奇跡を起こす可能性3
「フーレン! 一体何をしている!」
偶然を装って、フーレンのもとへ駆け寄ってみる。
たった今、彼の凶行を見てしまったかのように、自分で作り出したゴブリンの形をした人形を抱き上げて息を確かめる。
もちろん呼吸などしているはずも無い。
「死んでいる……」
「と、突然、ゴブリンが目の前に出て来たんです! 襲って来たんですよ!」
見た目が人間と全く異なっていて、理解できない言葉を発する。それだけで彼にとっては、ゴブリンが野蛮で残忍な種族に見えてしまうのだろう。
そういうものなのだ。
だから突然、目の前に出てきたゴブリンを殺害してしまった。
そして、誤解は更なる誤解を生んでしまう。
ゴブリンは突然襲いかかって来る化け物なのだという認識が1人歩きし始めて、それが彼の怒りに火を付けてしまう。
これ以上襲われて恐怖を感じたくない。
だから、野蛮な種族に対して警告を行ってやろうという考えが思い立ってしまうのだ。
死体を木に括り付けるなりして晒して、仲間のゴブリンたちに見せつけてやれば、きっとゴブリンたちは恐怖する。彼はそう思ったのだろう。
だが、その考えがゴブリンたちにとっては、全く逆効果であることを彼は知らない。
ゴブリンに限った話では無い。
いかなる種族でも、仲間を殺されたと知ったら悲しみ怒ることは当たり前なのだ。
「はやまってしまったな。きっと、ゴブリンは人間を襲おうとした訳では無かったぞ」
「鋭い爪を見せて、跳ねて此方に飛んで来たのですよ!? どう考えても襲い掛かろうとしたに決まっているじゃないですか!」
「リリベルから聞いた話だが、ゴブリンに共通した特徴で、彼等は悪戯好きなのだそうだ」
リリベルの名前を出せば、フーレンはすんなり納得してくれることを知っている。
彼は、自身が想像していたゴブリン像とはかけ離れたゴブリンの性格に動揺する姿を見せていた。
「たまたま出会したゴブリンは、驚く人間の顔を見て、もっと驚かせてやろうと飛び跳ねてみただけだと思う」
きっと彼は次には「なぜそんなことが分かるんですか!」と聞くに違いない。
そう聞かれる前に俺は立て続けに言葉を投げ掛ける。
「俺も彼女も、ゴブリンの住処へ行って何度も悪戯をされた。ただただ、彼等は俺たちが悪戯に反応する様を見たかったみたいだ」
まだまだ喋り通す。
無理矢理話題を転換させて、持っていきたい話題に彼を放り込んでやる。
「ゴブリンたちがこのことを知れば、怒り狂って人間の町を襲いかねないぞ。彼等は仲間意識が強いぞ」
「そ、そんな……でも」
「安心しろ。俺とリリベルでもう1度ゴブリンの住処へ行って、何とか丸く収まるようにしてみせるさ」
彼をわざと不安にさせて、不安を解消する手段を見つけ出すと約束し、彼を安心させる。
少々手荒い誘導だが、これぐらいしてやらないと、今日は変えられないのだ。
「だからフーレン。今日はすぐに家に帰って、家から絶対に出ないようにしてくれ。明日、改めて俺と彼女で店に行く」
「分かりました……」
手で土を堀って穴を作り、ゴブリンの人形をそこに埋める。
土に埋めてさえしまえば、このゴブリンの人形には気を使わずに済む。
万が一彼が他のゴブリンに出会ってしまわないように、俺は彼が森の外に抜けるまで行動を共にした。
用心には用心を重ねて、彼の持っている武器になりそうなものも予め取り上げておいた。
フーレンの手持ちの灯りと、彼が残した目印のおかげで森を抜けるのは簡単だった。
そうして草原に出た彼が、町の方向に消えて行くのを確実に見届けた。
彼の姿が点に見え始めたところで、例の黒っぽい山が突如爆発した。
半分に縦に綺麗に裂かれたような見た目をしている山のあちこちから、青い光が噴き上がっている。まるで山が噴火しているようだった。
見覚えのある景色だったので、特に驚くことは無い。
リリフラメルの怒りがマルムを足止めしてくれている証拠だ。
山を噴火させる場合の繰り返しの彼女は、マルムにどこか別の場所へ吹き飛ばされる前に戦いを始めているのだ。
そして、この噴火が長く続かないことも知っている。
俺が知っている繰り返しの知識では、この後すぐに彼女の怒りに触れたマルムが泣き始めて、繰り返しの理由について白状し始める。
だが、彼女は怒り収まらずにマルムをぼこぼこにぶん殴り始める。
間も無く、山から漏れ出た青い光が消えて安心する。
後はゴブリンが殺されたことをメルクリウスに伝えに行くだけだ。
この繰り返しでもリリフラメルがマルムをぼこぼこに殴ってくれることを願ってから、再び森に足を踏み入れる。
次回は5月15日更新予定です。




