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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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彼女の魔性

 いくつかのすったもんだはあったが、何とかここまで来た。

 おそらく日記の通りに動いた裁判は、フリアの裁定によって幕を閉じた。


 フーレンはゴブリンたち皆が快適に住まう住処を用意することになり、人間の町はゴブリンたちの生活が落ち着くまで食料の支援をすることに決まった。


 対してゴブリンは、人間たちから物を盗むのでは無く、通貨によって取引を行う人間たちの決まり事に組み込まれることになった。

 つまり、この地のゴブリンは人間が生きる社会に組み込まれたのだ。




 メルクリウスはこの裁定に納得せざるを得なかった。


 彼にとって人間は、決して信用できない野蛮な種族だ。

 だからこそ異を唱えようとはしない。自分こそが人間よりも優れていると思っている彼だからこそ、こうした(おおやけ)の場でフリアの裁定に反論することは、人間たちに悪印象を与えることになってしまう。


 つまるところ、格好がつかないのだ。

 優秀なゴブリンの姿を人間たちに見せたい彼は、大声でフリアに詰め寄ることはせず、あくまで冷静を装ってゴブリンの長としての品格を際立たせようと努めた。


 とは言え、この裁定は彼にとって全く受け入れられない内容では無かったはずだ。


 フーレンに償いをさせることができるし、自分たちの困りごとが一挙に解決できる。

 今は1人のゴブリンの死による怒りを押し殺して、人間たちのこれからの動向を見定めることにしたと見て良い。




 人間側は裁判で決められたことの重要性を知っているから多分問題無いだろう。


 この町の人間はフリアがどういう素性の者かを知らない。

 だから皆、彼女のことを大変権力のある者だと認識している。そのような者が決めたことに逆らえば、その後どうなるのかは誰もが知っている。

 町の長や権力者であれば、裁定に対する反逆が危険な行為であることをより理解しているはずだ。


 町の長が認めてしまえば、単なる町人たちが口を挟む余地は無い。




 何より、裁定が下される場では()()反論することは無いはずだ。できないはずだ。




「遠く無い未来で私の愛するゴブリンと人間は、仲良く生きる道を選択することになったよ!」

「そりゃあ良かった」




 常人では覗くことはできない先の話を、マルムは嬉々として物見語る。


 俺も彼も十分な結果を得られた。


 最後に、今日を平和に終わらせるために、今度は俺の方から彼に対して、新たに生まれてしまった世界滅亡の話を切り出す。


「それで、世界滅亡の原因となる俺を今すぐ殺すつもりなのか?」

「気は乗らないけれどね」

「1つ良いことを教えてやる」

「何を教えてくれるのかな」


 それは、エリスロースを通して日記に書いてもらった内容の1つだ。最も優先して書くように彼女に頼んだことだ。

 これで俺の殺害に気が乗らないマルムの気を更に削ぐ。


「俺は今日、死ぬことは無い。そして、俺とリリベルは今日、この地から旅立つ」

「ええ?」


 困惑する光り輝くマルムを見て、リリフラメルを心の中で賞賛した。


 彼は未来を確認することができる力がある。

 だから、俺たちがこの地から確実に離れることができないように、彼は非常にムカつく瞬間に俺たちの行動を制限してきた。物語が上手く進むのでは無いかと思える瞬間に、彼に邪魔されて俺や仲間を何度も殺されたのだ。




