り返していたはずだ。
黒鎧を解いた俺は手をリリベルにかざして詠唱する。
『ヒール』
何も起きない。黒鎧を実体化する時と同じように、傷を癒すようなイメージを頭の中に思い浮かべて、黄衣の魔女の魔力を引き出しながら、言葉に出すだけだと思っていたが、何かが足りないようだ。
『ヒール』
手のかざし方が違うのか、はたまたイメージの仕方が違うのか、何度も手法を変えて試してみる。だが、いずれも上手くいかない。
『ヒール』
リリベルを守り切れないなりに、傷を癒せるようになりたい。
単純にそう思った。
「本来、魔法を詠唱する場合は、その魔法に対応する魔法陣を描かなければならない。それを頭の中でそのままイメージできる場合は、描く必要はない」
シェンナが俺とリリベルの近くまで来て、魔法陣を教えてくれた。
円陣の中に見たこともない紋様を床に描き上げてくれた。
「てっきり魔女に教えてもらっているものかと思っていたが……。お前のそれを見ていたら口を出さずにはいられなかった」
「ああ、勘違いをするなよ。皮肉を言いたい訳ではない。お前が魔女を助けたそうに感じたから、手助けをしただけだ」
シェンナは無愛想だし、魔女であるリリベルや魔女の騎士である俺をひどく嫌っているのかと思ったが、意外とそうでもなかった。
礼を言って、描いてくれた魔法陣を頭の中に叩き込み、リリベルの傷を癒そうと一心不乱に詠唱し続ける。
『ヒール』
『ヒール』
『ヒール』
魔法陣とリリベルの火傷を癒えるイメージを頭の中に想像し、何度も詠唱を繰り返す。
『ヒール!』
繰り返した詠唱の1つが成功したことを自覚できた。手をかざした先から魔力が流れ出した感覚を肌で感じる。魔力が流れ出した先のすぐ近くから、ゆっくりだが肌が癒えていくのが見えた。
長くはないが、しばらくの時間が経過して、リリベルの顔の肌の火傷まで治りかけたところで、彼女の口がもごもごと動き始めた。
顔を近付けて耳を寄せるとやっと声を発していることが分かった。
「すごい……ね」
まだ火傷が癒えていないざらついた手が、俺の頬を撫でた。
「魔法……剣士は……いるかな?」
「ああ、まだ辛うじて生きている」
「連れて……行って……くれ……ないか」
俺はリリベルを背中に置いてディギタルの元まで歩く。
「やあ。まだ……生きているかね?」
「くそ、魔女め。殺しても死なない時点で嫌な予感はしたが」
「私の……騎士が……優秀なんでね」
俺は何もしていない気がするが。
リリベルをディギタルの前に下ろして、治療の続きを再開する。途中何度も『ヒール』が失敗して止まってしまって、何度も詠唱しなおしているところが格好つかないと自分でも思う。
「なぜだ。なぜ、私がお前らの味方ではないと気付けた」
「誰かが……私の身体を……刺し殺そうとしたことが……分かったのだよ」
「私の優秀な騎士のおかげで気付けた。そして刺すということは、私に近付かねばならない。お、治ってきた」
リリベルの言葉がはっきりとし始めた。彼女の顔を覗き込むと、顔の火傷肌もほぼ治っている。良かった。
「ジェトルが刺した可能性があるだろう」
「彼が常に文字を解読し続けていたこと。仮に彼が私を刺そうとしても君か回復魔法使いに気付かれるはずなのに、その事実がなかったことから、古代文字解読者の彼は犯人ではないと考えた」
「隙を見て刺した可能性があるだろう」
「僕が魔女さんに言ったのです。壁にあった古代文字の羅列が見る度に変化していると」
ジェトルが割って入った。
その言葉にディギタルは目を見開いて、信じられないような顔をしている。
「馬鹿な。魔女なんてこの場で一番信用ならない者だというのに」
「逆ですよ。僕だって魔女のことは正直不気味で怖いです。でも誰からも嫌われて信用ならない者だから、この場では一番信用できました」
「彼は常に変化する古代文字を解読し続けていた。だから彼に私を刺す暇はなかった。それで回復魔法使いと魔物研究博士の2人が死んで、最も疑わしい君に目星をつけた訳だ。」
ディギタルの下半身は石が砕けたようにぼろぼろと崩れ落ちていた。まだ崩れ落ちていない箇所から覗かせた身体は中が空洞だった。彼は生きた者ではなかった。
「そして、最後の確認に君を鎌にかけてみた。君は見事にそれに引っ掛かった」
『よくも私の騎士を虐めてくれたね……魔法剣士! 万死に値するぞ!』
なるほど。あれはディギタルを誘い出す言葉だったのか。
「魔力を吸い取る壁が後ろからも出現した時、君はそれに対処する振りをしていた。それが幸運だった。君が私を視界に入れることができないあの瞬間が、最も君に動揺を誘いやすい状況だと思った」
「そして僕は、ディギタルさんが、賢者の石を手にしようとする僕を殺すだろうと思って、その瞬間に魔女さんに合図したんですよ」
「君は後ろを、私の姿を確認せざるを得なかった。いや、あの台詞では攻撃するしかなかった。ふふん、私は君が攻撃する素振りで、晴れて確信できたという訳だよ」
リリベルが鼻を鳴らして、両手を腰に添えていつもの尊大なポーズを取った。
「だけど驚いたよ。まさか魔法トラップを君自身が制御しているとまでは思いもしなかった」
2人の言葉を聞いて、ディギタルは諦めたように目を閉じた。
「魔女は先に殺しておくべきだったか」
「いや、違うよ」
「君が最初に殺すべきは、私の騎士だった。私の騎士が時間を稼いだおかげで、私たちに考えさせる余地を与えた」
「そうか」
「この戦争はお前たちの勝ちだ」
まもなくディギタルは形作っていた全ての身体が砕けて、後に残った物は石の破片だけになった。
破片の中に拳ほどの大きさの光り輝く石が見えたが、真っ二つに割れて輝きを失った。
「さようなら、賢者の石よ」