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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第11章 ゴブリン側の主張
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奇跡を起こす可能性5

 彼に訴えかけた言葉は自分でも幼稚だと思った。


 最初の1つや2つはまだ良かったが、それからは全く論理的では無く、ただ彼の心情に訴えかけるような稚拙な話しかできなかった。


 その滅茶苦茶な訴えかけにリリベルがにやにやと笑っていた。

 横目で彼女のいやらしい表情を確認しながら、決して彼女が俺を辱めようと笑って黙って見ている訳では無いと思いつつも、後で覚えておけと思った。




 メルクリウスは俺の滅茶苦茶な進言に対して、困った様子を見せていた。

 彼からしてみれば、なぜ俺が裁判を行うことを強く推しているのかと不審に思うだろう。


 だが、彼はこのコブリンの集落の長である。

 少しでも怒りが収まればきっと、人間との争いによって他のゴブリンたちが傷付くことを案じてくれるはずだ。


 1人のゴブリンの弔いの心は忘れずとも、怒りに任せて更なる犠牲を生むことはまた別だ。

 頭に被っている王冠が、王の証であることを証明するためには、王たらしめる節度があって然るべきだ。




「嫌いな人間だからこそ、武力による争いでは無く、言葉で争うべきなのです」

「君が何を言いたいのか、最早分からぬ……」


 呆れているメルクリウスだったが、ここでリリベルの魔女のひと声がかかった。助け船を出してくれた。


()の騎士の言うことを汲み取ってくれないのかい?」


 助け船というよりかは、脅しだった。

 余計にメルクリウスが裁判に対する印象を悪くしないか心配になってしまう。


「我輩の息子を殺したと当人が正直に話すと思うかね? 人間は狡猾な生き物なのだよ」


 言ってから俺が人間であることを思い出したのか、メルクリウスは俺を気遣うように謝りの言葉を付け足してきた。

 彼の人間嫌いをより酷くさせるような出来事が起こったというのに、それでも尚人間である俺を気遣う心があったことには少し驚いた。


「君は息子の死体を連れて来てくれた上、魔女の騎士であるから特別なのだよ」

「厚かましいことを承知の上でどうか聞き届けて欲しい。裁判に出てください」


 俺の言葉のすぐ後に彼が怯んだのは、リリベルが彼を睨みつけたからだろう。彼女の冷たい視線は、魔女を恐れるメルクリウスに十分な恐怖を与えた。




 彼に恐怖を与えて従わせることは好まない。

 この場は無事に収められたとしても、きっと後々禍根を生むことになるだろう。


 彼の方から裁判に参加させたくなるような言葉が必要だ。

 平和的に物事を解決するための、平和的な提案の言葉。


 それは、リリベルの横顔を見て、不意に思いついた。

 メルクリウスが最も食い付きそうな言葉がある。




 だがこの手は、これまでの繰り返しで何度か試したことがあったが、良い結果に終わらなかった。

 メルクリウスの怒りを買うだけだったのを覚えている。




 それでも、ここで足止めを食らっている場合では無い。

 どうせ失敗したら次の繰り返しでまた挑戦すれば良いと、半ば自暴自棄になって、今までの繰り返しでは禁句だった言葉を彼に言うことにした。




「メルクリウスが住んでいた山に行って、とある者に会って来ました」

「急に何の話かね?」

「その者は、貴方が良く知る者でした。彼は、貴方たちを追い出した人間を追い出して、貴方たちがいつ帰って来ても良いように、山の中を浄化していました」


 これは真っ赤な嘘だ。

 だが、伝えたいのは山を浄化しているとか人間を追い出したとかでは無い。

 誰に会ったかを伝えたかったのだ。


「貴方の名前と同じ名前を持つ者に会って来ました」

「本当かね?」

「はい。彼はいくつもの名前があって、自らをマルムとも名乗ったりしていました」

「本当にあの方だったのかね?」

「はい。神々しくて眩しい見た目でした」


 全く神々しいとは思わなかった。正直、光る奇人にしか思えなかった。


「彼から伝えられた言葉をそのまま伝えます」


『悲しいことに、君の愛する者が間も無く、人間に殺されてしまうだろう。他の愛する者を傷付けることなく、君の愛でもって愛した者を弔いなさい』


 半分は本当だが、半分は嘘だ。

 繰り返しで確認できたゴブリンの死について、それを引き起こした犯人のことをメルクリウスに知らせたのはマルムだ。


『人間が殺した』という話は嘘では無い。

 だが、後半は良いように言葉を取ってつけただけだ。それでもマルムならきっと似たようなことを言ったはずだろう。


 でなければ、マルムの言葉によって焚き付けられたメルクリウスが、人間の町を襲う繰り返しになったりはしない。




「俺は、貴方と同じ名の者から賜った言葉を聞き、このゴブリンを助けようとしたのです。ですが、間に合わなかった」


 メルクリウスは目を見開き、おおと感嘆の声を上げた。

 本当に俺が彼の神聖視する者に会ったかどうか分からないのに、彼はあっさり信じてしまった。


 若干だが、彼はマルムに傾倒している節がある。

 普通なら鵜呑みにできないことを言ったつもりなのに、マルムという言葉が出た途端、彼は頭上の天蓋を見上げてゴブリン式の独特な姿で祈りを捧げた。


 マルムを盲信しているからこそ、この言葉は良く効いた。




 彼は先程までの態度から一変して、あくまで平和的な復讐で死んだゴブリンの弔いを誓ったのだ。


 これも一種の奇跡だろうか。


 彼には『神の名を持ち出して、我輩を騙そうとするとは何と不敬か!』とか、怒鳴られたことがほとんどだったはずだが、今日はどう言う訳か、俺の言葉を丸ごと信じてくれたのだ。


 小さくはあるが、正に奇跡だった。


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