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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第12章 鏡の中の魔女
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ち立い生の士騎

 ラルルカの返事なんか最初から聞くつもりは無かったよ。

 ヒューゴ君がどれだけすごい人か、彼女に伝えたくて(はや)る気持ちを抑えられなかったからね。






 これはヒューゴ君が私に長い時間を掛けて教えてくれた彼の過去の話。

 私の記憶に残った彼の言葉を引用して、そのままラルルカに伝えてあげた。


 ヒューゴ君が始まった場所は、私たちが出会ったワムルワ大陸では無く、その周囲を囲むようにできた大陸エクラータだった。現在、私たちが立っている大陸だね。




 彼が物心をつけた頃から、少々荒れた人生を送っていたみたい。

 孤児院と呼ばれる、親を失ったり捨てられたりした子が(つど)い住まう所に彼はいた。領主や一般市民の寄付によって運営を辛うじて成り立たせているから、決して裕福な暮らしはできていなかった。




 そういえば以前に聞いた話なのだけれど、夜衣(よるえ)の魔女は身寄りの無い子どもを攫って、自分の弟子として育てていたようだね。

 彼女からすれば、子どもなら自分より優秀では無いだろうし、反抗されても対処できると思ったのだろうね。それに、何も知らない無垢な子どもであればこそ、自分の思想を植え付けるのは容易かっただろうね。


 ラルルカもその中の1人だったのでしょう。君は生まれながらの魔女という訳では無く、最初はきっと人間だったのでは無いのかな?




 そうやってラルルカに夜衣の魔女の性格を解説してあげたら、彼女の影に右腕を捩じ切られてしまった。

 勿論、腕から大量の血を流して私は死んだけれど、すぐに死ぬ前の状態に戻ったさ。あくまで死の原因に関わる傷が無かったことになるだけで、致命傷では無い目の傷やその他の傷が消えることは無いけれどもね。


 相変わらず右目はズキズキして痛いし、首元を手で拭くと少しだけ血が付着するような状態さ。




 わざわざ孤児院の話を持ち出したのは、ラルルカとヒューゴ君の生い立ちに親近感を覚えてくれるかもしれないという理由があってのことなのだけれど、途中で夜衣の魔女の性質を語ったせいで怒りを買ってしまったみたい。

 これは失敬だったね。


 彼女からすれば、私の言うことは彼女が敬う者を(けな)しめる言葉としか受け取ることができない。

 夜衣の魔女の表面しか知らないラルルカには、私が知っている彼女の裏面を聞き届けてもらうのは難しいかもしれないね。




 話をヒューゴ君の生い立ちに戻そう。

 彼は孤児院で暮らしていたけれど、最悪な人生では無かったみたいだよ。


 欲しい物なんか貰うこともできなかったし、親がいる喜びを受ける機会も無かったし、食事も良い物を食べていた訳では無かった。


 それでも彼には仲間がいた。

 彼の苦しみを知り、共に分かち合い慰め、時には喧嘩したりどうでも良いことで笑ったりしてくれる同じ境遇の子どもたちがいた。

 彼はこう言っていた。


『良くは無かったけれど、最悪でも無かった』




 彼の心がぐちゃぐちゃにされたのは、その後のことさ。




 良くある話だよ。


 心配する親がいない。身分も確かでは無い。確かな名前も無い。

 ナントカ孤児院のナントカさん。呼ぶ名前が無いから、他人が付けた名前で生きていくしか無い。

 彼等は、この世界を生きてはいるけれど、人間の社会を生きてはいない。透明な子どもたち。


 透明な子どもたちを欲しがる者がこの世界にはある程度いたのさ。

 そういう者は、子どもたちを(さら)い、金儲けするのさ。


 魔法に関する才能があれば魔法使いの召使いとして売ったり、粗悪でも需要のある魔力石の作製を行わせたりする。

 健康な肉体を持つ男の子なら、力仕事に使わせたり、兵士として戦いに参加させる。


 それに、売り付ける相手が人間だけとは限らない。

 人間を食す文化のある種族からすれば、子どもはとても()()()()()生き物でしょうね。

 大人と比べて骨は砕きやすいし、肉は柔らかいからね。


 器量の良い者は男も女も関係無く、一定の欲を満たしたい者へ届くこともあったでしょうね。

 私も、余りに可愛いが過ぎて似たような目に遭ったものさ。


「別に、アンタは大して美人でも無いでしょ、ブス」




 ……。




 そういえば、私の容姿を真面目に褒めてくれたのってヒューゴ君だけだね……。

 もしかして私の顔は、本当は醜いのかな。




 話がまた逸れてしまったね。


 とにかく、ヒューゴ君は人攫いに遭ってしまったのさ。


 何人かの仲間と一緒にね。


 どこに連れて行かれるかも、何が目的で攫われたのかも理解できないまま、道中で1人、また1人と誰かに買われながら転々として、そして行き着いた先がワムルワ大陸だったのさ。




 知っているかい?

 彼は他者の死をとても嫌うのだよ。

 今は私のために、彼は自らの性格を捻じ曲げている最中だけれども、私の騎士になる前は、彼は死に対して酷く潔癖だったのだよ。


 自分と縁もゆかりも無い者だったとしても、自分と敵対している者だったとしても、彼は可能な限り死を回避しようと努めるのさ。

 彼がそういった性格になった始まりは、攫われて町から町を転々としている時のことだと思う。


 初めて、仲間の死を見たのさ。まともな食事も与えられず、健康な肉体を失い病に罹り死んでいった仲間をね。

 2度と目覚めることの無い仲間を、彼を攫った者の命令で、雑にその辺の大地に埋めることになって、彼は命の儚さを知ったのだよ。

 死んだら終わりだ。何も無い。それは怖くて辛いことなんだってね。


 彼は死を嫌いながら、最も恐れる自らの死を回避するために、死に物狂いで生きたんだ。

 だから、彼の子どもの頃は、奴隷として働き続けた思い出しか無いそうだ。




 ここまで聞いてどう思ったかな?


 少しはヒューゴ君のことを見直したかい?

 少なくとも悪い人間では無いと思ってくれたら良いのだけれどね。


「アタシには関係無い。死を怖がっているのは、アンタの騎士の心が単に弱いだけでしょ」


 返事してくれただけ嬉しい話だと思うのが1番良いのかもね。

 今までは、私との会話なんか死んでも取り合わないと言わんばかりに怒っていた彼女だったけれど、少しは彼の生い立ちに興味が湧いたみたいで、言葉を返してくれるようになった。


 心を開いてくれているみたいだね。

 それならヒューゴ君の生い立ちの続きを話してあげようと思う。


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