互いの正当性5
その後も自身の種族が正当であるという意見の応酬は繰り広げられた。
人間とゴブリン、互いの主張が発せられれば発せられる程、雰囲気が悪くなっていく。
フリアに発言を認められている者を遮って、他の者が意見を被せると、遮られた者がまた言葉を被せる。
秩序が無くなるたびにリリベルが怒り、場が切り替わる。
そのようなことを繰り返していった。
俺がリリベルたちから話し伝えられた裁判と随分と異なる形になってしまったが、それでも徐々に話が進んでいった。
人間側の旗色が悪くなったのは、フーレンがゴブリンを本当に殺したのかどうかという話に移った時だった。
ここからは俺がエリスロースに頼んで、日記に書き込んでもらった内容だから、想像の外のことが起きることは無かったから安心だった。
日記には、フーレンがゴブリンを殺した時の状況がこと細かく書かれていた。
彼がどうやって偽者を殺したのか、殺した時にどう思ったのか、血は何色だったか、ゴブリンは何と言っていたか、日記を読めば、ほとんどの者が簡単に状況を想像できるようになっていた。
若干ではあるが神経質な性格を持つ彼のことを、人間側は誰も疑問に思わなかった。
不自然なまでに書き込まれた日記でも、フーレンならそうするだろうと容易に想像ができてしまった訳だ。
その上、フリアがフーレンに対して、日記に書かれた内容の真偽を問うと、彼は正直に答えた。彼が一切の反論をしなかったことで、日記の内容が真実であることを裏付けた。
偽のゴブリンを殺したとはいえ、彼が見聞きして書いた心情や状況そのものは本当のことなのだから、彼が日記の内容を否定することは無謀な話だ。
そもそも今日の出来事が既に記述されているので、予言された日記の内容に沿って彼が否定することは絶対に無い。
ナイフについても同様だった。彼は人形のように日記に書かれた通りに行動した。
フリアの質問に対して素直に答えて、ゴブリンを刺した時のナイフであることを彼自身の口から証明してみせた。
人間側もゴブリン側も、彼がゴブリンを殺したことに疑いの余地を入れる者はいなかった。
不意に鼻から水分が伝うのを感じて拭ってみたら、それが血であることがマルムの光のおかげで分かった。
攻撃を受けた訳でも無く突然に血が流れ始めた原因は何となく分かっている。具現化に力を注ぎ続けた結果なのだ。
町の者全員とゴブリンたち全員を、1つの建物に収容できる程の巨大の形を長時間維持し続けなければならない。
巨大な物を具現化し続けることは、実は初めてなのだ。
過去に踏み鳴らす者を具現化した時は、多量の魔力を1体の巨人という形に押し留め続けることができずに、すぐに霧散させてしまった。
維持するためには、細かな魔力の制御と途轍も無い集中力を要するからだ。
きっとリリベルなら何の苦も無く形を保ち続けることができるだろうが、俺にはできない。今の俺には、命を消費するつもりで魔力を扱わなければ、形を保ち続けることはできないのだ。
頭の中で思い描き続けるのも意外と大変なのだ。
もう少しの辛抱だ。
今日という日を良い日にするため、心の中で自分に励ましの言葉を投げかけて奮い立たせ続ける。
気持ち悪い話だが、少しでも集中するために、頭の中で想像したリリベルに励ましてもらっている。こんなこと、口が裂けても他人に話すことはできない。
ゴブリンの長メルクリウスの態度が軟化したのは、フーレンが彼に直接謝罪してからだった。
フーレンがゴブリンを殺したという決定的な証拠があることは周知の事実だから、後はフリアが裁定を下すだけという場面になった。
そこで、彼女からフーレンに対して、言い残すことはあるかという問いがあり、彼はメルクリウスに対して謝罪したのだ。
元々、彼がゴブリンに対して謝意があったかは分からない。
あくまで彼は予言された日記の内容に沿って謝罪しているだけだ。
だがそれでも、メルクリウスの心を揺らがせるぐらいには、フーレンは真摯に謝ったのだろう。
「まさか君が、私の愛する者たちの争いを止めることができるなんて、思いもしなかったよ!」
マルムの感想は、既に確定された遠い未来を見て言っているのだろう。
彼は今を見てはいない。
もし彼が今日の出来事について、少しでも目を向けていれば彼は間違いを犯さなかったはずだ。
マルムに現在の太陽の位置を尋ねると、太陽は徐々に下がっていて、もう暫くすれば日が没すると言った。
今日の繰り返しの終わりはもうすぐだ。