 今日、それができなかったのはリリフラメルがありったけの怒りで、彼の未来視を邪魔してくれたからだ。

 未来を見ることができなくなった彼は、俺が日記の力を頼ろうとしたことを知ることができなかった。

 知っていたら必ず邪魔をしたはずだろう。


 日記に書かれた内容に沿って、今日だけはこの地にいる誰もが死なないことや、俺たちがこの地を離れることを確定付けした。


 リリフラメルは神に勝った。これはすごいことだ。




 特異な日記の存在と、俺たちのこれからの話を彼に説明すると、彼は安心したように微笑んだ。

 俺を殺すことができなくなったと知って、諦めがついたのだろう。


「良かった! 君を傷付けることができなくて!」


 散々、殺しに掛かったくせにどの口が言うのか。




「ついでに言わせてもらうと、今日の繰り返しも、もうできない」

「なるほど」


 今度は困惑することなく、すんなりと納得した。

 おそらく彼は未来を見たのだろう。


 最後の仕上げとしてリリベルに魔法でこの山を破壊してもらうよう頼んだのだ。


「繰り返しが起きるたびに山に反射した眩しい光を鬱陶しく感じたから、何となく察しはついたぞ。さすがに飽きる程繰り返せば嫌でも気付くさ」


 綺麗に半分に割られたような山の側面を破壊すれば、反射した光に魔力を乗せて繰り返しが引き起こされることは無い。


「ああ、君は何て愛しい人間なのだろう!」


 マルムの言葉を無視して、彼の鬱陶しい光を視界に残したまま、部屋を出て暗闇を彷徨い歩く。




 ゴブリンと人間による世界滅亡の危機が回避されたとは言え、彼の気まぐれで繰り返しが継続される可能性が無いとは言い切れない。

 もしかしたら、強い意志を持って俺かリリベルを殺すために今日を繰り返すかもしれないし、リリベルの魔力を自らの力にするために繰り返すかもしれない。


 いずれにせよ、この山は破壊するべきなのだ。


 だから、マルムに全てを諦めてもらうために、次の繰り返しが起きるギリギリの瞬間までこうして時間稼ぎをした訳だ。




 リリベルに頼んだ山の破壊は、日記には書かれていない。

 今日の出来事を確定させるために、昨日のうちに日記に内容を書いてもらう必要があったから、エリスロースに細かく注文する余裕が無かったのだ。


 必要最低限の物語の核心に関わる部分を日記に書き連ねてもらい、その他はほとんど気合いで構成されている。


 だが、俺はリリベルのこともリリフラメルのこともエリスロースのことも信頼していた。

 彼女たちならきっと、今日を平和に終わらせる力があると信じていた。




 実際、こうして今日が平穏に終わることを確信した今は、彼女たちを信じた甲斐があったと思う。


 壁際に手を付けながら慎重に前を歩いていると、轟音と地響きが手に伝わり、彼女の雷がこの山に到達したことを知った。






 山を出ると辺りはすっかり夜になっていた。


 俺たちは急ぎ足で荷をまとめて、この地を出ることになった。


 町でもてなしを受けていたフリアをエリスロースに連れ出してもらい、この町を出るべき全員が揃ったところで、大馬ヴィルケが()く馬車に乗って、逃げるようにこの地を離れた。


 幸いなことにマルムが俺たちの行動を邪魔してくることは無かった。

 彼がどう考えているかは分からないが、少なくとも今は俺たちに危害を加えるつもりは無いようだ。




「フーレンさんは、町では今まで通りに生活することになっています。彼が殺したのは人間では無くゴブリンですから、町の人たちも彼を強く責め立てるつもりは無い様子でした」

「彼等の決まり事にゴブリンを殺してはいけないという決まりは無いからね」


 リリベルはフリアの報告に冷たく言い放つ。決して彼女に悪気がある訳では無いことは分かる。


 フーレンの依頼は解決した。

 元々ゴブリンたちが人間に危害を加えるつもりは無かったが、それでも公の場で人間たちが知ったことで、彼を含めた町の者全員がひとまず安心を得られた。


「しかし、ヒューゴは大変だったみたいだが、何だかよく分からんうちに問題が解決したな。ああ解決したな」


 御者台から荷台にいる俺たちに聞こえるように、野太い声でエリスロースは感想を言った。


 そうだった。

 俺以外の者は、1日ちょっとでフーレンの依頼が解決されたことになるのか。

 訳が分からないままに何となくで行動してくれた彼女たちには、改めて今回のことを説明しないといけないな。




「それにしても、ヒューゴ君はマルムという神様の話をよく信じる気になったね」


 すぐ隣でリリベルが微笑みのまま尋ねてきた。

 この地で起きるはずだった人間とゴブリンの争いが、世界滅亡の原因となるというマルムの言葉を、なぜ鵜呑みにできたのかと彼女は聞いているのだろう。


 明らかに異質だと思う彼の力を目の当たりにしたからこそ、俺は彼の話を信じるに至ったのだと彼女に説明すると、彼女から次の言葉が返ってきた。


「もしかしたら、神の名を騙る魔物かもしれないでしょう? 世界滅亡の話を建前に、私の魔力を必要としただけかもしれないよ」


 確かにリリベルの言う通りだ。

 だが、彼女の言葉を受けてもなお、俺はマルムが偽の神だとは思わなかった。

 結局、俺の感性で彼の心を理解することはできなかったが、それでも彼が愛する者を救いたいという意志は、これまでの今日の繰り返しで何となく伝わったからだ。


 それは何の根拠も無いただの直感で、リリベルに言わせてみれば馬鹿馬鹿しい話なのかもしれない。


 彼女にそのことを伝えると、意外なことに、彼女はふふんと鼻を鳴らして納得してしまった。


「ヒューゴ君らしいね」

「俺も良くないと思っている。リリベルみたいに知識と経験で物事を見極められるようになれたら良いのだがな」


 打ち明けた決意に対して、彼女は言葉を付け加えた。


「直感も大事さ。私だって今までに直感で喋ることはあったでしょう?」

「確かにそうだが……」

「私は、直感でマルムという者を神だと信じてしまう心の優しいヒューゴ君が好きだから、その直感も大事に育てて欲しいな」


 彼女の真正面からの好意に思わずたじろいでしまったが、俺が悪いことだと思っていたことが褒められたので、素直に彼女の言葉は嬉しかった。


 正面に座っていたリリフラメルが小さな声でフリアに「気を付けなよ。こいつら、すぐにこうやって盛り上がり始めるから」と言っていたのを、俺は聞き逃さなかった。


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