2ち立い生の士騎
ヒューゴ君はたくさんの死と出会ったみたい。
おおよそ、年端もいかない子どもが出会うには多すぎる死なのだろうね。
望まない職を選ばされて、その場から逃げようとした仲間が殴られて打ち所が無くて死んだり、ただただ与えられた役割から不要になって職を失い、放浪児になって何もできずに死んでいったりと、彼の口から死者の情報が出る出る。
私の思い出と対比しても彼の方が波瀾万丈と言って良い人生だね。
ヒューゴ君は自らが死の危険に晒されたら、すぐに与えられた役割から逃げたみたい。
その都度、孤児院にいた時から見知った仲間も、途中で出会った仲間も、彼の力で助けられる者はなるべく助けたそうだね。
これはあくまで私の考えだけれど、誰よりも死を恐れた彼は死に対して過敏に反応するあまり、仲間の死すらも自分の死と同等に捉え始めたのだろうね。
死はとても恐ろしい存在だ。
だから俺や仲間に対して、気軽に死を与えてくる奴は悪い奴だ。
でも、そのようなどうしようも無く悪い奴がいたとしても、命を奪ってまで物事を解決したくない。
誰も死なないで済むならそれが1番だ。
だから、逃げて逃げて逃げまくった。彼はこうも言っていたから、余程死というものを嫌っていたみたい。
子どもの頃の彼は逃げることでしか問題を解決できなかった。
それでも、結局彼はまた別の悪い奴に捕まって、同じような境遇に立たされたみたい。
そういう仕事をする場所は、普通の町にある訳じゃないから、普通の町を目指して逃げたとしても辿り着くことは難しかったみたいだね。
結局、身分の無い彼がおおよそ普通とされる人間の暮らしの枠に入ることはできず、命を削るか命を失うかもしれないような仕事しかできなかったみたい。
それでも何とか生き続けて、彼が成熟すると、今度は兵士として売られたみたいだったね。
身分の無い成熟した人間の男が最も求められた行き先は兵士だったみたい。
身分の知れない若い人間の男なんて、捨て駒にはぴったりさ。正規の兵士が貰っている給金よりも低い金額で、駒を蓄えられるなんて最高でしょう。
最終的に行き着いた場所が、確かあそこはサルザスという国だったかな。彼はサルザスで兵士として雇われていたのだよ。
ちなみにそこは、私が最後に囚われていた城で、彼と初めて出会った場所でもあるのさ。
彼は最初は牢屋番では無く、隣国オーフラとの国境を守る兵士だった。
実戦で誰かを殺したことは無いけれど、とにかく死ぬ場面を瞬きするが如く見てきたようだね。彼の死に関する印象が地に落ちたのはそこだったと思う。
味方とか敵とか関係無く、そこら中に散らばっている死体の姿が猛毒となって彼の精神を冒していった。
死んだらそこで終わり。終わった後にはそこに何も残らないと考えていた彼の目に、魂を失った抜け殻だらけの光景が映ったことで、結果的に彼は戦場から遠ざかることができた。
死ぬのは怖いし、殺して誰かの死を見るのも怖い。戦意を喪失した彼は兵士としての利用価値を失ったのだよ。
戦場で死に怯える兵士なんて役立たずも良い所だからね。
普通ならそのような役立たずは、すぐにでも国を追い出されるだろうけれど、そうならなかったのは私がいたからだろうね。
こう見えて私は人間たちの間でも一定の知名度のある魔女だったのだよ。
魔女の中でも1、2を争う程に魔力量を持つ黄衣の魔女として知られていた私を利用すれば、富国となる。莫大な財を有することができる。
私の魔力を求めて、国同士が争いを起こすことは良くあることだったよ。
その時オーフラで牢屋暮らしをしていた私は、サルザスの攻撃によって奪取された。結局、牢屋暮らしすることには変わらなかったけれどね。
ヒューゴ君が牢屋番として必要とされたのは、ある種の生贄だね。
サルザスの者は、黄衣の魔女を奪取することに成功したは良いものの、腐っても魔女だから反撃されたら大変なことになり得ると想像したのだろうね。
死んでも誰も悲しまない他愛も無い奴を牢屋番にさせれば、万が一が起きても損害は少ない。
ヒューゴ君は生贄に打ってつけの人間だったのさ。
彼はずっと、不運続きの人生だったのだよ。
少しは同情できるかな?




