互いの正当性3
リリベルの笑顔を見た後は、暗闇だった。突然、暗闇が視界を覆ったのだ。
いや、暗闇の中に1つの光があった。
つい先程まで草原の上の建物にいたはずだった。
もしかして意識でも失ったのかと誤解したが、目の前の光を通して見た周囲の黒っぽい壁から、自分の位置が一瞬で変わっていたことに気付いた。
目の前にいたのはマルムだった。
光り輝く彼を見て、焦りが身体中に走る。
マルムが、黒っぽい山の中に強制的に転移させてきたとしか思えない。
そして、彼がそのような行動をしてきたことは今までに1度たりとも無かった。突如として例外が発生した。
例外だからこそ、彼がこれから何をしでかすのか予測できない。
もしかしたら俺を殺しにかかるかもしれない。そうすれば、せっかくゴブリンと町の人間のためにやってきた準備が台無しになる可能性がある。
俺が死ねば、具現化した物が崩れようとする。
離れた場所にある具現化した物が、生き返った後でも維持し続けることができるか分からないから、気軽に死ぬ訳にもいかない。
焦りは身を黒鎧で包むことを促し、既に防御の体制は取っている。
「愛が為せる技だね」
「は?」
「君の愛が未来を変えたんだ! 私の愛する人間と愛するゴブリンの争いで、世界が滅ぶ未来は無くなったよ!」
彼は嬉々として世界滅亡の危機が回避できたことを告げた。
「でも、ヒューゴ君。君か君の愛するリリベルを殺さないといけなくなってしまった。とても悲しいけれど……」
わざわざ彼の目の前まで無理矢理に俺を転移させてきたということは、ただ嬉しい知らせを聞かせたいだけでは無いのだろうと察しはついていた。
嫌な予感というのは何となく感じていた。
「君たち2人が世界を滅ぼす未来が見えたんだ」
マルムは悲しげな顔に変わって俯く。まるで近しい者の死を受けたように悲しみに暮れていた。
世界滅亡の危機は結局回避されていない。
リリベルと共にこれからも生きていくために、滅亡回避に向けて何度も今日を繰り返してきた。
それでやっと彼から滅亡回避の言葉が聞けたと思ったら、また別の世界滅亡の危機が始まってしまった。挙句の果てに、滅亡の原因を作り出したのは俺とリリベルだときた。
やるせないな。
「いきなり俺をここに呼び出したのは、殺すためなのか?」
「迷っているんだ……。だって、愛する君を本当に殺してしまうなんて、できないよ」
「できない」と言っている癖に、「迷っている」とも言うのだ。殺してしまう可能性がゼロでは無い言い方をしているのだから、最早彼を信用はできない。
鬱陶しい光る玉の輝きを直視して目が光の跡で焼き付かないように、彼の様子を窺う。いつ俺を殺そうとしてきても不思議では無い。
いくら抵抗の手段を考えてみても、良い方法が全く思いつかない。
リリフラメルが山から噴火させるみたいに暴れ回ったというのに、マルムは傷1つ負っていないのだ。
彼に対する物理的な攻撃による反撃は無意味なのだろう。
ともなれば世界滅亡回避のための交渉をするしか無いだろう。
「俺たちがなぜ世界を滅亡させたんだ? 理由を教えてくれ」
「君が愛するリリベルを守るために、君が世界を破壊したんだ。あらゆる者を殺し、文化を殺し、世界の理を破壊した結果、滅亡した世界で生き残った者は君とリリベルだけになる」
さすがに彼の見た未来をそう簡単に信じることはできなかった。
確かに、リリベルのために俺は他者を殺すことに躊躇しないことを心に決めた。彼女に害を与える全てを破壊しようとも考えている。
だが、世界の全てを破壊するなんて無謀なことを俺ができるはずが無いと思った。
彼女と共に生きるための世界を全て破壊するなんて考えたことも無かったし、そんな大それたことができる力なんてものも無い。
だから彼に「あり得ない」と反論した。
「君は世界の理から外れた力を持っている。世界は君のような力で簡単に壊れてしまのうさ」
「それに、君の意志とは関係無いよ。君が、君を愛する彼女を守ろうとする度に、世界が壊れていく」
リリベルを守ることが世界を滅ぶことに繋がると聞かされて、一層マルムの言葉を拒否するしかできなかった。
信じられないというよりかは、信じたくなかった。
だがそれでも、彼の言葉を心から拒むことはできなかったのだ。
エリスロースからは、あらゆる物を生み出す力を使うことは控えた方が良いと言われた。
俺には、魔女からも気を使われてしまう程の力があることは薄々気付いていた。
地獄では、1度死んで地獄に送られた俺の魂が、リリベルの勇敢で滅茶苦茶な行動で、この世に舞い戻ってきた。
死んだはずの人間が生き返り、しかも不死となってこの世を彷徨い歩いている状態であることは、異常であると薄々気付いていた。
加護という概念が失われた俺は、良い意味でも悪い意味でも奇跡が起きるようになった。
世界の理から仲間外れにされて、俺だけにしか起き得ない出来事が起きるようになって、それが身近な者をも巻き込んでしまう可能性があることは薄々気付いていた。
既に俺は色々と普通の人間では無いことを自覚していたはずだ。
だから、マルムが見た未来を想像できない訳では無かった。
何となくだがこの先、俺が原因で世界に対して良くない出来事が起きることがあるのだろうなと、想像することはあったのだ。
しかし、加護の概念が無い俺だからこそ、あり得ない奇跡を実現させることもできたのだ。今回の事件で最悪の展開を回避できるように、次の最悪も回避できるはずだと思っていた。
「お前の未来視が正しいとしたら、今回の世界滅亡に関しては無事に回避することができたことになる」
「俺と彼女が原因で起きるかもしれない世界滅亡の危機だって、俺のこの特異な力で回避させることが可能なはずだ」
マルムという神にすら見つけることのできなかった1つの未来を、異常な俺が見出したのだ。
彼が認知できない未来を手繰り寄せることだってできるのだと彼に言ってみせた。
「世界滅亡の原因を作る君自身が、世界滅亡を回避すると言うのだね?」
「そう言っているつもりだが」
「そうなんだね……。でも、君にはきっと無理だよ」
なぜ、彼が自信満々に無理と決めつけるのか、当然疑問が湧いた。
きっと彼は俺が訝しむ表情を見たのだろう。俺に対して、質問という形で付け加えて俺の疑問を解消させようとした。
「君が愛しているのは世界かな? それともリリベルかな?」
今日の俺はやけに察しが良い。
彼の質問の意味が何となく分かってしまった。




